69.入学案内
或る日の午後。
聖癒士宿舎の玄関口に、アネッサが顔を出した。
シェルバー大魔宮での生体義足探索から帰還して以来の訪問だった。
出迎えたソフィアンナは折角だからと、この日は非番だったリテリアを態々呼びに行ってくれた。
そうして三人は宿舎玄関横の応接スペースに腰を落ち着ける、互いの再会を喜び合った。
「それにしても、久し振りね。元気だった?」
「元気も元気、超絶倫女よ!」
ふんすふんすと鼻息を荒くしながらガッツポーズを作るアネッサ。
リテリアとソフィアンナは苦笑しながら、女子がその様な形容を自分に用いるのは如何なものかと微妙に呆れた様子を見せた。
実はこの日、アネッサはバルトス子爵家を訪問していた。過日の生体義足探索任務でリテリア達と共にシェルバー大魔宮を攻略した彼女は、その謝礼として結構な額の金銭を受け取ることとなった。
そこでアネッサは実家の借金返済にその謝礼を宛てたい旨を申し入れたところ、それなら手続きまで全部バルトス家でやらせて頂こうとの申し入れを受けた。
「いやー、アルゼンさんってホント、気前良いよね」
「まぁ、人助けが趣味みたいなところがある御方だし……」
からりと笑うアネッサに、相変わらず苦笑のままでリテリアは小さく肩を竦めた。
「人助けといえば、ミルネッティの兄弟とか幼馴染みは、どうなったの?」
「無事に救出されたわ。全員、ベルメント伯爵の邸宅に押し込められていたところを、アルゼン様の第二近衛隊が突入して、いち早く見つけてくれたの」
そう答えるリテリアの面には、心の底からの安堵を示す穏やかな色が浮かんでいる。アネッサもずっと気になっていたことだから、リテリアからのこの説明には本当に心が癒される気分だった。
「でもミルネッティの故郷って、今は酷い有様なんでしょ? 彼女達、これからどうするんだろ?」
ソフィアンナが幾分悩ましげな調子で眉間に皺を寄せて、小首を傾げた。
しかしその問題についても、リテリアが大丈夫よと笑みを返す。
「実はレイラニさんが、故郷を失った森精種達を枝先の里に受け入れる準備を進めてくれてるのよ」
「あ、例の上位森精種さんだね」
アネッサはバルトス子爵邸を訪れた際、アルゼンから奴隷収集隊捕縛に関する一切の顛末を聞いており、その中にレイラニとフェドリックという人種を越えたカップルが居たことも耳にしていた。
そのフェドリックも現在は枝先の里の住民として生活しているらしく、それまで頑なに閉鎖的だった上位森精種の里は今回の件を契機として、一気に開放政策へと舵を切った模様。
今後は外部とも積極的に交流してゆく流れになりそうだという話だった。
「何だか色んなことが一気に進んでるって感じよねぇ」
ソフィアンナが注いでくれた熱い紅茶をすすりながら、アネッサはここ数カ月に亘る激動の日々を思い出した――が、ここでふと別の記憶が脳裏を過る。
訊こう訊こうと思っていたことを、すっかり忘れていた。
「そうだリテリア。聖教国からタルネアン太聖大学の案内、来てたんじゃない?」
「あ、そういえば……」
アネッサにいわれるまで、リテリアも忘れていたらしい。他者の言葉で漸く思い出すということは、もしかすると余り興味が無かったのだろうか。
「今年から、特級聖癒士は強制在籍になるんだっけ?」
「そうなのよ……何で急に、そんな話になったんだろうね」
リテリアは心底困った様子で腕を組んだ。
別段、彼女が抜けたところでシンフェニアポリスのカレアナ聖導会は然程の打撃を喰らうという訳でもないのだろうが、リテリア個人に限っていえば、その身辺には常にソウルケイジが張り付いている。
これが問題だった。
「生徒か教師、それに聖導会の関係者以外は立入禁止だもんね」
自身が手作りで焼いたというクッキーを頬張りながら、ソフィアンナが困り切った様子のリテリアをじぃっと眺めた。
ソウルケイジならば学内外問わず、どこでも姿を消すことが出来るだろうが、もしも見つかった場合を考えると色々厄介なことになりそうだ。
「まぁ光金級万職だから、聖教国に入るのは何の問題も無いんだろうけど……」
純潔を求められる聖癒士に、男が居る。
そんな話が広まっただけで、尾ひれが付いて廻りそうな気がした。
「ちなみにさ、あたし、大学行くつもりなんだよね」
「そうなの? もしかして聖導会に復帰?」
驚いた様子で覗き込んでくるソフィアンナに、アネッサはドヤ顔でふんぞり返った。実はアルゼンがタルネアン太聖大学の件も知っていたらしく、実家の借金返済を終えて自由の身になったアネッサに、聖癒士への復帰を促してくれたのである。
で、折角なら再度上級を目指して、もう一度頑張ってみようと腹を括った次第。
「へぇ、そうなんだ。アネッサも行くんだ……じゃあ私も、ちょっとは気が楽になるかな」
リテリアも、知った顔が一緒に入学することで多少、安心感が湧いたのかも知れない。少しばかり、その表情に前向きな色が見え始めた。
「それに、殿下から距離取れるし……」
「ん? 何の話?」
妙な呟きがリテリアの口元から零れてきた。アネッサは目ざとく喰いついたが、リテリアは何でもないとただ誤魔化すばかりだった。
「はぁ、でも大学かぁ。良いなぁ。遊べるじゃない」
「いやいや、学びに行くところだから」
物凄く羨ましそうな目で睨むソフィアンナに、リテリアが苦笑を返した。
その隣りでアネッサは、引きつった笑い。
実はソフィアンナと同じことを考えていたなどとは、口が裂けてもいえなかった。




