114.不協和音
頬が、緊張に強張っていた。
どうしてこれ程の強い感情を向けてくるのかまるで理解出来ず、ラムトは半ば呆然とその場に立ち尽くしている。
そんなラムトに対し、ミーナは怒りと憎悪に燃えた鋭い視線を叩きつけてきていた。
一体何があったというのか――ラムトは訊こうとしたが、声が出ない。憤怒に彩られたミーナの瞳が、ラムトの思考を硬直させていた。
「ラムト……あんた、よく私の前に姿を現すことが出来たわね」
ミーナの低く、震える声。そのただならぬ雰囲気に、周囲の買い物客がちらちらと目線を流してくるのが分かった。しかしミーナは他からの反応などまるで無視した様子で、更に続けた。
「あんたの……あんたの所為で、オルファナさんが死んだのよ。それなのにあんたは、能天気にへらへらと……一体どういうつもり?」
この瞬間、ラムトは全身を雷に打たれたかの様な衝撃を受けた。
オルファナというのは、ラムトが二番目に所属していた探索班のメンバーのひとりだ。彼女は洞窟の崩落に巻き込まれる寸前、ラムトに対して脱出する様に指示した牙鋼級の剣戦士だった。
「逃げてラムト! 貴方だけでも生き延びて!」
あの時オルファナは自らの死をも厭わず、ラムトを突き飛ばして崩落の危機から救ってくれた。
とても優しく、仲間思いで、それでいていつも冷静な凄腕の剣士だった。
だが、どうしてここで彼女の名が出てくるのか――ラムトは訊き出そうとする気力も湧いてこず、ただ黙ってミーナの顔を見つめ続けた。
「そういえば、ギデンツ様から聞いていたわ……食人鬼討伐戦に協同参加する探索班の中に、あんたの名前があるって……同じ名前の別人かと思ってたけど、どうやら違ったみたいね」
ミーナは尚も、激情の炎が宿る瞳でラムトを睨みつけてくる。その怒りは一向に収まる気配が無かった。
「ギデンツ様も、あんたがオルファナさんと組んでたことを知って、大層驚かれていたわ。でも、あの方は私なんかよりも遥かに寛大な御方だから、あんたを責めたりはしないかもね。でも、私は違うわよ……あんたの犯した罪を徹底的に、追及してやるんだから」
そこまでいい切ると、ミーナは爆発しそうな感情を必死に抑える様に唇を噛み締めながら、くるりと背を向けて通りの向こうへと去っていった。
ラムトは尚も呆然としたまま、ミーナの後姿を見送るしか出来なかった。
それにしても、まさかここでオルファナの名を聞くことになろうとは――ラムトは完全に不意を打たれた形で為す術も無いままに、ミーナの呪詛を黙って受け入れるしか無かった。
そして、俯いた。
この街でミーナの姿を久々に見た時の高揚感はすっかり失われ、ただ胸の奥がずきずきと疼く様に痛むばかりである。
あの時――崩落事故が発生した際、自分には何かが出来ただろうか。
少しでも知恵と勇気があれば、オルファナを救うことが叶ったのだろうか。
どんなに考えても、分からない。まだ堅鉄級にすら昇格していなかったあの当時、ラムトの能力はたかが知れていた。牙鋼級の仲間達を自分の力で救い出せるなどとは、欠片も考えたことが無かった。
だがそれは、本当なのか。
もしほんの少しでも仲間を救う意志があれば、何とかなったのではないのか。
今になって考えてみても、何ひとつ答えは出て来ない。ただひたすら、鬱屈した思いだけが胸の奥でどんどん膨らんでゆくばかりだ。
(オルファナさん……僕は、生きていて、良いんでしょうか)
そんな疑問を抱きつつ、ラムトもまた踵を返した。
トヴァリー達が待っている。
今はミーナやオルファナへの思いは封印し、まず己の為すべきことに集中するしか無かった。
◆ ◇ ◆
翌朝、装備一式を整えたリテリアは万職相互組合のエントランス兼ロビーへと足を向けた。
そこでギデンツやトヴァリー達と合流し、行程について簡単に打ち合わせた後、件の漁村へと出発する運びとなっていた。
別行動を取るソウルケイジ、レオ、カルナウの三人は既に宿を出て、ひと足先に食人鬼討伐地へと出立していた。彼らは仲間内だけで行動するから、態々打ち合わせの為の時間を取る必要も無かったという訳である。
「おう、早かったなリテリア」
リテリアが厨房窓口から朝食代わりのサンドイッチを受け取っていると、ギデンツも移動装備を背負って、相変わらずの真っ赤に染まる派手な姿を見せた。が、昨日までと様子が異なるのは、彼の傍らにリテリアと然程歳が変わらない娘が帯同していることだった。
「おはようございます……えぇと、こちらの方は?」
「おっと、紹介が遅れたな。こいつはミーナ、俺の従者だ。主に身の回りの世話をさせている」
曰く、治癒法士見習いらしい。
どうやらギデンツが本職の治癒法士、即ちリテリアの実地に於ける動きや対応力を見学させる為にと、同行させることにした様だ。
「宜しくお願いします。色々と勉強させて頂きます」
ミーナはぺこりと頭を下げた。
リテリアも挨拶に応じながら、何とは無しにギデンツの澄ました顔をちらりと見遣った。ギデンツとミーナは若干歳が離れているものの、妙に男女間の関係を匂わせる気配を漂わせていたのである。
(まさか……いや、あり得るかな。アネッサが、男は幾つになっても色事には目が無いとかいってたし)
であれば、この主従にも男女の関係があってもおかしくはないだろう――そんなことを漠然と考えていたリテリア。
そこへ更に、トヴァリー達も合流してきた。彼らは比較的軽装備だったが、何故かラムトだけはいきなり疲弊した顔つきを見せており、明らかに数名分と思われる大きな荷物を背負っていた。
(何だか……初めて会った頃のミルネッティみたいね)
リテリアは内心で渋い顔になった。
どう見てもこのラムトは、トヴァリー達の奴隷だとしか思えない様な扱いを受けている。
そしてどういう訳かギデンツとミーナからも、ラムトに対して微妙に敵愾心を帯びた視線が飛んでいた。
彼らの間に、何かあったのだろうか。
何となく引っかかるものを感じつつ、リテリアは他の面々と肩を並べて相互組合の玄関扉を出た。
いよいよ、食人鬼討伐戦に向けて出発である。




