124.逆性魅導因子
海岸線から程近い、とある森の中。
レオは頭上から振り下ろされてくる豪腕を躱し、刃を一閃させてから足早に後退した。
反撃を浴びた巨人種魔性亜人――食人鬼は獰猛な咆哮を撒き散らしながら、追い縋る様にして大地を蹴った。その巨躯に対し、足元の地面から無数の石礫が高速で飛び出して襲い掛かってゆく。
カルナウの精霊法術だ。彼は大地の精霊との交信を経てその助力を引き出し、弾丸の様な勢いで噴き上げられる石礫の群れで相当な打撃を与えた。
それでも、この食人鬼は斃れない。全身から鮮血を垂れ流しながらも、切っ先を中段に構えるレオ目掛けて怒涛の勢いで迫ろうとしている。
「流石の耐久力だな! 俺も見習いたいもんだぜ!」
不敵に笑いながら、レオは襲い来る豪腕を躱しながら敵の懐に飛び込み、そして刃を突き上げた。
必殺の一撃が、巨人の顎先から頭部へと貫いた。脳を破壊された食人鬼は全身がぐらりと揺れ、そのままゆっくりと崩れ落ちた。
「いやぁ、助かった。カルナウの石礫でこいつの目を潰してくれてなかったら、今のも決まらなかったかも知れない」
「レオは自己評価低過ぎ。僕が視力を奪わなくとも、今の一撃は躱せないよ」
からりと笑うレオに、カルナウは苦笑を交えて小さく肩を竦めた。
前衛の剣戦士レオと、後衛の精霊術士カルナウ。ふたりは同じ探索班メンバーとして組んでからまだ日が浅いが、その連携には何の迷いも乱れも無い。
カルナウはいつでも、ここで欲しいと思うタイミングで適切な支援を入れてくれる。その絶妙な判断力、決断力は今やレオにとっては無くてはならない戦力だ。
ソウルケイジの様な圧倒的な戦闘力で強敵を軽く撃破する超人的な存在感は確かに憧れではあるが、カルナウとのコンビネーションはレオに万職としての力の振るいどころを見事に現出してくれる。
これはこれで充実した時間を過ごすことが出来るとして、レオは内心密かに喜びを感じていた。
「さて、ソウルケイジの旦那の方は……」
刃にこびりついた血と脂を拭ってから、愛剣を鞘に収めるレオ。その視線は樹々の間のどこかに居る筈の黒衣の巨漢を探して、左右に流れていた。
「あ、終わったみたい」
カルナウがレオの後方を指差した。
釣られてその方向に目を向けると、ソウルケイジの巨躯が茂みを無造作に掻き分けながら近づいてくる姿が見えた。
相変わらず呼吸は一切乱れておらず、淡々を歩を寄せてくる。確か、三体の食人鬼を追って森の奥へと駆け込んでいった筈なのだが、この落ち着きぶりは一体どうなっているのか。
普通の人間ならまず考えられない話だが、しかしソウルケイジに限っては、これもいつもの光景だった。
「仕留めたみたいだな……で、残りはあと何体だっけ?」
「二体だ。通常種と魔導種を一体ずつ残してきた」
手荷物でも選別するかの様な、あっさりとした応えだった。
牙鋼級前後の平均並みの万職ならば激戦必至、下手をすれば死傷者が出そうな敵戦力だが、この黒衣の巨漢にとっては適当に間引いて数を調整するだけの存在に過ぎないらしい。
「魔導種なんて残してきて、大丈夫かい? リテリア達、苦労するんじゃないかなあ」
「問題無い」
幾分不安げに問いかけるレオに対して、ソウルケイジはこれまたいつも通りの反応。
もうここまでくると、ちょっとした芸なんじゃないのかと内心で苦笑を禁じ得なかった。
「そういえばさ……」
と、ここでカルナウが草生えの地面にのんびり座り込み、水筒を取り出しながら話題を変えた。
「さっき、逆性魅導因子がどうとかっていってたよね。それって何の話?」
「あぁ、それ俺も気になってた。魅導因子って確か、聖女特有の権能か何かじゃなかったっけ?」
ふたりからの問いかけに対して、ソウルケイジは何事にも例外はあると低く応じた。
曰く、魅導因子は基本的には、聖女の資質を持つ人間女性のみが持つ脳波によって発動する能力らしいが、稀に光性亜人の男性にも発現することがあるとの由。
但し、本来の魅導因子は他者の感情を術者に対して好意的に仕向けるのに対し、逆性魅導因子は敵意を自身に向けるというものだった。
これを上手く利用すれば、大勢の敵の意識を単一の囮に集中させることも可能になるのだという。
「へぇ……盾役なら理想的な能力になりそうだな。で、その逆性魅導因子を持ってる奴が居るって?」
「リテリアに同行している猫科の勇獣種が、逆性魅導因子持ちだ」
ソウルケイジがパルテレアの万職相互組合で聞き込みしたところ、その勇獣種の青年ラムトは、緑小鬼討伐の際には毎回といって良い程に集中攻撃を浴びているのだという。しかも彼の仲間には一切目もくれず、何があってもひたすらラムトだけを攻撃し続ける特異な状況が常に発生しているということらしい。
「うわぁ……そいつぁ大変だな。牙鋼級の技量があればどうってこたぁ無いかも知れんけど、堅鉄級にはちょっと厳しいんじゃないか?」
「いつも死線を彷徨っているそうだ」
気の毒そうに顔をしかめたレオに、ソウルケイジは他人事の様にさらりと答えた。実際、他人事ではあるのだが、リテリアが同行しているとなれば話は別だ。
逆魅導因子がどの様に作用してリテリアの身に危機を及ぼし得るか、分かったものではない。その為ソウルケイジとしても、リテリアの脳波と生命波動のみならず、ラムトの脳波の強弱と位置も把握し続けているのだという。
「ふぅん……中々面倒な話だね」
「必要なら始末すれば良い」
物騒な台詞を返してきたソウルケイジに、カルナウは凄まじく複雑そうな面を返した。冗談とも本気ともつかぬ思考に、まだ馴染んでいないのかも知れない。
「ってこたぁ、旦那が残してきた食人鬼二体も、そのラムトって奴に引きつけられて襲いに行くってな感じなのかい?」
「そうだ」
普通なら、ここまで仲間が殺されれば逃げ惑うのが低能な魔性亜人の取り得る行動だが、そうしないのは全て逆性魅導因子の為せる業なのだという。
結果としてリテリア達は討伐依頼達成に辿り着くのだろうが、そのラムトなる勇獣種にとっては何とも気の毒な話であった。
「酷な人生、送ってんなぁ」
レオは可哀そうだと思いつつ、自分でなくて良かった、などと身震いする気分だった。




