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61.講釈師の才能

 霊明大樹の枝先の里で長を務める男の名は、ダルホルテ。

 その齢は500を数え、上位森精種としては最長クラスといって良い。

 全身から醸し出される風格は純正人種の国王や皇帝クラスなどは到底比較にならず、最早神の領域に近しい程の迫力をも具えている。

 しかしその表情は終始穏やかで、大広間に通されたリテリア達に対しては余計な気遣いは不要と静かに微笑むばかりであった。

 が、その柔和な笑みが却って恐ろしい。下手なことを口走ればその場で始末されてしまうであろう無音の殺気が、この老齢の森精種の精神に根差している様な気がした。


「あのふたつの里を襲った者の正体を、ご存じだとか」


 ダルホルテは長卓に席を与えた客人達に酒や料理を勧めながら、いきなり本題へと切り込んできた。

 余計な雑談は不要。話すべきことだけを口にせよという言外の圧力が込められている様にも思える。


(これは……余程上手くやらないと、一瞬で全部ひっくり返されてしまうわね)


 リテリアは笑みを絶やすまいと必死に表情を作りながらも、内心では背筋が凍る思いだった。

 この時、レオがちらりと一瞥を送ってきた。枝先の里に入る前に、里長との交渉はレオが一切を担当することで話はついていたのである。


「では、失礼ながら私がご報告をば」


 このメンバーの中では、万職として10年のキャリアを誇るレオが交渉役として最も相応しい。その物怖じしない態度も、リテリアとしては信頼を寄せることが出来るひとつの理由となっていた。


「緑葉の里と赤茸の里は、或る怪物に襲われました。その理由は、このふたつの集落が、リント地下魔宮から謎の魔装具を持ち帰ったことです。その怪物は件の魔装具を奪還するだけでは飽き足らず、報復としてふたつの里を壊滅させました」


 レオの説明が終わるか終わらないかというタイミングで、室内に詰めていた里の重鎮達から、どよめきが巻き起こった。

 リテリアは流石、と内心で拍手を贈りたい気分だった。その堂々とした態度、流石はレオ。

 それまではレイラニに対する敵意の様な感情が渦巻いていた場の空気を、新たな事実の開陳という形で一掃したのだから、レオの話術は称賛されて良いだろう。


「成程。で、その話の信憑性は?」

「私が直接リント地下魔宮を探索し、その証拠となる石板を持っております。これを献上致しましょう」


 いいながらレオは、懐から一枚の薄い石板を取り出し、取次の若い森精種に手渡した。

 それを受け取ったダルホルテは、表面に刻まれている古代の文言を細かく精査している模様。

 実はこの石板も、ソウルケイジからの借用品だった。必要ならば上位森精種に提供しても良いということで、惜しげも無く渡してくれた。


「成程……これで合点がいった。しかしそうなると、少し拙いことになるな」


 いいながらダルホルテは重鎮達のひとりに視線を転じた。


「スワルド、あれはどこに保管してある?」

「以前と同じ、宝珠庫に」


 スワルドと呼ばれた老齢の森精種重鎮は、渋い顔で頭を垂れた。後で知ったことだが、このスワルドという人物は枝先の里に於ける精霊法術の総取締役的な立ち位置にいる人物で、里全体を覆う結界も彼が設計した法術陣で張り巡らされているという話だった。


「レオ殿、その魔装具とやらは、そなたが見て判断出来そうか?」

「はい、恐らくは……」


 微妙な顔で頷き返すレオだったが、この時リテリアは、話が奇妙な方向に転がり始めていることに気付いた。正直いって、悪い予感しかしない。


「実をいうとな……あのふたつの集落が壊滅した後、わしと数名の精鋭で救助と後処理の為に両方を廻ったのだがな、その時、妙な代物を見つけたので、一緒に持ち帰っておったのだ」


 嗚呼やっぱり――リテリアは思わず天を仰いだ。

 先遣兵がこの里に攻め込んでくる理由を、里親自ら作り出してしまっていたことになる。

 このままでは、拙い。

 レイラニも事の大きさに気付いたらしく、幾分顔を青ざめさせてリテリアに面を向けてきた。


「済まないが、確認してきて貰えるか。そして必要ならば破棄もお願いしたい。案内はスワルドに任せる」

「はい。承知致しました」


 ダルホルテに向けては快諾した形のレオだが、その直後には救いを求める様な視線をリテリアに浴びせかけてきた。

 幸いリテリアは、ソウルケイジから過去の遺物に関して、暇さえあれば色々と聞き出している。今回は、その知識が役に立つかも知れない。

 それにしても、奴隷収集隊捜索が思わぬ事態に連なってしまった。

 今のところはソウルケイジが結界の外で連中の始末に動いてくれそうなのだが、しかしここ枝先の里では、それ以上に厄介な問題に巻き込まれようとしていた。


(まぁ、仕方が無いか……乗りかかった舟だものね)


 軽い頭痛を覚えながら、リテリアはレオと共にスワルドの案内を乞う格好となった。ミルネッティ、ソフィアンナ、アルゼンの三人はそのまま卓に残って、ダルホルテの歓待を受け続ける。

 この時ミルネッティが、なるべく早く帰ってきて欲しいと目線だけで訴えかけていた。

 森精種の彼女には、ダルホルテの近くに居ることが凄まじいプレッシャーとなっているのだろう。


(待っててね。なるべく早く戻るから)


 軽く手を振って笑みを送るリテリア。

 その時、レイラニがどういう訳か小さく頷きかけてくるのが視界の隅に入った。そのただならぬ表情に、リテリアはピンとくるものがあった。


(もしかして、これから向かう先にフェドリックさんが囚われている可能性があるってこと?)


 断定は出来ない。

 しかしレイラニのあの態度から察するに、ここから先は緊張感を持って当たらなければならないだろう。

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