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65.謀略は暴力に及ばず

 リテリア達は、急ぎ地上へと駆け下りた。

 突然レイラニとダルホルテ、そしてこのふたりの側に立っていた上位森精種達がその場に這いつくばり、全く身動きが取れなくなってしまったからだ。

 この直前、里全体を奇妙な震動が覆っていた。恐らくスワルドが、何かの術を仕掛けたのだろう。

 そしてその結果として、レイラニ達が動きを封じられたものと推測される。このままでは、何か拙い状況に陥ることは明白だ。

 レオとアルゼンもそれぞれの得物を鞘から抜き払った状態で、リテリアやソフィアンナに先立つ形で地上へと降り立った。


「ん? 貴様ら、一体どうして……」


 スワルドが僅かに狼狽した様子を見せたが、すぐに不敵な笑みへと表情を変えた。


「ふっ……どうやら上位森精種ではなかったのが幸いした様だな」

「そいつぁ一体、どういうことだ?」


 レオがスワルドに迫ろうとするも、弓に矢をつがえたコリムが立ちはだかる。更にスワルドの味方と思しき上位森精種達が十数名、スワルドの為の防壁になる格好でコリムの左右に陣取った。


「父上は標的選別型の重力波を仕掛けたのさ。その標的は里長の側に立つ上位森精種全員」


 コリムは勝ち誇った笑みを浮かべて、じろりとレオを睨みつけた。

 彼の言葉が本当なら、この里は完全にスワルド派に制圧されたことになる。

 だが、その目的は一体何なのか。


「お気をつけ下さい……もう間も無く、奴隷収集隊が突入してくると思われます……!」


 レイラニが悲痛な響きを伴う叫び声を上げた。

 その余りに重い内容に、リテリアは喉を鳴らした。森精種を襲う奴隷収集隊が突入してくるということは、それは即ち、里を覆う結界が解除されたということなのだろうか。

 そういえば、この里を守る結界を設計して張り巡らせていたのはスワルドだった筈なのだが、まさか。


「スワルドさん……もしかして貴方は、奴隷収集隊に同族を売るおつもりですか!」


 リテリアは珍しく、怒気を含んだ声で吠えた。

 そして同時に、危機感を覚える。

 この里には大勢の優秀な精霊術士や弓師、戦士などが揃っていて、奴隷収集隊といえども手は出せないと思っていた。

 ところが里長派の上位森精種達は重力波に抑えつけられ、スワルド派の者達は奴隷収集隊と結託している。

 そうなれば、この場で正銅級クラスの敵を20人も相手に廻すのは、レオとアルゼンだけということになるだろう。

 戦力比較は、考えるまでも無い。ほぼ敗北に近しい圧倒的な差が生じていた。

 せめてこの場にソウルケイジが居てくれさえすれば、形勢逆転に持ってゆくことが出来たかも知れないのだが――。

 と、ここまで考えてリテリアは、或ることに気付いた。


「そういえば……奴隷収集隊がここへ入ってくるということは、結界は解除なさったのですか?」

「ふん……態々答えずとも、知れたことだろうが」


 尚も勝利を確信した様子で、リテリアを見下してくるコリム。だが、それだけ聞ければ十分だった。


「そうですか。ですが、まぁ、ソウルケイジ様ならあの結界があっても無くても、余り関係無かったかも知れませんが」


 その直後、コリムがいきなり昏倒した。

 コリムだけではない。彼の左右で弓に矢をつがえたり、或いは精霊法術の発動態勢に入っていたスワルド派の上位森精種達は悉く、ほとんど一瞬にしてその場に突っ伏してしまった。

 レオは苦笑いを浮かべ、アルゼンは何事かと困惑している。

 リテリアの傍らではソフィアンナが驚いているが、ミルネッティはやっぱりこうなるよね、と納得顔。

 ただひとり、スワルドだけは何が起きているのかまるで把握出来ていない様子で、ひとり狼狽えていた。


「おや……これは一体、どうしたことだ」


 不意にダルホルテが驚いた様子で立ち上がった。レイラニも、そして他の里長派の上位森精種達も次々と立ち上がる。


「ば、馬鹿な! 何故、お前達への術が……!」

「俺が解除した」


 いつの間にか、ソウルケイジがスワルドの背後に漫然と佇んでいた。

 スワルドはぎょっとした表情で振り向き、慌てて後退する。そしてそのまま左右に首を巡らせた。


「く、くそ……奴隷収集隊、何をしておる! 早くこいつを何とかしろ!」

「あぁ……奴らならあっちで寝ちまってるぜ。全員手足を叩き折られてな」


 そこに、リテリアの知らないひとりの男性が現れた。

 が、すぐにこの人物がフェドリックではないかと直感した。そう思った直後には、レイラニがその名を呼びながら物凄い勢いで抱き着いていった。

 一方のスワルド、腰が抜けた様にその場に崩れ落ちた。


「ば、馬鹿な……こんなことは、あり得ん……」


 そのスワルドを、里長派の森精種達が取り囲み、身柄を拘束した。ソウルケイジの目にも留まらぬ早業で昏倒させられたスワルド派の連中も同じく、次々と捕縛されてゆく。

 まさに形勢逆転、あっという間の勝利だった。


「まぁ、ソウルケイジが出てくると、大体こうなるよな」


 まるで自身の出番が無くて寂しいといわんばかりに、レオが苦笑を滲ませながら得物を鞘に収めた。

 そんな中、ダルホルテが黒衣の巨漢の前まで歩を進め、深々と頭を下げた。


「どこのどなたか存じ上げませぬが、危ないところをありがとうございました」

「いや、礼はまだ早い。全員、ここから退避しろ」


 いいながらソウルケイジは、巨大樹の枝葉が伸びる天の一角をじっと凝視している。

 リテリアも同じくその方角を見上げ、喉の奥であっと声を漏らした。

 そこに、異形の怪物の姿があった。そして、すぐにその正体を悟った。


「先遣兵……!」


 リテリアの脳裏に、処刑舞台での記憶が蘇ってきた。

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