125.朝の潮騒を聞きながら
セルパクローのテロリスト共を一掃したリテリア達は、漁具倉庫内から村民らを解放した。
大抵の者はただ恐怖に打ち震えているばかりであったが、中には長時間狭くて換気の悪い場所に押し込められていたこともあって、体調を崩している者も少なくなかった。
そういったひとびとにはリテリアが対応に当たり、必要ならば回復術を施術するなどして、体調不良者達の看護に結構な時間を費やしていた。
ソウルケイジから念話での連絡が入ったのは、十数名の体調不良者への対応が終わり、そろそろ東の空が明るくなり始めようという頃合いだった。
(食人鬼の大半を始末した。残っているのは通常種と魔導種が一体ずつだ)
いつもの抑揚の無い声に、リテリアはほっと胸を撫で下ろした。
ギデンツは対食人鬼戦用の切り札が使えず、トヴァリー、ガーティン、ケルグの三人については実際の力量が堅鉄級に過ぎないという悪条件ばかりが揃っている。
そんな中で食人鬼が全戦力そのままで仕掛けてきたら、恐らく絶望的な状況に追い込まれていただろう。
前に訪れた漁村の被害から見て、食人鬼がたった二体だけというのはおかしな話に見えるだろうが、そこについてはたまたま腕利きの万職が遭遇し、半数以上を仕留めたことにしておくしかない。
実際ソウルケイジ達は、始末した食人鬼共の死骸はそのままにして放置してあるから、後で魔化石を取りに来いともいっていた。
(食人鬼もすぐには攻めてこないだろうから、ひと眠りぐらいは出来そうかしら)
多くの村民から感謝の言葉を贈られながら、リテリアはギデンツ達が足を運んでいる村長宅へと向かった。
「あ、リテリアさん! もう終わったんですね」
リテリアが宅内に足を踏み入れると、ラムトが嬉しそうに駆け寄ってきた。リテリアは幾分疲れた笑みを浮かべつつ、村長との話し合いがどうなったのか訊いてみた。
「食人鬼共を、この村の門の外側で迎撃することで話が付いたわ」
セレニアが食堂の卓上に周辺見取り図を広げながら、簡単に説明してくれた。
戦闘が発生したら、即座にミーナが村民らに合図を送る。その知らせを受けた村民らは漁船で沖合に退避し、リテリア達の戦闘の邪魔にならぬ様に海上で待機する運びとなった。
「成程……それなら戦いに専念出来るだろうから、ちょっとは気が楽になりそうね」
「念の為にミーナも漁船に乗せておこうと思う。見習いでも、初球の治癒術ぐらいは使えるからな」
ギデンツが言葉を添えながら、ミーナにちらりと視線を送った。
ミーナは神妙な面持ちで、静かに頷き返す。
その表情に、昨晩までの浮ついた感情の色は見られない。ラムトに対する鬱屈した思いは、もう晴れたのだろうか。
そんなことを考えていると、大きな欠伸が漏れてしまった。
「食人鬼は夜行性だから、迎撃戦は夜になるだろう。それまでは体を休めておいたらどうだ?」
「そうですね……ただその前に、猫耳君と少しお話したいことがあるんだけど、ちょっと時間良い?」
リテリアに指名されたラムトは不思議そうな顔つきで僅かに首を傾げたが、ギデンツが作戦会議は終わったから問題無いと応じ、ラムトの背中を軽く叩いた。
ならばと、リテリアはラムトを浜辺に誘った。
この時、ミーナが幾分複雑そうな面持ちでリテリアとラムトの背中に視線をぶつけてきていたのだが、リテリアは敢えて気付かないふりに徹した。
「えっと……お話って何でしょう?」
朝の潮風を浴びながら、ラムトが若干不安げな様子で訊いてきた。態々ふたりだけで、ひと目を避けて連れ出されてきたことに心が落ち着かないのだろう。
ラムトのそんな気持ちも分からないではなかったが、しかしここはきちんと説明した上で、彼の意志を確かめておく必要があった。
「実は私の万職仲間から、猫耳君の体質について連絡があったのよ」
リテリアは連絡方法や仲間の正体については敢えて細かいところまでは触れずに、ラムトが逆性魅導因子持ちであることだけを説明した。
最初は何が何だかまるで理解出来ていない様子のラムトだったが、リテリアが実例を添えて言葉を重ねてゆくうちに、彼自身これまでの経験の中で身に覚えがある事象だと気付いたのだろう、次第にその表情が真剣みを帯びてゆく様になった。
「成程……だから僕がいつもひとりだけ、敵の集中攻撃を浴びていたって訳ですか……」
「うん、今までは緑小鬼だったから良かったけど、今回は食人鬼だからね」
その恐るべき破壊力がラムトの決して頑健とはいえない体躯に、一斉に襲い掛かってきたらどうなるか。
あれこれ考えるまでもないだろう。
下手をすれば、戦闘開始直後の段階で命を落としかねない。堅鉄級の彼の技量では、食人鬼の豪腕を真正面から受け止めるなど自殺行為に等しい。
「勿論、私も聖強連衝で支援はするけど、精法種緑小鬼を相手にするのとは訳が違うから」
一撃を浴びた時点で、どうなるか分からない。
だからこそリテリアは、ラムトの意志を今一度確認しておく必要があると考えた。
トヴァリー達に強制されるのではなく、この戦いに対して、ラムト自身がどういう思いで臨もうとしているのか。そこを聞いておかなければならない。
実際、ラムトの瞳には迷いの色が見て取れた。
これまでトヴァリー達との緑小鬼討伐戦では、訳が分からないままに結果として盾役を引き受ける格好となっていたが、今回は違う。
逆性魅導因子の特性を理解した上で、食人鬼の恐るべき一撃に立ち向かうかどうかの選択を強いられているのだ。恐ろしくない筈が無かろう。
「強制はしないから、よく考えてね。貴方の命は他の誰でもない、貴方自身のものなんだから」
リテリアは念を押した。
ろくな戦闘力も無いままに誰かの為の犠牲になろうとする姿は、かつての自分と同じに見えたのだ。そしてその結果、どうなったのか――ソウルケイジと出会わなければ、今ここで、こうして話をしていることも叶わなかっただろう。
その苦い想いが、ラムトへの気遣いとなっていることは間違い無い。
しかしラムトはすぐに迷いを吹っ切った様子で、リテリアの瞳を真っ直ぐに見つめ返してきた。
「いえ……やります。僕が僕自身の為に、この戦いから逃げたくないんです」
その表情には決意が溢れている。
リテリアも、これ以上言葉を重ねても無駄だと悟らざるを得なかった。
「分かった……じゃあ私も、全力で支援する。でも、絶対に無茶はしないって約束してくれる?」
「はい、それは勿論」
ラムトは薄く笑った。
この笑顔に、この勇気に、応えなければならない。
でなければ闘幻の聖女の名が廃る。
リテリアもこの時、腹を括った。




