111.或る万職の経歴
ラムトは、港湾都市パルテレアに程近いクレヴ村で育った。
山地の間の丘に面する土地柄か、農業と林業の他に、狩猟や薬草の採取で生計を立てている者が多い村で、ラムトの両親も幾つかの野菜を収穫する小さな畑を持つ傍ら、近隣の森で猪や鹿などを狩って日々の暮らしを賄っていた。
クレヴ村は都市国家でもあるパルテレアに属しており、周辺の治安維持や外敵からの防衛にはパルテレアが定期的に派遣してくる市兵や、万職相互組合からの臨時傭兵などを充てることが多い。
また、パルテレアは多くの人種が行き交う街であるという性格上、純正人種以外への偏見や差別などはほぼ皆無であり、同様にクレヴ村に於いてもラムトの様な光性亜人はごく普通の住民として受け入れられている。
ラムト自身も、村内には多くの知人や友人が居た。それらのひとびとは皆ラムトや彼の両親には友好的で、いつでも温かく接してくれた。
そんな中、ラムトが12歳の時に彼の両親が他界した。原因は、村近くの森に現れた魔性闇獣による襲撃だった。
多くの村民が警護の市兵と共に得物を取って化け物の群れに立ち向かったが、ラムトの両親の姿もその中にあった。後で聞いた話だが、ラムトの両親は村長夫妻を守る形で魔性闇獣に立ち向かい、その時に深手を負ってしまったのが命取りになったのだという。
葬儀の際には村人が総出でラムトの両親を手厚く葬ってくれたが、中でも命を救われたという村長夫妻は、ラムトの今後にまで随分と目にかけてくれた。
村長の娘で同い年のミーナも、それ以来ラムトに何かと優しく接してくれる様になった。
「ラムト、困ったことがあったら何でもいってね」
村内で顔を合わせる度に、ミーナはそういって気遣ってくれた。
ところが、そのミーナのラムトへの配慮が却って仇となった。
ミーナは美しい上に気立てが良く、村の若者達がいつか嫁に貰いたいと水面下で火花を散らしていたらしいのだが、その当時のラムトはよく知らなかった。
そしてラムトが15歳の誕生日を迎えた頃には、村の若者達が揃ってラムトを毛嫌いする様になっていた。
村長夫妻は命の恩人の遺児であるラムトを孤立させぬ様にと色々気を遣ってくれたが、ひとり暮らしの少年ラムトを襲う日々の嫌がらせは次第にエスカレートしていった。
「御免ねラムト……守ってあげられなくて……」
遂に耐えかねて、村を出ることにしたラムトに対し、ミーナは泣きながら何度も頭を下げた。
「ミーナが悪い訳じゃないから、気にしないで」
ラムトは薄い笑みを湛えて、かぶりを振った。
◆ ◇ ◆
僅かな土地と家屋を売り払って得た財は決して多くはなかったが、ひとりでパルテレアに出て万職として生計を立ててゆく為の元手にはなるだろう。
幸いラムトは、幼い頃から父の手ほどきを受けて剣の技を磨いてきた。彼の技量なら、翔木級としてすぐに登録出来るに違いない。
ラムトは村長夫妻やミーナ、そして両親と親交のあった一部の村人達による送り出しを背に受けながら、パルテレアへと続く街道に足を踏み出した。
今から、二年程前の話である。
「元気でね、ラムト……」
あの時、泣きじゃくりながら送り出してくれたミーナの顔が未だに脳裏に張り付いている。
そして現在。
何とか堅鉄級に昇格したラムトだったが、ここまでの万職生活は決して順風満帆ではなかった。
彼が最初に属した探索班は、気さくでひとの好いメンバーが揃っていたのだが、いかんせん実力的には然程優秀な方ではなかった。
ラムトが所属して二度目の依頼を受けた際、この探索班は想定外の強敵と遭遇した為、壊滅の憂き目に遭ってしまった。生き残ったのはラムトただひとりであり、当時は誰もがラムトに同情の視線を向けた。
