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66/128

66.10秒上限説

 その怪物は、遠目に見れば一応、人型には見える。

 胴部、頭部、四肢の各躯体はそれぞれあるべきところにあり、過不足も無い。

 しかし明らかに、異常だ。

 頭部は不自然な程に長く、腕も脚も関節が多い上に曲がっている方向も人間のそれではない。そして何より、その体表が昆虫を連想させる甲殻で覆い尽くされ、至る所に眼球の様な物が光っている。

 まさに怪物と呼ぶに相応しい異形の魔物であった。


「あれが……先遣兵?」


 ソフィアンナがいつでも治癒法術を駆使出来るよう、僅かに身構えながら頭上の敵を凝視した。

 レオとアルゼンもそれぞれの得物を構えてはいるが、敵の能力が一切不明である為、どう対処すべきか迷っている様にも見える。

 レイラニやダルホルテ、そして多くの上位森精種達も戦闘態勢は取っているものの、その表情の裏側には明らかに不安の色が見え隠れしていた。

 ここでソウルケイジが右手に黒い棒状武器、左手にマチェット型の片刃剣を携え、敵を見据えたまま再び口を開いた。


「全員、退避だ。少なくとも50メートルは離れろ」


 最初に動いたのは、リテリアだった。


「皆さん、離れて! ここに居てはソウルケイジ様の足を引っ張るだけです!」


 腹の底からの、精一杯の叫び。その声を受けて、ソウルケイジを除く全員が一斉に後退した。その大半は戦術的な観点から距離を取ったというよりも、あの異形の化け物から逃れたい、あんな怪物の相手は真っ平御免だという意識の方が強かったかも知れない。

 それでも全員が、ソウルケイジから離れればそれで良い。少なくともリテリアはそう考えた。理由や動機などは何でも良い。兎に角、ソウルケイジの邪魔だけはしてはならない。

 ただその思いだけで一気に駆けた。

 と同時に、ソウルケイジがその先端を敵に向けていた黒い棒状武器――リテリアが以前聞いた話ではロングバレルマグナムという名称の銃器たということだったが、その先端が爆音と同時に火花を噴いた。

 これに対し、先遣兵は落下中であるにも関わらず、その位置を大きく左方向にずらしてソウルケイジの先制攻撃を躱した様に見えた。


(まさか、躱されたの?)


 手近の大樹の幹へと辿り着いたところで振り返ったリテリアは、敵の空中機動力に息を呑んだ。

 翼を持っている訳でも無い、ただの人型の怪物だ。魔法的な能力を駆使したのでなければ、あの様な動きはまず不可能だ。

 しかしソウルケイジは相変わらず能面の様な無表情で、降下してくる敵を凝視している。大量に火花を撒き散らす別の銃火器――レーザーガトリングは今回、使用していない。周囲への物的損害が、大きくなるからであろうか。

 いずれにせよ、先遣兵とソウルケイジの間合いが接近戦の距離まで近づいてゆくのは、もう数秒も無い。


(勝負は、一瞬……長くても10秒以内!)


 リテリアは以前、聖気弾の稽古をつけて貰っていた時に教えられたことがある。

 勝負はどんなに長くても10秒以内に決めろ。もしそれ以上に時間をかけてしまえば、敵に能力を発揮させてしまい、戦いそのものが流れに委ねられてしまう。そうなれば、勝利を収める確率は極端に落ちる、と。

 それは恐らく、敵の側も同じだ。

 先遣兵は一瞬で決着へと至らせるべく、最強の手札を駆使してくる筈。後は、彼我の情報量の差だ。どれだけ相手の技を事前に研究し、その対策を取っているかで勝敗は決する。

 先遣兵は四肢を奇妙な形に曲げて、四方から同時に突きを繰り出してきた。

 対するソウルケイジは僅かに体躯をその場で捩じらせ、銃口を敵の首付け根付近に据えた。

 再び、耳を劈く様な乾いた炸裂音が辺り一帯を震撼させた。

 先遣兵は大きく弾き飛ばされ、ソウルケイジは相変わらず発砲態勢のままでその場に立ち続けている。

 リテリアは、敵から決して視線を切らずに目で追い続けていた。

 その彼女の視界の中で、先遣兵は全身がボロボロと崩壊してゆく。勝ったのは、ソウルケイジだった。

 それからややあって、距離を取っていた面々が、恐る恐るソウルケイジの方へと歩を寄せていった。


「ご主人様……勝ったんだよね?」

「勝った」


 ミルネッティはしかし、まだ警戒心を解いていないのか、先遣兵が崩壊し、跡形も無くなった草地付近の地面を尚も凝視している。


「敵の攻撃……あれは、どういうものだったのですか?」


 リテリアが興味本位で訊いた。

 ソウルケイジはロングバレルマグナムを腰のホルスターに収めながら、落ち着いた声音で応じる。


「分子解結衝という攻撃手段だ。あの四本のうち一本でも触れていれば、俺があいつの様に全身が崩壊し、この世から消し去られていた」

「うわぁ……マジかよ。そんなおっかねぇ攻撃を、よくもまぁ、平気な顔して躱してたよな……」


 レオが感心したというよりも、心底呆れたといった様子で目を白黒させていた。

 だが、これがいつものソウルケイジだ。命懸けであろうが何であろうが、常に動じない。

 上位森精種達も、あんな怪物相手ではふたつの里が壊滅されられたのも無理はないと、ただ恐ろしげに顔を見合わせるばかりであった。


「どうやらメテオライダーは、すぐにはお前を探す気は無さそうだ」

「え? どういうことですか?」


 ソウルケイジの言葉の意味が、リテリアには分からなかった。これに対し黒衣の巨漢は、簡単な話だと低く答える。


「あの先遣兵と同時に攻めてこなかった。つまり、戦力を小出しにしたという訳だ。こういう場合、その目的は威力偵察であり、標的撃破の為ではない」


 作戦遂行に於いて、目標を仕留めるのに戦力の小出しは愚中の愚というのがソウルケイジの説明だった。


「……では、メテオライダーからの接触を待って迎撃するというプランは……」

「当面、白紙だ。まずは奴隷収集隊の問題を片づけてから、一旦戻る」


 それからソウルケイジは、アルゼンとフェドリックに目線だけで指示を出した。

 叩きのめした奴隷収集隊から情報を引き出せ、ということなのだろう。

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