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118.やらかした聖女

 敵は一体。

 対してこちらは、三人。

 ラムトは長剣を抜き払い、地面を濡らす潮水を盛大に跳ね上げながら一気に駆けた。


「僕が前に出ます!」


 いつもなら、二桁を超える緑小鬼を相手に廻して必死の防戦を展開する場面だが、ここは違う。それに、この場に居る前衛は自分ひとりだ。リテリアとセレニアを守る責任がある。

 ならば、何を迷う必要があろうか。この時のラムトには恐怖心など微塵も無かった。


「猫耳君、支援するわ!」


 後方からリテリアの声。すると、ラムトの全身が淡い蒼光に包まれた。


(こ……これは!)


 ラムトは走りながら驚きと感激の声を漏らした。全身に、凄まじいばかりの力が湧き上がってくる。敵との間合いを詰める足取りが自分でも信じられない程に軽やかだ。

 いつもこれ程の力があれば、緑小鬼相手に苦戦することも無いだろうに――そんなことを考えながらラムトは大柄な緑小鬼との距離をひと息に縮めていった。

 精法種緑小鬼は杖と小剣の二刀流だ。それらを眼前で交差し、早口で何かを呟いている。と思った次の瞬間には真正面から突風が襲い掛かってきた。

 真空の衝撃波を伴うそれらの風の攻撃はラムトの上半身に容赦無く襲い掛かってきたが、不思議と痛みは感じなかった。


「誰も、傷つけさせるものか!」


 渾身の一撃を叩きつけた。が、流石に相手は上位の緑小鬼。小剣でラムトの斬撃を受け止め、更には反撃に出ようとしている。

 と、この時不意に横合いから弾丸の様な何かが飛び込んできた。

 リテリアだ。

 彼女は独特の構えで、肩口から敵の脇腹へと体当たりを打ち込んでいた。その凄まじい威力は前衛たるラムトですら舌を巻く程で、精法種緑小鬼は甲高い悲鳴を放ちながら吹っ飛ばされていった。


「セレニア!」

「はいよっ!」


 リテリアの指示を受けると同時に、今度はセレニアが炎の弾丸を幾つも撃ち放った。オレンジ色の鏃が、未だ態勢を立て直していない精法種緑小鬼の体躯に次々と襲い掛かる。

 精法種緑小鬼は激昂して耳障りな叫びを上げた。


「さぁ来い! 僕はここだ!」


 ラムトは尚も長剣を振りかざしながら追撃を仕掛けた。そのすぐ後ろに、リテリアが続く。彼女はラムトの攻撃を躱して隙が生じた敵の顔面に、蒼い光を纏った右の拳を叩きつけた。

 この直後、精法種緑小鬼の動きが僅かに止まった。顔面に入ったリテリアの拳が、敵の意識を瞬間的に飛ばしたのかも知れない。

 だが、ここがチャンスだ。

 リテリアが素早いステップで後方に退がるのと同時に、ラムトは切っ先を真一文字に薙ぎ払った。

 精法種緑小鬼から放たれる、声にならない断末魔の叫び。

 その首筋から大量の血飛沫が噴き上がっていた。

 考えるまでもなく、致命傷だった。

 その場に昏倒した精法種緑小鬼は、尚も必死に蠢いていたが、ラムトはその頸部にもう一撃を叩き込んだ。

 それ以降、敵は動かなくなった。


「わぁお……ラムト、あんた、やるじゃん」


 心底驚いた様子でセレニアが駆け寄ってくる。ラムトは照れ笑いを浮かべて頭を掻いた。


「僕だけの力じゃないよ……リテリアさんが強力な支援法術を仕掛けてくれたから、敵を圧倒することが出来たんだ」


 そのラムトの応えを受けて、セレニアは感心の眼差しをリテリアに振り向けた。


「あんた、凄いひとだったんだ……ねぇ、どう? もし良かったら、うちの探索班に加入しない?」

「あぁ、御免なさい。実は私、もう組んでる探索班があるのよ。相互組合には届けてないけど」


 リテリアが申し訳無さそうな苦笑を返すと、セレニアは傍から見ても分かる程に残念そうな顔つきで、力無く肩を落としている。

 と、そこへミーナが驚きの表情でゆっくりと歩を寄せてきた。その視線は矢張り同じく、リテリアに吸い寄せられている。


「リテリア様、さっきのってもしかして……聖強連衝ではありませんでしたか?」


 ラムトはミーナのいっていることがよく分からない。セレニアも同様らしく、ふたりして首を傾げた。

 するとミーナが、聖強連衝とは腕力強化、速度強化、自然治癒強化をひと纏めにして対象に付与する法術だと説明した。

 そして更に彼女は、驚くべきひと言を放った。


「この法術は普通の治癒法士や聖癒士では不可能だと聞いています……もしかしてリテリア様は、聖女様なのではないですか?」


 そうでなければ、あり得ないと主張するミーナ。

 流石にその指摘にはラムトも仰天した。セレニアに至っては口をぱくぱくと開閉させて、すっかり言葉を失っている。

 そして当のリテリアは、しまったとばかりにバツの悪そうな顔で頭を掻いていた。


「あぁ、やっちゃった……自分で箝口令敷いておきながら、何やってんのかしら」


 などといいながら、天を仰ぐ仕草を見せるリテリア。

 ということは矢張り、ミーナの指摘は当たっていたということか。


「えええ! ほ、本当に聖女様なんですかぁ?」


 セレニアが態度を改めて、慌てた様子で数歩後退した。

 そしてラムトも、そんな畏れ多い存在に対して普通に仲間として接していたことを、今更ながら空恐ろしく思い始めた。


「あぁいや、普通で良いから……こうなるのが嫌だから、伏せてたのになぁ……私ってば、ホントにおバカ」


 微妙にがっくりと肩を落としているリテリアに、先程まで心の底から打ちのめされていた筈のミーナが、尊敬と憧れの眼差しを向けている。

 そしてラムトはというと――。


(せ、聖女様が、僕なんかの為に……あ、あんなに熱弁を振るって下さっていたなんて……!)


 そう考えるだけで、心から申し訳無く思うと同時に、とんでもない恥ずかしさが一気に込み上げてきた。

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