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116.盾役の適性

 樹々を切り分けて突き進んだ先に、僅かに開けた草地が見えた。

 その中央に、全身を蔓の様なもので戒められた中年女性の姿があった。彼女は至る所に深手を負っており、地面を覆う草生えを真っ赤に染め上げていた。

 どう見ても、助からない。

 しかし、何故態々こんなところに――そこに思考が及んだ瞬間、ギデンツはしまったとばかりに後方を振り向いた。

 街道側から、派手な炸裂音が響いてきたからだ。


「まさか……こいつは罠か!」


 純銀級ともあろう者が何たる失態だと、内心で自らに呪詛の言葉を叩きつけたギデンツ。しかし今更後悔しても遅い。

 問題は今、この局面にどう対処するかだ。

 目の前の中年女性はもう助からない。だがそれよりも、周囲に漂う殺気の方が深刻だ。その数は、軽く二十を超えている。


「ギ、ギデンツさん……これは一体……?」

「彼女のことは考えるな。それよりも陣形を組め! 包囲されているぞ!」


 その鋭い警鐘を受けて、トヴァリー、ガーティン、ケルグの三人は慌てて互いに背を預け合う対包囲円陣を組んだ。

 すると、樹々の間から緑色の肌の醜悪な怪人共が刃を手にして、ぞろぞろと姿を現した。

 緑小鬼(ゴブリン)共だ。

 それも、中々上手く組織化されている様に見える。


(こいつら……首領が居るな)


 ギデンツは長年の万職生活から、指示系統を持つ魔性亜人(デモンズ)と、そうではない烏合の衆の違いをほぼ瞬間的に見分けることが出来る様になっていた。

 今回現れたのは、前者だ。


「確かお前達は、一度の討伐依頼で緑小鬼を二十数体は撃破してきた経験があった筈だな?」

「あぁ、うん……それは何度も、成し遂げてきたけど……」


 ギデンツに応じるトヴァリーの声には、何故か奇妙な怯えの色が含まれていた。この三人はいずれも牙鋼級の筈だ。緑小鬼相手に何を臆する必要があるのか。


(樹々が邪魔で、思い通りに剣が振るえない……一体ずつ地道に仕留めてゆくしか無いか)


 じわりと脂汗が額に浮かぶ。例え純銀級であろうとも、組織化された緑小鬼を相手に廻す時には細心の注意を払わなければならない。

 この魔性亜人共を率いている首領クラスの実力は、どんなに弱く見積もっても精法種緑小鬼(ゴブリンシャーマン)だ。下手をすれば君主級緑小鬼(ゴブリンロード)と遭遇する可能性すらある。

 精法種緑小鬼なら正銅級、君主級緑小鬼なら純銀級程度の実力だと見積もっておかなければならない。

 しかし組織化された緑小鬼集団といえども、牙鋼級の実力ならば何とかなる筈だ。


「ここは踏ん張りどころだ。お前達の実力と経験をじっくり見させて貰うぞ」


 ギデンツの檄を受けて、トヴァリー達は幾分声を震わせながらも気合の雄叫びを上げた。それが、戦闘開始の号令となった。

 緑小鬼共は一斉にではなく、それぞれタイミングを少しずつ変えて波状攻撃を仕掛けてきた。

 万職側が剣を振るった直後の隙を衝き、絶妙な間合いで防御ががら空きとなった箇所に刃を突き込んでくる。ギデンツの技量ならばこの程度の連携はどうということも無いが、トヴァリー達にとっては果たして、どうなのか。


「く、くそ……こいつら!」

「野郎、何でちっとも退かねぇんだ!」


 トヴァリーとガーティンの口から、余り聞きたくない切羽詰まった声が発せられている。ケルグに至っては恐怖に彩られた表情でがちがちに固まっており、ほとんど戦力になっていない。


(どういうことだ、こいつら……一度の討伐で二十数体の緑小鬼を始末してきたんじゃなかったのか?)


