117.治癒法士たる資格
地下洞窟内を軽く探索し終えて引き返してみると、土砂を均して作った簡易ベッド上で、ミーナが虚ろな表情ながら上体を起こしている姿が見えた。
「あ、気が付いたのね」
一緒に探索へと出ていたラムトを目線で制しながら、リテリアが笑顔で呼びかけた。
ミーナの隣に座り込んでいたセレニアが横から覗き込み、もう大丈夫だろうと頷きかけている。
「それで、何か分かった?」
今度はリテリアに面を向けたセレニア。幾分ほっとした顔色が伺えるのは、意識不明のミーナを守り切る自信が無かったのだろうか。
それは兎も角、リテリアは周辺で幾つか発見された魔流紋が、或る特徴を含んでいる旨を口にした。
「多分だけど……この崩落、精法種緑小鬼の仕業ね」
これまでにリテリアはソウルケイジから、魔性亜人について数多くの情報を伝授されている。当然緑小鬼についても相当な知識を得ており、今回の崩落も精法種緑小鬼が仕掛けたものであろうことは、ほぼ九割方の確率で間違い無いといい切るだけの自信があった。
「つまり、分断されたってこと?」
「そう考えるのが妥当ね。ただ、ギデンツさんの実力を侮っていたのが彼らにとっては失敗だと思う」
リテリアは派手な装いのギデンツの素行には幾分眉を顰める部分もあったが、彼の純銀級としての実力は信頼出来ると頷き返した。
その言葉に誰よりもほっとした表情を浮かべたのは、ミーナだった。
彼女は矢張りギデンツの従者だから、彼の実力には大いなる信頼と尊敬を寄せているのだろう。
ところがリテリアは、そんなミーナに幾分厳しい視線を投げかけている。紅嵐の剣豪の従者である彼女は、治癒法士見習いとして日々研鑽を続けているというが、ラムトからこれまでの経緯を聞く限りでは、決定的な問題を抱えていると判断せざるを得なかった。
本来であれば、これはラムトとミーナの個人的な問題だから、リテリアには土足で踏み込む権利は無い。しかしギデンツからミーナを現地指導して欲しいともいわれている。
であれば、その問題点については早期に指摘しておく必要があるだろう。
嫌な話をすることにはなるが、リテリアは自分自身を静かに鼓舞して、ミーナの正面に廻り込んだ。
「ねぇミーナ。ちょっと辛辣なことをいわせて貰うわね」
リテリアの改まった表情に、ミーナは怯えた様子を見せた。治癒法士として先輩に当たるリテリアがこんなにも表情を硬くしているのに対し、何か不吉な予感でも覚えたのかも知れない。
「貴女が気を失っている間に、オルファナさんのことについて色々聞いたわ」
「え……それが何か、関係あるんですか?」
この時、一瞬だけミーナは険しい表情でラムトに射抜く様な視線を投げかけた。
リテリアな内心でひとつ大きな溜息を漏らしながら、言葉を繋げた。
「はっきりいうわね、ミーナ。貴女がオルファナさんのことで猫耳君を恨んでいる限り、貴女は治癒法士にはなれないわよ」
この台詞にはミーナのみならず、セレニアも、そしてラムトですら驚きを禁じ得ない様子だった。
「オルファナさんは、崩落事故に巻き込まれて亡くなったのよね? でも、その崩落事故を引き起こしたのは猫耳君なの? 違うでしょ? 彼が直接オルファナさんを殺害した訳じゃないわよね?」
「でも……オルファナさんを見捨てて、ひとりだけ逃げ出して、今もこうしてのうのうと生きてるなんて……私そんなの、絶対、許せません」
ミーナは面を僅かに伏せて、声を震わせた。
これに対してラムトは、辛そうに顔を背けた。
「客観的に見て、貴女のいっていることは貴女自身の勝手な思い込み。何の証拠も無いし、誰かの証言がある訳でもないわ。今の貴女はオルファナんさんを失った悲しみと怒りを誰かにぶつけたいだけ。猫耳君は、そんな貴女にとって体の良い怒りの捌け口になってるだけよ」
「あ、貴女に……私の気持ちが、分かるもんですか!」
今度は怒りに燃えた瞳でリテリアを睨み据えたミーナ。しかしリテリアは敢えて感情を面に出さず、淡々と続けた。
「えぇ、分からないわ。貴女の気持ちはね。でも、彼の気持ちなら分かる。私も以前、身に覚えの無い罪を着せられて、危うく斬首刑になるところだったから」
その瞬間ミーナもセレニアも言葉を失い、リテリアの無表情な美貌を呆然と眺めた。
ラムトも同様だ。彼はただ驚きの色を讃えた瞳でリテリアの横顔を見つめていた。
「でも問題は、そこじゃないの。治癒法士にとって何よりも重要なのは、思い込みや感情で判断してはならないってこと。治癒対象の肉体状況を正確に観察し、事実に基づいた診断を下して治癒術や回復術を施術しなければならないの。今の貴女みたいに、何の証拠も無しに一方的に決めつける様な思考しか出来ないひとは、治癒法士になんて絶対になれない。どこの万職相互組合に行っても、貴女の様な考え方のひとには登録証なんて発行してくれないわよ」
「そ、そんな……」
すっかり顔色を失い、愕然と宙空に視線を漂わせるミーナ。
しかしリテリアは、敢えて心を鬼にした。決してラムトに助け舟を出そうと思っている訳ではない。中途半端な技量しか持たない似非治癒法士を世に出さない為の、彼女なりの決意だった。
「それにね……さっき猫耳君は、貴女を助けようとして崩落した地面に迷い無く飛び込んでいったわ。もし本当にオルファナさんを見殺しにしてひとりだけ逃げ帰る様な小物なら、そこまでのことは出来ないわよ」
いいながらリテリアはセレニアに面を向けた。
あの時、ミーナは早々に気を失っていた様だが、セレニアは土砂に巻き込まれながらも最後まで周囲の状況を確認しようとしていた筈だ。
リテリアから突き刺す様な視線を浴びたセレニアは、幾分バツが悪そうな表情ではあったが、しかしラムトがミーナの為に行動しようとしていた事実については素直に肯定した。
「うん、それは私も見てたわよ……確かにラムトは、何の躊躇いも無く飛び込んできてた」
どうやら、これが決定打となったらしい。
ミーナは両掌で顔を覆い、静かに肩を震わせ始めた。そんな彼女に、ラムトはかける言葉も無い様子で静かに俯いていた。
最早、これ以上の詰問は不要だろう。
リテリアはミーナに、考える時間を与えることにした――が、その判断はすぐに撤回せざるを得なかった。
後方に、異様な気配が現れたからだ。
リテリアのみならず、セレニアとラムトも半ば反射的に得物を掴んで戦闘態勢を取った。
薄闇の向こう側に、何かが居る。よくよく目を凝らしてみると、全身至る所に入れ墨か何かで紋様が描かれている大柄な緑小鬼の姿が、そこにあった。
「……精法種緑小鬼」
八極拳の構えを取りながら、リテリアは静かに呼吸を整え始めた。