そしてラムトを迎え入れてくれたふたつ目の探索班は、いずれも牙鋼級や堅鉄級揃いであり、そこそこ経験を積んだ万職達だった。
ところが、このふたつ目の探索班も非業の最期を遂げた。とある洞窟内での小型凶獣討伐任務の最中、崩落事故に巻き込まれたのである。
猫科の勇獣種であるラムトは闇の中でも夜目が利くとあって、辛うじて難を逃れたのだが、それ以外のメンバーは全員生き埋めとなり、儚く散った。
流石に二度目ともなると、万職の間でもラムトに関して奇妙な噂が出回り始めたが、まだこの時点では然程にラムトを疑問視する声は無かった。
が、決定的となったのはラムトが所属した三つ目の探索班での出来事であった。
この三つ目の探索班で、ラムト達はとある商人の依頼を受けて、廃村である筈の某山村に足を運んで、村の倉庫内にある物資を運びだすという任務に就いた。
ところがこの依頼主が実は違法な事業に手を染めており、ラムト達は危うく都市国家パルテレアを敵に廻してしまうところだった。
その依頼も実際のところは、パルテレアに本拠を置く豪商の倉庫から、高価な物資を盗み出すことを目的としていたらしい。
「この依頼は無効だ……皆、それで良いな?」
直前で依頼主の思惑に気付いた当時の探索班リーダーがその依頼を破棄し、相互組合に報告したことで犯罪行為に手を貸すところまではいかなかったものの、問題はその後だった。
怒りに燃えた元依頼主が報復を企て、その探索班のリーダーと彼の恋人を暗殺してしまったのである。
結果、この探索班も事実上瓦解し、ラムトは三度、所属する探索班を失う破目となった。
この時点でラムトには、疫病神という決して嬉しくないレッテルが貼られた。あの男に関わったら碌な目に遭わないという噂が、相互組合の内外でまことしやかに囁かれる様になったのである。
「あいつは、死神みたいな奴だ。絶対に組んじゃいけないな」
「どうしてあんなのが、ここに居るんだ。良い迷惑だよ……」
勿論、相互組合は事実無根だとして否定したが、一度万職の間で出回り始めたラムトの風評は、そう簡単に拭い去ることは出来なかった。
そうして、しばらく単独での依頼受諾活動を強いられることとなったラムトだが、つい一カ月程前に、彼を仲間に加えてやろうという探索班が現れた。
それがトヴァリー、セレニア、ゲルク、ガーティンの四人が組む探索班だった。
「よう、お前が噂の疫病神って奴か。他に行く当てが無ぇなら、うちで引き取ってやっても良いぜ。その代わり命令には絶対服従だからな」
リーダーを務めるトヴァリーからのこの誘いに、ラムトはほとんど何の考えも無しに飛びついた。
パルテレア周辺には魔性闇獣や魔性亜人が多く棲息している。堅鉄級のラムトがひとりで万職として活動してゆくには、余りに過酷な条件が多過ぎた。
こうしてラムトは、トヴァリー達と共に行動することになった。
ところが、この頃から妙な現象が起き始めた。
魔性闇獣や凶獣、或いは魔性亜人と遭遇すると、必ずといって良い程にラムトが優先的に、そして集中的に狙われる様になったのである。
ラムトは自分が弱い為に集中攻撃を浴びるのだとばかり思っていたが、それにしては毎回同じ様な苦境に陥ることが続いている為、遂にはトヴァリー達からも役立たずと呼ばれ始めた。
「全く……どうしてあんたって、いつもいつもひとりで勝手にヤバくなってんのさ」
「自分の身も碌に守れないとは……同じ万職として恥ずかしい限りだ」
毎度の如く、セレニアやゲルクから皮肉を浴びせられる探索行。
それでもラムトは、彼らのもとを離れる訳にはいかなかった。
疫病神と呼ばれるラムトを拾ってくれる探索班は、恐らく他にはもう存在しないだろうから。




