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122.臆病からの脱却

 ラムトの目の前で、小剣を握った男が脆くも崩れ落ちた。

 リテリアの掌底が顎先に命中した瞬間、その男は目線が虚ろになり、膝から力が抜ける様にして木板を敷き詰めた床に倒れ込んでしまったのである。


「いやぁ、凄いわね……それが八極拳ってやつ?」


 傍らでセレニアも感心すると同時に、幾らか引き気味で目を丸くしていた。

 リテリアは一見すると、然程の筋肉も無い普通の女性だ。しかしひとたび相手に接近すると、目にも留まらぬ速さで必殺の一撃を繰り出し、的確に急所を打って気絶させてしまう程の達人だった。


「私も自分でびっくりしてるんだけどね……まさかここまで強くなれるなんて思ってなかったから」


 はにかんだ笑みを浮かべて、恥ずかしそうに頭を掻くリテリア。ラムトもこれといった確証がある訳では無かったが、彼女の言葉に嘘は無さそうだ。

 それにしても、鮮やかな程の速効だった。

 たった今、気絶させた男で三人目である。

 ここに至るまでリテリアは、セレニアが仕掛けた消音法術の恩恵でラムトと共に家屋内に忍び込み、ラムトの牽制で虚を衝いた相手の側面へ廻り込むと同時に強烈な掌打を叩き込んでいた。


「この位置に、この角度で打撃を入れるとね、人間の脳が揺れて意識が飛ぶんだって」


 リテリアはそんなことをいいながら、倒した相手をラムトと共に縛り上げている。

 彼女自身、人間の脳の構造についてはよく分かっていないらしい。ただ八極拳の師匠からの教えに従っているだけだという話だが、ここまで完璧に結果を出している以上、その言葉の意味するところに間違いは無いのだろう。


「相手を殺さずに無力化する技か……僕も身につけておいた方が良いかな」

「原理は簡単だから、猫耳君にも出来るんじゃないかしら」


 薄く笑うリテリアだったが、ラムトは結構本気だった。少しでも万職としての幅を広げる為なら、学べることはどんどん学んでいきたい。

 流石に聖女たるリテリア程の高みにまでは至れないだろうが、それでもラムトは貪欲に、出来ることは可能な限りやっていこうと思った。


「ふぅん……あんた、意外と向上心あるんだね」


 セレニアが興味津々といった様子で覗き込んできた。今まではただラムトのことを無能な足手纏いだと思っていたのだろうが、あの地下洞窟での一戦から、彼女の態度が如実に変化してきていることがラムトの目から見てもよく分かった。

 評価してくれるのは確かに嬉しい。しかし今まであれ程、無能だ役立たずだと罵倒してきた相手が、こうも簡単に掌返ししてきたことには複雑な思いがどうしても拭えない。

 尤も、セレニアはラムトのそんな感情など、まるで気付いた様子も無かったのだが。


「ひとまず、こっちの担当分は全部片付いたけど……あっちは上手くいってるのかしら?」


 セルパクローの戦士を身動き出来ぬ様に縛り上げてから、リテリアはギデンツ達が向かった村の左手側へと木窓越しに視線を送った。

 ところどころに灯火は見えるものの、漁村全体は深い闇に覆われている。この位置からギデンツ達の結果を目視するのはまず不可能だった。


「ギデンツ様が御一緒ですから、多分大丈夫かと……」


 リテリアの言葉に、ミーナが若干不安げな表情ながら静かに応じた。

 が、彼女の期待はその直後に裏切られることとなる。

 幾つかの家屋の向こう側――ギデンツ達が身を潜めている敵を始末しに向かった辺りから、怒号と剣戟音らしき響きが、闇を越えて伝わってきたのである。


「あぁもう、何やってんだか……どうせトヴァリー辺りがヘマやらかしたんじゃない?」


 セレニア曰く、訓練以外での対人戦はほとんど経験が無いというトヴァリー。沿岸の森でも緑小鬼相手に稚拙さを露呈したという話だったから、あり得そうな状況だった。

 幸い、リテリア達が担当した側の敵は全て、対処済みだ。包囲戦に持ち込まれる心配は無い。

 それでも敵はセルパクローのテロリストだ。どんな手に打って出るか分かったものではないだろう。


「こうなったら、司令塔もやっちゃう?」


 問いかけてくるセレニアに、リテリアが頷き返す。そしてその瞳がラムトの顔を真正面から捉えた。


「猫耳君、自信はあるかしら?」

「あるといえば、嘘になります……けど、やります」


 ラムトは奥歯を強く噛み締めた。敵に対する恐怖心は無い。あるとすれば、失敗するかも知れないという不安だけだ。

 それでも、リテリアやセレニアが手を貸してくれるなら、何とかなるかも知れないという希望の方が遥かに強かった。


「ラムト……大丈夫、なんだよね……?」


 ミーナが心配そうに見つめてくる。

 クレヴ村を出る時に見せた、あの時の表情によく似ているが、少し違う。不安の中に困惑の色が見え隠れしている瞳に、ラムトはつい面を背けた。

 自分を信じてくれなかった幼馴染み。

 紅嵐の剣豪と男女の仲となり、既に他の男性のものとなってしまった彼女。

 そんな相手に、どんな顔で応えれば良いのか――ラムトには正直、よく分からなかった。

 ただ今は、リテリアとセレニアの応援だけを受けて動きたい。このふたりは、過去のいきさつ云々関係無しに現在のラムトを評価してくれている。

 それ故、ラムトはミーナには何も答えず、リテリアとセレニアに対してだけ力強く頷き返した。


「良い顔してるね……じゃあ、即興で考えた作戦だけど、これで行くわね」


 いいながらリテリアは、セルパクローの司令塔を仕留める為の戦術を手早く説明した。

 その言葉は非常にはっきりとしていて、僅かな不明点も無い。

 要は敵を逆に待ち伏せし、隙を衝いて一気呵成に仕留めるというものだ。


「向こうは、自分達こそが敵を罠にかけたと思って油断してる筈。その裏を掻くのよ」


 戦術としてはシンプルだ。

 事前にリテリアの支援で肉体能力を徹底的に強化したラムトが、敵の司令塔だけに狙いを定めて一気に間合いを詰める。周囲の護衛役はリテリアとセレニアで封じてしまえば良い。

 不安があるとすれば彼我の力量差だが、態々罠を張って待ち伏せする様な輩だから、実力は然程に高くないと見て良いだろう。


「じゃあ、行くわよ。向こうも、ギデンツさん達が起こした騒ぎに気付いて動き出すかも知れない。そうなる前に決着させなきゃね」


 力強く笑うリテリアに、ラムトは黙って頷き返す。

 今の自分なら、やれる。

 根拠は無いが、不思議と腹の底から自信が溢れ出していた。

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