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55.消えたのはふたり

 レオは上機嫌で、宿屋の廊下を歩いている。

 地下に設けられていた大浴場が思いの他、上質だったからだ。

 広い洗い場と丁度良い湯加減の浴槽は、全身の汚れと肉体に蓄積した疲労を共に根こそぎ落としてくれた。

 後は宿泊部屋で一服してから、一階の酒場で美味いエールと濃い塩加減の肉料理に舌鼓を打てば、もう最高の夜になるだろう。


(花の領地ってところは、生活水準もピカイチなんだなぁ)


 そんなことを考えながら宿泊部屋の近くまで辿り着くと、何故かリテリアが、男衆の部屋の扉前に佇んでいるのが見えた。

 その扉口にはアルゼンの姿もある。リテリアが何かの用事で訪ねてきたのだろうか。


「やあ、どうしたんだい?」

「あ、レオ様。丁度良いところに」


 どうやらリテリアはレオの風呂上がりを待っていた様だ。とすると、自分に何か用事でもあるのだろうか。


「アルゼン様とソウルケイジ様もお部屋にいらっしゃったので、都合が良いですわ。申し訳ありませんが、お三方共、少しお時間を頂けますか?」


 野郎共全員に用だったのか――何故か残念な気分が芽生えるのを顔に出さない様にしながら、レオは勿論良いよと頷き返した。

 それから、小一時間後。

 女性陣の宿泊部屋に集合したレオ、アルゼン、ソウルケイジの三人は、レイラニと名乗る女性からの説明を聞き終え、奇妙な沈黙の中に圧し包まれていた。

 レオはただ驚きで、声が出ない。アルゼンも同様の顔つきだが、どちらかといえば彼の場合は上位森精種がどれ程の存在なのかが理解出来ずに困惑しているという色合いが強いだろう。

 そしてソウルケイジは相変わらず、ただいつもの様に無口なだけであった。表情には何の変化も無く、上位森精種と出会ったからといって殊更顔色を変える様な男でもなかった。

 要するに、レイラニの存在と彼女がもたらした情報の意外性を、万職の感覚として正当に評価しているのは自分だけだ。少なくともレオは、そう考えている。

 恐らく女性陣も最初は、レオと同じ様な反応だったに違いない。実際リテリアもソフィアンナも、そして同じ森精種のミルネッティすらも、三人揃って美しい顔立ちが緊張に包まれているのが分かる。

 だがそれにしても、これは或る意味渡りに船だ。

 奴隷収集隊に狙われているであろう上位森精種の方から、こうして接触してきてくれた。被害者になり得る側から声をかけてきたのだから、後はどうやって説得し、味方に引き入れるかだろう。

 問題は、そのフェドリックなる人物が枝先の里の上位森精種達から敵視されており、レイラニがその肩を持っていることで拙い立場にあるという点であった。


「まぁ、話は大体分かったよ……んで、どうする?」

「まずは、そのフェドリックさんの行方を追いたいと思っています。その御方が見つからない限りは、何も進展が無いでしょうから」


 リテリアの応えに、レオは確かにそうだと頷いた。

 問題の根本を抑えるのは、基本中の基本だろう。


「んで、どうやって探すんだ?」


 レオが問いを重ねると、リテリアはソウルケイジに視線を流した。その表情から、何となく次の展開を察したレオ。


「ソウルケイジ様……こんなことをお願いするのは大変心苦しいのですが、フェドリックさんの現在地を割り出すことは可能でしょうか?」

「そいつのサンプル細胞か、思念が残留していそうな着用物はあるか?」


 するとレイラニが、懐から古びたペンダントの様な物を取り出した。金属の薄い板がぶら下がっている。受け取ったソウルケイジはその表面をしばらく凝視した。


「……周辺100キロまで対象範囲を広げたが、通常の捜索圏内には居ない」


 ものの十数秒でいきなり結果を口にしたソウルケイジ。

 レオはこの男の凄さを何となく理解し始めていたから多少驚いた程度で済んだが、この光景を初めて見るであろうレイラニは心底驚嘆した様子で黒衣の巨漢を呆然と眺めた。


「わ、分かるのですか、そんな、僅かな時間で……」

「分かる」


 相変わらずソウルケイジの応えは説明不足過ぎて、相手に状況を理解させようという意図が全く感じられないのだが、これももう慣れっこなのか、リテリアなどはただ苦笑するばかりだった。


「ところで先程、ソウルケイジ様は通常の捜索圏内には居ないとおっしゃいましたよね……ということは、通常ではない捜索圏なら居る可能性が高いということでしょうか?」

「そうだ」


 どうやらリテリアは、ソウルケイジが何をいわんとしているのか既に読めている様だ。残念ながらレオにはまだそこまで理解が及んでいないのではあるが。

 ここでリテリアはレイラニに面を返し、問いかける様な視線を投げかけた。


「枝先の里には、精霊法術による外部遮断の強力な結界が張り巡らされている、とのことでしたね」

「えぇ、それはそうですが……まさか、フェドリックはまだ里の中に居ると?」


 レイラニも、リテリアの質問の意図が理解出来たらしい。その端正な顔立ちは驚愕に彩られた後、すぐに渋い表情で考え込む色へと変わった。

 だがそれなら、フェドリックがこの街で枝先の里についての情報をばら撒いたという話は、どう説明するのだろうか。

 これについては、レオもそろそろ思考が巡ってきている。何者かがフェドリックなる人物を陥れる為に、敢えてそんな噂を流したのだろう。


「んじゃあ、次にやるべきことは、その噂を流布した奴を探すことかな」

「確か、万職だったと聞いています。まだこの街に居るかどうか分かりませんが」


 レオに答えながら、レイラニは腕を組んで左手親指の爪を軽く噛んだ。

 彼女が苛立った時の癖なのかも知れない。

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