54.上位森精種の告白
領都ルーヴランの万職相互組合に隣接する宿屋の、とある一室内。
四人掛けのテーブルにはリテリア、ソフィアンナ、ミルネッティの他にもうひとり、客人が席を与えられていた。
レイラニと名乗ったその女性は、上位森精種だった。
その予想外の訪問にソフィアンナのみならず、リテリアも緊張で顔が強張っている。
ミルネッティが、奴隷収集隊と森精種の里に関わる客人だからということで連れてきたのだが、いきなり問題の核心に近いと思われる人物を連れてこようなどとは思っても見なかった。
しかしただ驚いて沈黙しているだけでは、態々ここまで足を運んでくれたレイラニにも失礼だ。リテリアは何とか気を取り直し、自己紹介と、そして自分達がここルーヴランを訪れた目的を隠さず全て話した。
その説明をレイラニは眉ひとつ動かさず、ただ黙って聞き続けていた。
「……以上が私からの説明となります。もし何か疑問などがあれば、おっしゃって下さい」
「いえ、お話し頂いた内容については特に何もございません。ただ……」
レイラニは僅かにいい淀んでいる仕草を見せた。いって良いものかどうか悩んでいる風にも思える。
そのレイラニに対し、リテリアは根気良く待つことにした。無理に言葉を引き出そうとするのは、却って相手の警戒心を生むことになる。
ここは、レイラニが自発的に話してくれるのを待った方が良いだろう。
ソフィアンナも、リテリアの方針には同意してくれているらしい。彼女に面を向けると、目線だけで頷き返してきた。
ミルネッティは何もいわず、じっと黙り続けている。最初からレイラニに全幅の信頼を寄せているのか、或いは上位種に対する遠慮なのか。
いずれにせよ、この沈黙は守られなければならない。リテリアがそう腹を括り、紅茶の入ったカップに手を伸ばそうとしたその時だった。
レイラニが不意に、柔らかな唇を幾分青ざめさせて口を開いた。
「その奴隷収集隊ですが……真の目的は他にあろうかと思われます」
「何か、ご存じなのですか?」
リテリアは思わず反射的に訊き返してしまった。レイラニは僅かに目線を逸らし、辛そうな顔を見せている。訊き返すべきではなかったかと後悔したリテリアだったが、取り消すべきかどうかも逡巡した。
レイラニから聞いておかなければならないという思いが強かったからだ。
そんなリテリアの意図を察したのか、レイラニは意を決した様子でまっすぐに目を見つめてきた。
「実は先日、或る男性に命を救われました。彼もその時に重傷を負いましたが、私の里で癒しを受け、一命を取り留めました」
その男性の名はフェドリックという。先程リテリアが説明した、奴隷収集隊の元隊員だというのである。
予想外の告白に、リテリアは声を失った。ソフィアンナとミルネッティも驚きの色が隠せない様子だった。
「フェドリックは或る国の命令で奴隷収集隊として行動していましたが、余りに非道で苛烈な行為に嫌気が差して脱退し、万職に身を転じたそうです」
フェドリックが語った或る国というのは、東の超大陸で侵略政策を打ち出してる鉄血帝国ギルデランということらしい。
奴隷収集隊が主な標的に定めているのは純正人種よりも長命な森精種と岩命種、勇獣種だという話だった。
その理由は、彼らの命令主である鉄血帝国に於いて、純正人種の長命化、不老不死化の研究が進んでおり、その研究や実験の素材として、それらの光性亜人を大量に捕獲する必要があったからだ。
しかしただ拉致するだけでは海を渡った他大陸での活動資金に窮乏する為、現金確保の手段として、余剰の捕獲分を奴隷として売り渡しているのだという。
「そのお話は、事実なのでしょうか?」
「分かりません。何の確証もありませんから……でも、これは私の直感なのですが、フェドリックは決して嘘はついていないと思っています」
この時、レイラニの瞳が僅かに揺れた。
リテリアは何となくだが、レイラニはフェドリックなる男性に心を預けているのではないかと考えた。レイラニの表情が、その様な想いを語っている様に思えたからだ。
しかしそれは飽くまでも個人同士の話であり、リテリアが踏み込んで良い領域ではない。
そして今、それ以上の問題がレイラニを苦しめていることだろう。
フェドリックが忽然と、姿を消してしまったからだ。
「噂によれば、彼が酔った勢いで枝先の里のことを喋ってしまったから、怒った森精種がかの人物を暗殺若しくは拉致したということらしいのですが……」
「いえ、彼はその様なことをする筈がありません」
ソフィアンナの言葉を、レイラニは真っ向から否定した。その瞳には、絶対にフェドリックを信じ抜くという強い信念の様なものが浮かんでいるのが見て取れた。
「そもそも、そんなことはあり得ないのです」
毅然とした態度で、いい切ったレイラニ。その根拠は一体何なのか。
「どうして、そこまで確信を持たれているのですか?」
「何故なら彼は、姿を消す直前まで枝先の里に居たからです」
リテリアは思わずソフィアンナと顔を見合わせた。
もしレイラニの言葉が事実なら、全てがひっくり返る。枝先の里が実在することを別の人間が知っていて、それをさもフェドリックの放言によって広められたという具合に話を作り替えたとしか思えない。
では一体、誰がその様な真似をしたのか。
「その真実を探る為に私が里を出て、純正人種の支配圏に参ったのです」
レイラニ曰く、里の森精種達もフェドリックが誓いを破ったと憤っているらしい。そして彼が失踪直前まで里に居たという事実をどれだけ説明しても、森精種達は全く聞き入れようとしない様だ。
森精種達は一貫して、フェドリックを裏切り者だと決めつけている。彼の無実を信じているのは、今やレイラニただひとりという訳だ。
「確かに、気にはなりますね」
リテリアは腕を組んで小首を傾げた。余りに人為的な話だ。何者かの企図が感じられる。
そしてミルネッティの顔を見た。彼女は、レイラニを助けてあげたいと願っている様だ。そう、瞳が語っている。
ならば、何を思い悩む必要があろうか。
「……ご事情は承知致しました。そこでひとつご提案なのですが、そのフェドリック氏を探すお手伝いを、私達にさせて頂けないでしょうか?」
リテリアの申し入れに、驚いて見つめ返してくるレイラニ。
しかしリテリアには勝算がある。
圧倒的な捜索能力を持つ男が、仲間に居るではないか、と。




