112.食人鬼討伐依頼
港湾都市パルテレアの万職相互組合は、今日も多くのひとびとでごった返している。
エントランス兼ロビーの壁掛け掲示板には数多くの依頼票が貼り出されており、この街が万職の力を大いに必要としている実情が何となく読み取れた。
(……食人鬼?)
そんな中でリテリアは、とある依頼票の文面に目が引き寄せられた。
それは一見すればありきたりな討伐依頼だったのだが、その討伐対象が他とは少し違った。食人鬼数体を斃して欲しいというのが、この依頼の趣旨だった。
(食人鬼って、こんな海辺にも現れるんだったっけ?)
リテリアの記憶の中では、この魔性亜人は山間部に棲息している巨人種の一種だった筈だ。
赤っぽい肌と燃える様な赤毛が特徴で、剥き出しの乱杭歯と2メートルを遥かに超える巨躯が恐ろしい強敵である。
一般的には牙鋼級以上が数名のチームを組んで、やっと一体を撃破することが可能だといわれており、駆け出しの万職が相手にして良い怪物ではない。
そしてその名の通り人肉を好んで食う性質があり、極めて凶暴で攻撃的な性格も相まって、出現の際には優先的に討伐依頼が組まれることが多いという話だった。
その危険な巨人型魔性亜人が、パルテレアから程近い海岸沿いの村に決して少なくない人的被害を強いているというのである。
依頼票にも緊急度の高さを示す赤い付票が貼り付けられている。これは見過ごすことは出来ない。
(ソウルケイジ様が居れば、おひとりでも簡単に始末しちゃうんだろうけど……)
そんなことを考えながらその依頼票をじっと凝視していると、いつの間にか隣に佇んでいた巨漢が薄ら笑い浮かべて鼻を鳴らした。
「おいおい、こいつぁお前みたいなか弱い娘っ子が、おいそれと受けて良い代物じゃないぜ」
いきなり横からそう呼び掛けられて、幾らか面食らったリテリア。
顔を向けると、全身真っ赤な装束がやけに派手な男がそこに居た。確か、紅嵐の剣豪というふたつ名を持つ人物で、ギデンツ・ガルハーンなる純銀級万職だったと記憶している。
「えぇと……どうして私が、この依頼を受けると思われたのですか?」
「何故って、食い入る様に見入ってたじゃねぇか」
そんなに真剣な顔だったのかと、内心で舌を出したリテリア。
それは兎も角、こんなに目立つ輩と一緒に居ては変に注目を浴びてしまうという危惧の方が先に立った。リテリアは敢えて素っ気無い態度を全面に押し出し、小さく会釈を送ってから踵を返そうとした。
ところが――。
「おい、どこへ行くんだ? 俺が組んでやろうっていってんだ。何も諦めるこたぁ無いだろう」
思わず、振り向きざまに怪訝な顔を向けてしまったリテリア。
(え……そんなこと、頼んだ覚えは無いんだけど……)
どうして勝手にそういう話になっているのか。
リテリアは全く理解が追い付かなかった。
否、それよりも下手に目立つ行動はしたくないというのがリテリアの本音だった。ここで地元の英雄として崇められている紅嵐の剣豪などに絡まれては、後々面倒臭いことになってくる。
「いえ、えぇと、そうですね……ちょっと考えさせて下さい。私もこの街に来たばかりですので……」
「そうか。しかしその気になったら、いつでも声をかけてくれ。俺はギデンツ・ガルハーンだ。紅嵐の剣豪というふたつ名で、この辺じゃ結構知られてる顔だ」
リテリアは改めて向き直り、丁寧に頭を下げて礼を執った。
こういう手合いは機嫌さえ取っておけば大丈夫だろうと高を括っていたのだが、リテリアの礼を尽くした対応が気に入ったのだろうか、一度食事でもどうだと尚も食い下がってくる紅嵐の剣豪。
(うわぁ……余計なことしちゃったかな)
内心の溜息が止まらない。
どうすれば、ギデンツの機嫌を損ねずに振り払うことが出来るだろうか。
そんなことを考えていると、今度は別の方角から声が飛んでいた。どうやらギデンツが目当てらしい。
「あの、ちょっと良いかな? もしその依頼受けるんなら、俺達も参加したいんだけど」
揃って視線を向けると、剣戦士と思しき万職の青年と、魔法術士らしい若い女性、更には頑健な体躯の強面の男が並んで佇んでいる。
彼らはそれぞれトヴァリー、セレニア、ガーティンと名乗った。いずれも牙鋼級の万職で、近隣の魔性亜人討伐ではそこそこの結果を叩き出していると自負していた。
「紅嵐の剣豪殿の御活躍は以前から聞いている。可能なら是非、御一緒させて欲しい」
ガーティンが頬を幾分紅潮させて、やや興奮気味に早口でまくし立てた。
するとギデンツはまんざらでも無い様子で、満足げな笑みを浮かべて二度三度と頷き返している。
「後進の指導も、俺達純銀級の務めだしな……良いだろう、一緒に来い」
ギデンツの言葉に、ほっとした表情で嬉しそうに顔を見合わせるトヴァリー達。
リテリアはこのどさくさに紛れてさっさと退散しようと考えた。
が、そうは問屋が卸さなかった。
「人数がそこそこ揃った様だから、やっぱりお前も一緒に来い。俺がしっかり、一から十まで教えてやる」
「え、私は別に……」
そこまでいいかけた時、不意にリテリアの視界に見覚えのある人影が飛び込んできた。
過日、ソファーでひと息ついていた彼女にじっと視線を送ってきていた、あの猫耳の青年だった。彼は、トヴァリーの仲間らしい別の男に引き摺られる様な格好で、この輪の中に入ってきた。
トヴァリーはそのふたりのうち、引っ張ってきた操設士風の青年をケルグ、猫耳の青年をラムトと紹介。
リテリアとしては操設士の方は別段どうでも良かったが、猫耳青年のラムトの姿には妙に引っかかるものを感じた。
そしてトヴァリー曰く、ケルグとラムトのふたりも同様に食人鬼討伐戦に参加するという話だった。
(へぇ……そうなんだ。この勇獣種の彼も……)
ギデンツから距離を取ることもすっかり忘れて、ラムトの妙におどおどした姿から何故か目が離せなくなったリテリア。
結局、この猫耳青年の登場によって食人鬼討伐戦の人選から逃げ損なってしまった。




