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68.浅慮と嫉妬

 エヴェレウス王宮、第二王子クロルドの執務室内。

 朝から幾つかの嘆願書と決裁書類を片付けていたクロルドは、専属秘書ティオルが差し出してきた最後の文書に視線を落としたところで、眉間に皺を寄せた。


「……この件か」

「はい。我が国としても、鉄血帝国に対しては最大限の警戒を示す必要があるかと」


 それは、アルゼンとリテリアが連名で提出してきた、奴隷収集隊捕縛に関する一連の報告書であった。

 この奴隷収集隊を通じて違法奴隷を買い漁っていた王国内の一部の貴族に対しては、王立第二騎士団と第四騎士団が既に内定調査を進めている。

 早いところでは、摘発の段階にまで進んでいるという報告が上がってきていた。

 ただ、問題は件の奴隷収集隊が、上位森精種が住まう霊明大樹の枝先の里の重鎮スワルドと内通していたという事実である。

 通常上位森精種に対して、外部からはそう簡単に連絡を取ることなど出来ない筈だ。にも関わらず、連中はスワルドと連携していた。そこには必ず、何らかのからくりが隠されているに違いない。


「スワルド一派は、鉄血帝国から永遠の命と膨大な量に及ぶ魔素拡大技術の提供を約束されていたそうです」

「上位森精種といえども、欲には勝てなかったという訳か」


 しかし如何に欲深いスワルドといえど、いきなり純正人種からの申し入れをおいそれと受け入れる様な真似はしなかった筈だ。腐っても上位森精種、そう簡単に異種族、それも海の向こうに居る様な連中を信じたりするだろうか。


「気になるといえばもうひとつ……リテリアを狙っているっていう、謎の怪物についても調査が必要だな」

「はい。場合によってはそちらをより一層警戒すべきかも知れません」


 クロルドは王都に帰還したリテリアとソウルケイジから、敵性外星体なる存在について説明を受けた。何となく漠然とした感覚の中では理解出来るのだが、理論的な部分でいまひとつ頭が追い付いていない。

 それはリテリアも同様に思えたのだが、少なくとも彼女はソウルケイジの言葉に全幅の信頼を置いており、そういう謎の存在が確実に現れるであろうということは信じて疑わぬ様子だった。


「まぁ何にせよ、枝先の里との関係性構築と、敵性外星体とやらへの対策は並行で進めていこう」

「かしこまりました……ところでリテリア嬢とのお話は如何なさいますか?」


 思わぬタイミングで、考えてもいなかった話題を振られてしまった。

 クロルドはティオルの淡々とした表情を、じろりと睨みつけた。


「今ここで、それを訊くか?」

「はい。そろそろお昼休みに入りますので、執務以外の話題を念頭に乗せる良い機会かと」


 思わず内心で、この野郎と唸ってしまったクロルド。

 国王と王妃からは、彼女との縁談を進めるのか否かについて散々、せっつかれている。

 先日も、リテリアと直接顔を合わせた時に改めて話を振ってみたのだが、彼女の方はどうにも乗り気である様には見えなかった。

 寧ろ、避けられている様な態度すら見え隠れしている。少なくともクロルドには、そういう風に思えて仕方が無かった。

 そのことを素直に告げると、ティオルはしたり顔で、


「それは当然でございましょう」


 などとあっさり返してきた。想定外にぐさっとくるひと言に、クロルドは動揺を隠せない。


「お、お前……もう少し気を遣ってものいえよ。今のは結構、傷ついたぞ」

「何をおっしゃいますか。傷ついておられたのはリテリア嬢の方でございますよ」


 ティオルの言葉に、クロルドは低く唸りながら腕を組んだ。

 確かに彼女は、容疑そのものが無かったことになったとはいえ、一度は公衆の面前で処刑舞台に引き摺り上げられるという屈辱を味わった。

 きっと精神的に大きな打撃を受けているだろうから、今すぐに結婚の話など持ち出しても、すぐには気が乗らないのかも知れない。

 クロルドがそんな意味の台詞を口に乗せると、ティオルは盛大に、これ見よがしに溜息を漏らした。


「な、何だ? 僕のいっていることは何か間違っているか?」

「殿下……そんなことは二の次です。もっと肝心なところが全く、見えておられませんな」


 やれやれとかぶりを振るティオル。

 クロルドは途方に暮れた。何故リテリアが自分を避けているのか、他に理由があるというのだろうか。


「ではお伺いしますが殿下……メディス嬢の策略だったとはいえ、殿下はあの冤罪問題の最中で一度でも、リテリア嬢の無罪を信じて、あの方の心に寄り添うということをお考えになったことはありましたか?」


 その瞬間、クロルドは自分でも間抜けに思える程に呆けた表情を浮かべた。

 確かに――いわれてみれば、そうだ。

 そして同時に、クロルドの脳裏には近衛騎士の座を失い、右脚を失っても尚、リテリアの味方となって頑張り続けていたアルゼンの顔がふっと浮かんだ。

 それに対し、自分はどうだったか。少しでもリテリアのことを想い、彼女に手を差し伸べようとしたか。

 如何に国の側に立ち、王国法を遵守する国民の鑑という立場にあったとはいえ、それでも己の心の中に、リテリアを少しでも思い遣る気持ちはあったか。

 ティオルがいわんとしているのはつまり、そういうことであろう。

 クロルドは、唇を噛み締めた。己の浅はかさにふつふつと怒りが沸いてきた。


「どうやら、ご理解頂けた様ですね。ではまた後程、午後の執務開始まで失礼致します」


 執務室を辞去してゆくティオルを目で追うことも無く、クロルドは卓上で手を握り合わせ、視線を落とした。どうしてこんな簡単なことに、気付かなかったのか。

 いや、ティオルに指摘されるまで全く思いもよらなかったこの思慮の足りなさこそ、リテリアに敬遠される最大の理由だろう。

 そう考えると、何の考えも無しに婚姻の話を持ちかけたあの時の自分がただの道化に思えてならなかった。


(何をやってるんだ、僕は……)


 そしてこの時、奴隷収集隊捕縛任務から帰還した際のアルゼンと、彼と笑顔で言葉を交わし合うリテリアの姿を思い出した。

 自然体に振る舞うリテリアのあんな笑顔は、今までクロルドの前では見せたことが無かった。


(バルトス卿……邪魔だな)


 我知らず黒い感情が芽生え始めていたことを、クロルドは自覚していなかった。

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