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120.食人鬼魔導種

 夕刻――さざ波が押し寄せる海を、西に傾いた斜陽がオレンジ色に染め始めた頃。

 リテリア達は、半ば廃墟と化した漁村へと辿り着いた。


「こいつは酷いな」


 荷物を砂浜に放り出したギデンツが、抜刀しながら荒れた家屋の間を見て廻る。

 リテリアもラムトとセレニアを従えて内陸側の通りへと足を踏み入れた。異臭が漂い、蠅が飛び交う耳障りな羽音が鼓膜を衝いた。


(間に合わなかったのね……)


 リテリアは、無残に食い荒らされた大量の遺体の山に対してそっと瞼を伏せ、両手を組み合わせて鎮魂の祈りを捧げた。

 ここがエヴェレウス王国ならカレアナ聖導会の作法に則って、全ての遺体を丁重に弔ってやらなければならないところだろう。しかしこの漁村は、無神論者が多数を占める都市国家パルテレアの領域内だ。

 如何にリテリアがカレアナ聖教国公認の聖女とはいえ、聖導会の庇護に入っていないひとびとに対して押し売りに近い勝手な行動を取るのはご法度だ。

 だからせめて、祈りだけでも――リテリアの咄嗟の行為は、信仰や神の教え云々ではなく、ただ純粋にひとの死を悼む心から出たものである。それならばパルテレアも難癖を付けてくることは無いだろう。

 と、その時、村の中央広場からギデンツが大声で呼ばわってくるのが聞こえてきた。

 ラムトとセレニアに頷きかけてから、リテリアはその方角へと足を急がせた。


「げっ……何だこれ」


 同じく別方向から駆けつけてきたトヴァリーが、顔を青くしてたじろいでいる。

 見ると、漁村の中心に広がる空間に、人間の骨と血肉で組み上げた小さな祭壇の様な物が鎮座していた。

 その余りに凄惨な光景に、ミーナはその場で蹲り、激しく嘔吐している。

 セレニアは流石に取り乱すことは無かったが、矢張り同様に青ざめているラムトと顔を見合わせていた。


「リテリア、どう見る?」

「多分、ギデンツさんと同じ意見だと思いますが……食人鬼魔導種(オーガメイジ)ですね」


 ギデンツに答えながら、厄介なことになってきたと渋い表情のリテリア。

 そのリテリアの低い声音に、ギデンツも納得した様子で静かに頷き返してくる。彼の瞳には、想定外だったことを示す驚きの念が僅かに滲んでいた。

 精法種緑小鬼に食人鬼魔導種――立て続けに現れた魔性亜人の群れに、それぞれ魔術を駆使する上位種が首領として存在していた。

 これは果たして、偶然なのか。


「恐ろしく嫌な予感がするな」

「えぇ、同感です。今回の事件、これだけでは終わらない様な気がしてきました」


 何か組織的な意思を感じたリテリア。

 最早、自分達の手には負えなくなり始めている気がする。

 少なくともリテリアは、ここから先はソウルケイジ達の助力無しでは危険だと考えていた。


(ソウルケイジ様……聞こえていますか? リテリアです。もし念話法術で私の声を拾って下さっていたら、応答願います)

(捕捉している)


 打てば響く様な反応速度で、ソウルケイジから念の声が返ってきた。


(えぇと、実は食人鬼討伐の件でご相談が……)

(居場所と数、種類は全て把握している)


 流石だなと思わず内心で唸ったリテリア。恐らくソウルケイジは、こういう状況もあり得ると先に想定していたのだろう。

 問題は、誰がどこまで討伐するか、だ。

 万職相互組合で依頼を受けたのはリテリア達だから、或る程度は自分達で討伐を進める必要がある。全てをソウルケイジに任せてしまうのは、いささか問題があるだろう。


(ソウルケイジ様なら、今回討伐対象となっている食人鬼を全滅させるのはものの数分程度といったところでしょうね?)

(十秒もかからん)


 予想の斜め上をゆく回答だったが、よくよく考えれば一国に匹敵する戦闘力なのだから、当然といえば当然の結果だった。


(では、そうですね……こちらの体裁もありますので、危なくなったら適当に間引いて下さいますか?)

(勝手にやっておく)


 そこでソウルケイジからの声は途絶えた。

 まるで、簡単な家事を済ませておくかの様な、実にあっさりした反応だった。リテリアやギデンツにとっては恐るべき脅威である食人鬼も、ソウルケイジの手にかかれば羽虫を叩いて潰す程度の相手なのだろう。

 しかし最強の助っ人の存在は、ギデンツ達に伝える訳にはいかない。

 ただでさえラムト、ミーナ、セレニアに聖女であることがバレてしまったのだ。ここに加えて光金級の仲間が居るということまで知られてしまったら、更に面倒なことになりかねない。


(まぁ、たまたま凄腕の万職が近くを通りかかった……ぐらいにしておけば良いかしら)


 自分でも非常に無理があるなと思いつつ、しかしそれ以外のアイデアが浮かんでこなかった。ここはもう、腹を括るしか無い。


「さて、どうしたものか……既にここの漁民は全員食い殺されている。奴らがこれ以上、この近くに留まっている理由は無い筈だな」


 ギデンツは周辺地図を開いて、視線を上下左右にせわしなく動かしている。食人鬼共が他の村を襲う可能性を考慮し、次なる犠牲が出る前に先回りしようと考えているのだろう。


「一番危なそうなのは、ここでしょうか」


 リテリアが横合いから顔を出し、現在地に最も近く、そして人口も少ない別の漁村を指差した。

 ギデンツも、そこで間違い無いだろうなと無言で頷き返してくる。


「食人鬼ってそんなにしょっちゅう、ひとを襲うものかしら?」

「どうだろうな。今は腹が一杯で次の獲物を早々に襲う……というのは無さそうだと思うが」


 セレニアに答えるギデンツの声には、しかし幾らか自信が欠けている様にも思える。彼としても、食人鬼の習性に関しては確信が持てないのだろう。


「敵の先手を取る為にも、早めに移動した方が良いでしょうね」


 リテリアの言葉に、全員が肯定で応じた。

 ならば一刻も早く出立しなければならない。

 この廃村で、のんびり夜明けを待つ訳にはいかなかった。

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