 パルテレアの万職相互組合の受付嬢も、彼らの実績には太鼓判を押していた。 

 にも関わらず、この体たらくは一体どうしたことだ。

 トヴァリーとガーティンの全身には徐々に刀傷が増え、ケルグなどはほぼ血まみれに近しい。

 対する緑小鬼共は、ほぼ無傷の状態だ。完全に一方的な防戦に陥っている。


(くそっ……ここでこの技を使いたくはなかったが、仕方無い!)


 ギデンツは腹の底に意識を集中させ、気合の咆哮を上げた。するとその全身が深紅の闘気に包まれ、身体能力が数倍に向上する。

 緑小鬼共はこの時初めて、怯えた様子を見せた。

 が、ギデンツは敵に与える情けも容赦も持ち合わせていない。爆発的な速度で緑小鬼共を次々と斬り伏せ、ものの数分で敵の数を半減させた。

 ここで漸く、突破口を切り開くことが出来た。


「街道に戻る! 俺に続け!」


 ギデンツの叫びに、トヴァリー達はだらしなく頷き返すばかりだった。が、幸いにも緑小鬼共には追撃の姿勢は見えない。

 四人の万職は元来た樹々の間を走り、紺碧の海が待つ開けた街道沿いへと一気に駆けた。

 そして――。


「な……何だこれは」


 辛うじて引き返した先では街道の一部が大きく陥没し、そこに居た筈のリテリア達の姿がどこにも無いという辛辣な現実だけが待ち受けていた。


(何ということだ……食人鬼討伐に取っておいた霊素をこんなところで消耗したばかりか……後衛達の姿まで見失うとは……!)


 ギデンツはぎりぎりと奥歯を噛み鳴らした。

 そして、傍らで尻餅を付いているトヴァリーの胸倉を掴み、強引に立ち上がらせた。


「おい、さっきの醜態は何だ? お前ら、緑小鬼相手なら二十数体ぐらいどうってことは無かったんじゃないのか?」

「い、いや、それが……今回は何故か、勝手が違ったっていうか……」


 トヴァリーは大いに焦った様子で意味不明な弁解を並べ立てている。

 ならばと、今度はガーティンに水を向けた。この男はまだ多少、冷静さが残っている様に見えた。


「お前達、今までどうやって二十数体の緑小鬼共を仕留めてきたのだ?」

「あ、あぁ……えぇと、そうだな……大体いつも、ラムトの奴がひとりで勝手に襲われて、集中攻撃を浴びてたから、俺達はあいつを助ける為に、緑小鬼共を後ろから適当に斬り伏せて……」


 つまり、トヴァリーもガーティンもケルグも、緑小鬼の群れから直接攻撃を浴びたことは一度も無かった、という訳である。敵を真正面に据えての対戦経験は皆無に近いのだろう。

 ただ一方的に後ろから攻撃し、敵の反撃も無いまま楽に結果を出していただけに過ぎない。

 ギデンツは漸く、トヴァリー達の貧相な実力でどうやってこれまでの実績を叩き出していたのか、そのからくりが理解出来た様な気がした。


「要するに、ラムトが敵の攻撃をひとりで引き受けていたお陰で、お前達は何の危険も無く簡単に結果を出していた……つまりはそういうことだな?」

「い、いや、俺達はあいつが足を引っ張るから、あいつを助けてやる為に……」


 トヴァリーは尚も弁解めいた台詞を口にしている。が、ギデンツは流石にもう、頭に来た。


「俺は事実を答えろといっているんだ! お前達の勝手な解釈など要らん!」


 どうしてこんな奴らが、牙鋼級なのか。ギデンツが見たところ、その剣技も防御術も、せいぜい堅鉄級に過ぎないというのに。

 しかし今回の無様な撤退戦で、全てが明らかになった。


「お前らは、ラムトの盾役としての適性を何ひとつ、理解出来ておらんかった様だな」

「え……盾役?」


 トヴァリーの呆けた表情に、ギデンツは深い溜息を漏らした。

 この連中は、最初から全てを勘違いしていたのだ。

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