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60.樹上の世界

 岩上に佇む上位森精種の弓師コリムは、レイラニの背後で身構える五人の森精種を一瞥して、ふんと鼻を鳴らした。


「何だ、その下位種共は? まさかそんな下賤な連中を里に連れ込もうってつもりか?」

「この方々は立派な戦士よ。無礼な言動は私が許さないわ」


 睨みを利かせるレイラニ。しかしコリムは、薄い唇を嘲笑の形に歪めた。


「全く……こいつらといい、この間の純正人種といい、君はこの里を何だと思っているんだ? 犬を拾う様な気安い発想で、誰でも彼でも連れ込んでくるのは里にとって迷惑だってことが分からないのか?」

「これで最後よ。今後はもう二度と、こんな真似はしない」


 レイラニは今にも怒りが爆発しそうなのを、必死に堪えている様子だった。

 それもそうだろう。ルーヴランでフェドリックの悪評を広めて廻った張本人が、侮蔑的な態度で嘲笑ってきているのである。

 彼女にしてみればコリムの悪行をこそこの場で暴露したい気持ちだったのだろうが、証拠が何ひとつ無い為、動くに動けないのだろう。

 逆にレイラニはフェドリックに続き、下位森精種の五人を新たに連れ込んでくるという姿を、ここに居る全ての里の民に見られてしまっている。

 弁論を戦わせることになった場合、どちらが不利になるのかは火を見るよりも明らかだった。


「ふん、まあ良いだろう……で、今度はどんな名目で、その下位種共を連れ込んできたんだ?」


 今度は嘲りから、警戒へと視線の中の色を切り替えてきたコリム。

 ただの尊大な輩かと思いきや、意外と手強い相手かも知れない。


「この方々は私がルーヴランで困っていたところを助けて下さったの。その恩に報いる為に、里長に紹介したいと思っているわ。それと……」


 ここでレイラニは一旦、言葉を切った。ここから先が、枝先の里にリテリア達が足を踏み入れることを可能とする一番の材料だった。


「緑葉の里と赤茸の里が壊滅した原因についての手がかりを、伝えに来てくれたの。里長殿には絶対に聞いて頂く必要があると思うのだけど」


 その瞬間、リテリア達を包囲し、敵視していた全ての上位森精種達の間に困惑の空気が走った様だ。彼ら彼女らは一斉に顔を見合わせ、その表情には驚きと恐怖の色が綯い交ぜとなっている。

 それはコリムも例外ではなかった。


「何と……それは事実か」


 信じられないといった様子で、コリムはリテリア達をじろじろと無遠慮に眺めてきた。しかしコリムには、エヴェレウス王宮に務める宮廷魔法術士が使役する様な虚偽看破の法術は使えないらしい。

 ただ兎に角、疑わしげに睨みつけてくるばかりで、それ以上のことは何もいわなかった。


「ちっ……そういう事情なら、通さん訳にもいかんか……良いだろう、入れ。但し用事が済んだらさっさと帰ることだ。ここはお前らの様な下位種が留まって良い土地じゃないんだからな」


 どこまでも高圧的な態度を崩そうとしないコリム。

 しかしリテリア達にしてみれば、どんあ形であろうと里の内部に入ってしまえば、後は何とでもなる。ここはひとまず大人しそうに頭を下げ、黙って岩の門扉を潜ってゆくのが正解だろう。

 そうして取り敢えず、枝先の里の内部へと足を踏み入れ得たリテリア達だが、そこに広がっていたのは想像以上の絶景だった。


「わぁ……何か、凄い、かも」


 ソフィアンナが呆けた表情で、巨大な樹々の群れを見上げた。

 この里に於いては、全ての住居は樹上に設けられていた。建物が普通に組み上げられる程の頑丈で太い枝が、この光景を可能にしているといって良い。

 まさに、樹々と一体になって暮らしているともいうべき世界だった。


「ミルネッティの故郷も、こんな感じだったの?」

「うぅん、全然違う……こんなに大きな樹が一杯生えてる様な里は、見たことも無いよ」


 リテリアに答えながら、ミルネッティも呆然と心を奪われた様子でこの壮観を眺めていた。

 流石は、霊明大樹に連なる里というべきか。

 一方、この里の住民らもそこかしこから奇異の視線を投げかけてきている。単に下位種だと嘲っている視線もあれば、外部から来た森精種だということで物珍しそうにしている者も少なくない。


「ははは……ここじゃ俺達、ただの見世物っぽいな」

「まぁ、それだけ外部との隔絶が長かったってことでしょう」


 レオとアルゼンは互いに苦笑を交わし、肩を竦める。

 純正人種の社会や文化しか知らない彼らにとっては、この上位森精種の里の光景は一種のカルチャーショックに近い衝撃を覚える程の鮮烈さだったのだが、この地の住民達の方も案外、似た様な感想を抱いているのかも知れなかった。


「まずは、私の父……里長の元へ参りましょう」


 レイラニに促され、リテリア達は周囲からの視線にむず痒さを感じつつも、ゆっくりと歩を進めていった。

 そうしてしばらく草地の感触を足裏に感じていると、前方にひと際巨大な樹が見えてきた。その樹上、最も大きな枝に基礎を固める格好で、貴族の別荘を思わせる様な豪奢な邸宅が建っている。

 どうやらあそこがレイラニの父、里長の住む樹上館らしい。

 幹の周囲には、螺旋状に上る階段が据え付けられている。これを上っていけということだろう。

 しかし柵も手すりも無いから、高所が苦手な者には少々厳しい訪問になるかも知れない。


「うわ……あれ、上っていくんだ……」


 ソフィアンナが一瞬だけ、全身をぶるっと震わせた。


(あ、そういえばソフィアンナ……高い所、苦手なんだっけ)


 しかしだからといって、彼女だけを置いていく訳にはいかない。

 リテリアは薄く笑いながら、ソフィアンナの手を軽く握ってやった。


「一緒に行けば、大丈夫よ。さ、行こう」

「う……うん」


 ソフィアンナは更に一層緊張して小刻みに震えていたが、リテリアは構わずその手を引いて樹木の幹外周を廻る螺旋階段へと足をかけた。

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