63.森精種達の内紛
薄闇の中で、リテリアはゆっくりと瞼を開いた。
途端に、軽い頭痛と嘔吐感が襲い掛かってくる。
(あれ……? 私、どうしたんだろう?)
記憶が混乱している。確かレオと共に、スワルドという里の重鎮森精種に案内されて宝珠庫へと向かっていた筈だった。
それなのに、何故こんなところで寝ていたのだろうか。
まずは起き上がろう。そう思って体を動かそうとしたが、しかし出来なかった。
よく見ると、後ろ手に縛られている。両足首にも縄が巻き付いており、ひと目見て、自分が誰かに拉致されて縛り上げられていることが理解出来た。
誰の仕業だろうと考える前に、レオのことが心配になった。よもや、自分ひとりだけが捕まった訳ではないだろう。まずは動く範囲で、視線を上下左右に巡らせてみる。
すると、近くで誰かが動く気配が。
「やぁリテリア。お目覚めかい?」
見ると、同じ様に縛り上げられたレオが苦笑を浮かべて、木板の床上に寝転がっていた。更に驚いたことに、他にも幾つかの影が見える。
ミルネッティ、ソフィアンナ、アルゼンの三人もまた矢張り手足を戒められた状態で体躯を横たえていた。
「どうやら一服盛られたみたいだ。この頭痛と吐き気、覚えがある」
寝転がったままのレオが、小さく肩を竦める仕草を見せた。
彼の言葉が事実ならば、ここに居る全員がどこかで何かの薬を飲まされたということか。
「多分、あの宴の席だろうね」
レオは然程に焦った様子も無く、思案顔で低く呟いた。確かに、ありそうな話ではある。が、誰が何の目的でこんなことをしたのだろう。
「まぁ十中八九、あのスワルドっていう重鎮森精種の仕業だろうな」
確かに、そうかも知れない。もし彼が無関係なら、リテリア達がこんな状況に陥る前に何らかの対処を行っている筈だ。
リテリアは再びレオに面を向けた。
「レオさん、縄さえ解くことが出来れば、脱出は可能でしょうか?」
「そりゃまあ……っていうかリテリア、そんなこと出来るのかい?」
レオに問い返されて、リテリアは一瞬考え込んだ。
やろうと思えば、多分出来る。ただ、自信が無いだけだ。
「聖気弾を使います」
「それって、両手両足縛られたままでも出来るのかい?」
レオの疑問も、尤もであろう。
魔法術や精霊法術などは詠唱の際、手先を動かして発動補助のルーンを宙空に描いたり、精霊と交信する手信号を送ったりする。
しかし霊素を用いる技は、術者の精神力だけで発動可能だ。しかも発動先となる四肢は問わない。
実は聖癒士としての治癒法術は足先からでも実施出来るのだが、相手に対して失礼となるから、日頃はそうしないだけの話である。
同様に聖気弾も、足先から放つことが可能だ。ソウルケイジから稽古をつけて貰った時も、いつどこで役に立つか分からないからという理由で、足先から霊素の弾丸を撃ち出す練習は何度も重ねてきた。
そもそも戦闘ともなれば相手に打撃を叩き込む訳だから失礼もクソも無い、というのがソウルケイジが示した理屈だった。
そんな訳でリテリアは床上をずりずりと這いながら、足先をレオの背中付近に添えた。極力レオの手首に打撃が及ばない様に、霊素を一点に集中。
レオは多少の被弾は覚悟しているのか、歯を食いしばって何度か頷きかけてきた。
それから数秒後、空気を切り裂く様な短い射出音が薄暗い室内に響き渡った。
「うぉ……こいつは凄いな。本当に、縄だけ焼き切ってるよ」
自由になった両手を見つめながら上体を起こしたレオ。彼は自身の両足をも解放した後、リテリアの両手両足を縛っている縄を手早く解いた。
「急ぎましょう」
リテリアはレオと手分けして、残る三人の縄を外し、回復術で全員の体内から盛られた薬による効果を完全に打ち消した。
「いや、面目無い……まさか薬を盛られていたなんて」
アルゼンが意気消沈した様子で頭を掻いたが、今はそんなことをいっている暇は無い。
既にミルネッティが狭い室内のそこかしこを調べて廻っている。唯一の出入り口である木扉は、外から閂棒で閉じられている様だ。
「ね、何か薄い板状の物とか無いかな?」
「これ、使える?」
ミルネッティに応じたのは、ソフィアンナだ。彼女は僅かに湾曲した櫛状のバレッタを差し出した。
扉と壁の隙間には十分、通すことが出来る薄さだ。ミルネッティは閂棒の下から隙間に差し込み、一気に上へ跳ね上げた。
部屋の外で、閂棒が外れた音が響く。と同時にレオとアルゼンが室外に飛び出した。
そこはどうやら、何かの作業部屋らしい。燭台が置かれたテーブルの脇で、ふたりの森精種男性が驚いた様子で立ち上がったが、それよりも早くレオとアルゼンが飛び掛かって組み敷いた。
「武器、あったよ!」
ミルネッティが木棚の横に立てかけられていたレオとアルゼンの剣を発見。更にミルネッティ愛用の短剣も、別の棚から出てきた。
それにしてもレオとアルゼンの、相手を制圧する手際の良さは流石だと舌を巻かざるを得ない。
見張りだったであろうふたりの森精種は悲鳴をあげる暇も無いままに拳撃を浴びて、気を失ってしまった。
「あ……ねぇ、ちょっと見て、あそこ」
ソフィアンナが木窓の隙間から、地上付近を指差した。
見ると、レイラニと里長ダルホルテが、結構な人数の里の民と対峙している姿があった。
そしてふたりの前に立ちはだかっているのは、スワルドとコリムの二名。
一方ダルホルテの側にもそこそこの人数の森精種が付き従っている様には見えるのだが、スワルド側と比べると若干少ない。
「……里が、真っ二つに割れてるって感じね」
ソフィアンナが、ごくりと喉を鳴らした。
どうやら、とんでもない場面に遭遇してしまったらしい。




