121.再びのテロリスト
夜の帳が下りた。
リテリア達は左手に波の音を聞きながら、街道から僅かに外れた小さな漁村へと歩を進めてきた。
夕刻に訪れた前回の漁村は既に食人鬼に襲撃された後であり、村民は全滅していた。ひとり残らず、食い殺されていた。
凄惨を極めた酷い有様ではあったが、しかし彼らの死を悼んでいる暇は無かった。次なる犠牲を未然に防ぐ為にも、敵が続けて襲撃する可能性が高い人里に先回りし、迎撃態勢を構築する必要があったからだ。
そして現在。
幾つかの灯火が揺らめく静かな光景に、リテリアはほっと胸を撫で下ろした。
「間に合った様ですね」
「しかし、油断は禁物だ。早々にここの村長に会って、話を付けてしまおう」
リテリアに応じながら、ギデンツは足早に石垣で築かれた村の門をくぐってゆく。が、その足が不意に止まった。
後に続いていた面々が、何事かと顔を見合わせる。
ギデンツは暫らくの間、暗闇の中にじっと目を凝らしていたが、ややあってから緊張に満ちた面で仲間達に上体を振り向かせた。
「食人鬼は来ていない……が、何か妙だ」
紅嵐の剣豪が示した警鐘に、リテリアはごくりと息を呑んだ。彼女もいわれて初めて、漸く気付いた。
漁村全体が、不自然な程に静か過ぎるのである。まだ深更を迎えるには早い時間帯だ。なのに、村全体が寝静まったかの様な静寂は一体、どういうことであろう。
ギデンツはトヴァリー、ガーティン、ケルグの三人を率いてゆっくりと村内へ踏み込んでゆく。いずれも得物を抜き払い、臨戦態勢に入っていた。
その間、セレニアは生命感知の術式を駆使して村内の気配を探っている。牙鋼級の彼女では正確な人数は把握出来ないものの、おおよその位置を割り出すことは可能らしい。
「……漁具倉庫に大勢の気配があるわね。後は幾つかの民家にひとりかふたりずつ、気配があるわ。中央に近い家屋だけは少し多いけど……まるで息を潜めて、こちらの出方を伺っているみたい」
囁く様なセレニアの声を受けて、リテリアはどこにどれだけの気配があるのかを明確にする為に、小杖の先で地面にがりがりと家屋の配置図を描いた。全てを把握した訳ではないが、村の入り口からだけでも大体の構成は見て取れる。
「どの民家に何人ずつ居るか、分かる?」
「えぇっとね、ちょっと待って……」
リテリアから小杖を受け取ったセレニアは、暫く瞼を閉じてじっとしていたが、やがて眼を見開いて次々と人数と配置を書き込んでゆく。
その様子をじっと横合いから眺めていたリテリアは、かつてソウルケイジから学んだ町村部でのゲリラ戦に関する戦術理論を思い出していた。
「司令塔は、ここね」
リテリアは最も人数が多いひとつの家屋に注目した。
指示役と護衛が揃っているから、この人数になるのだろう。そして他の家屋の人員は、その指示役から何らかの合図を受け取れる位置に控えている格好だ。
リテリアはラムトと共に走り、村の中央広場近くにまで進入しつつあったギデンツを素早く呼び止めた。
「引き返して下さい。このままでは包囲されます」
「む……それは確かなのか?」
問い返しながらもリテリアの後に続いて村の入口へと戻ったギデンツ。恐らく彼の中では、リテリアの言葉が真実だということを既に理解しているのだろう。
実際リテリアがギデンツ達を呼び戻した際、村の中の空気に僅かな変化が感じられた。動揺、或いは警戒に近しい息遣いが伝わってきた様な気がしたのである。
リテリアは呼び戻したギデンツ達に、セレニアが探知した敵の位置を伝えつつ、対策案を提示した。
「指示役に気付かれない様に、それぞれの家屋の裏手から潜入して配置人員を各個撃破していきます」
「成程……こっちが包囲される前に、先に向こうの手数を減らそうって訳だな」
リテリアが示した策に、したり顔で何度も頷いているギデンツ。
ラムトとセレニアにも異存は無いらしい。トヴァリー達はギデンツのいいなりで動くしか出来ないらしいが、彼らにしてもリテリアの提案には反論する根拠は無さそうだった。
この時、リテリアは再びソウルケイジに念の声で呼びかけていた。今回の一件は食人鬼討伐だけでは終わらない気がしている。僅かな不安でも前もって潰しておきたい。その為には矢張り、黒衣の巨漢の情報力に頼らざるを得なかった。
(ソウルケイジ様……この漁村に潜んでいるのは何者なのでしょうか?)
(セルパクロー統一尊教の戦士隊だ)
一瞬、リテリアは喉の奥で変な声が漏れそうになった。
タルネアン太聖大学の新歓パーティーでの出来事が、脳裏に浮かんできた。あの時、会場を襲ったのはセルパクロー統一尊教の操獣法師という男だった。
カレアナ聖教国でのテロ活動のみならず、こんなところにまで手を伸ばしているとは――リテリアは呆れると同時に、吐き気を催す程の嫌悪感を覚えた。
(もしかして……今回現れた食人鬼や緑小鬼の群れも、彼らが率いてきたのでしょうか?)
(そうだ)
簡潔だが、自信に満ちたひと言だった。
成程と内心で頷くリテリア。本来なら山岳地帯に棲息する筈の食人鬼がこんな海岸線にまで姿を現したからには必ず何か裏があると思っていたが、よもやセルパクローが元凶だったとは。
しかし、何故連中がパルテレアに攻撃を仕掛けようと考えたのか。敵はカレアナ聖導会ではなかったのか。
(単純な話だ。奴らにとってはセルパクロー以外は全てが敵だ)
それが仮に無神論者であっても例外ではない、とソウルケイジは抑揚の無い念の声で応じてきた。
とんでもない話だが、しかし納得は出来る――リテリアは再び、村の内部方向に視線を流した。
漁具倉庫に押し込められているのは、恐らくこの村の民だろう。敵はこちらを全滅させた後で、漁民を皆殺しにしてしまうかも知れない。
(そんなことは、絶対にさせない……!)
リテリアはラムト、セレニア、ミーナの三人と共に村の右手側へと迂回してゆく。ギデンツ達と手分けして、それぞれひとつずつ敵が潜んでいる家屋を攻略し、その包囲陣形を突き崩そうという訳だ。
指示役が潜んでいる家屋を除けば、どの屋内にもひとりかふたり程度しか潜んでいない。こちらがその倍以上の人数で臨めば、各家屋の人員を素早く確実に仕留めてゆくのは難しい話ではない。
後はどれだけ早く、敵の司令塔に気付かれる前に全てを終わらせるか。
そこが勝負の分かれ目となるだろう。




