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110.紅嵐の剣豪

 港湾都市パルテレアは、強い陽射しに照らされる青い海がどこまでもきらきらと輝く常夏の街だ。

 どの通りを歩いても活気に満ちており、ひとびとの元気な声で賑わっている。

 海に面している箇所は漁港の他、客船が停泊する岸壁なども整備されており、更に少し歩けば白い砂浜が延々と続くビーチに出ることも出来る。

 水揚げされる魚介類は脂の乗りが良く、肉付きもたっぷりと楽しめる為、この街の魚料理は一種の観光資源として認知されているらしい。

 実際、ロサンテス皇国やエヴェレウス王国の高位貴族らは近郊に土地を買って別荘を建てている者が多く、リゾート地としての一面を伺わせている。

 その為か経済の流れも順調で、街全体が大きく潤っている印象が肌で感じられた。


「ひゃあ……昨晩はそうでもなかったのに、陽が昇ると暑いですねぇ」


 宿一階の食堂で軽めの朝食を済ませたリテリアは、まだ午前中だというのに汗ばむ程の陽気が照り付けている大通りで道行くひとびとを眺めながら、掌で首元を扇いだ。

 パルテレアに至る数日前から少しずつ暑さは感じ始めていたのだが、この街特有の、頭上から降り注ぐ熱量と石畳の地面からの照り返しによるダブルパンチの高温は、中々急には体が慣れそうにない。

 来訪前から暑い街だと聞いていたから薄着を用意してきたものの、余り肌を必要以上に晒すと、今度は逆に日焼けして真っ赤になりそうだ。


「お嬢さん、日傘ぐらいは差した方が良いんじゃないか?」


 同じく薄着のレオが、どこで買って来たのか妙に可愛らしい花柄の日傘を差して隣に立ち、リテリアを灼熱の陽射しから守ってやった。


「けど、旦那は相変わらずだよな。見てる方が暑いよ」


 いいながらレオは、いつもの黒衣姿で涼しい顔を見せているソウルケイジに呆れた視線を流した。あれだけの厚着だというのに、汗ひとつ流していない。

 一体どんな体をしているのだろう。

 或いは、何か特別な魔装具を用いて体温を調節していたりするのだろうか。


「やっぱり純正人種でも、この暑さは堪えるの? にしては、ソウルケイジは平気そうだよね」


 少し遅れて、宿の玄関口から華奢な少年姿が照り返しの強い石畳の路面へと踏み出してきた。

 枝先の里出身の上位森精種で、カルナウ・ハレンという名の精霊術士である。彼はレイラニの紹介で、リテリア達の聖女遍歴行に同行する仲間となった。

 見た目は少年だが、実際の年齢はリテリアよりも少し上なのだという。

 今は余計な混乱を招かぬ様にと変身法術の指輪で純正人種の姿を取っており、見た目だけなら十代前半の子供にも見えるのだが、その実力はレイラニからもお墨付きを与えられる程の優秀な精霊術士だった。


「あ、ソウルケイジ様が異常なだけだから。この暑さは、人種は関係無くきついと思うわ」


 カルナウに苦笑を返しながら肩を竦めるリテリア。

 あの黒衣の巨漢を純正人種の基準だと思われてしまうと、大変なことになってしまう。


「ところで今日は、相互組合で様子見ってなところかな?」

「そうですね……どんな依頼が多いのかと、ここの平均的な万職の階級も見ておこうかな、と」


 レオから日傘を受け取りながら、リテリアはすぐ近くに建つ万職相互組合の頑丈な佇まいを眺めた。

 その玄関扉は、ひっきりなしに開閉している。多くの万職達が頻繁に出入りしているのが、遠目から見ても分かった。


「ソウルケイジ様は、どうなさいますか?」

「港を見てくる」


 それだけいい残して、黒衣の巨漢はさっさと歩き出していってしまった。

 彼の相変わらず不愛想な態度にはカルナウは未だに慣れないらしく、人混みで賑わう大通りの向こうへと消えてゆく大きな背中に、何となく驚いた調子で面を向けていた。


「カルナウも良い加減慣れろって……別に怒ったり機嫌が悪いって訳じゃあないんだからさ」

「うん、まぁ、それは分かってるけど……」


 何とも要領を得ないのか、カルナウは調子が狂った様に頭を掻いた。

 ともあれ、この日の朝の予定は万職相互組合パルテレア支部の視察だ。リテリア達は左右の屋台や露天商から飛んでくる誘いの声を笑顔で躱しながら、相互組合の分厚い玄関扉を目指した。

 そうしてエントランス兼ロビーに足を踏み入れると、受付カウンター辺りにちょっとしたひとだかりが出来ているのが視界に飛び込んできた。


「何だろうね?」

「ちょっと、覗いてみる?」


 カルナウに答えながら、リテリアは日傘を畳みつつ人混みの間に紛れ込んでゆく。

 何とかひとの輪の中心部が見える辺りまで辿り着くと、真っ赤な鎧姿が見えてきた。随分と派手ないでたちだが、一体何者なのだろう。


「何だよ姉ちゃん。知らないのか。彼こそは紅嵐の剣豪だよ」


 隣に居た幾らか年増の万職の男が、呆れた様子で教えてくれた。

 全身赤一色の男はギデンツ・ガルハーン。紅嵐の剣豪と称される純銀級の万職なのだという。その技量と存在感はここパルテレアでは英雄の如く崇められており、彼を慕う駆け出し万職は非常に多いらしい。


(ふぅん……純銀級かぁ……)


 しかしリテリアは、然程に驚かなかった。

 そもそも自分の師匠たるソウルケイジが光金級であり、レオもつい先日、純銀級に昇格したところである。正直いって、この階級には目新しさもレアリティも感じていなかった。

 ところが世間は、そうではない。

 正銅級までは割りと人数は多いのだが、純銀級以上になると、その数は極端に少なくなる。この階級に至った者は相互組合の支部長や各国騎士団の要職に取り立てられるなどして、現役の万職から足を洗ってしまうケースが多いからである。

 そういう意味ではソウルケイジなどは珍種といっても良い存在なのだが、ああいう性格だからどの組織にも決して属することはないだろう。

 そんなことを考えながらリテリアが受付カウンターの方にちらりと目を向けると、昨晩滞在申請を処理してくれた受付嬢が苦笑を浮かべて小さく肩を竦めていた。

 この受付嬢は最初にソウルケイジの階級を聞いて大いに仰天していたのだが、余り注目を浴びたくないリテリアとしては、ソウルケイジとレオの階級はなるべく伏せておくようにと頼んでおいた。

 その為、この場では多くの万職達が、紅嵐の剣豪こそがこの街の最高クラスの階級だと信じている。その様子が余りにおかしいのだろう、件の受付嬢は笑いを堪えるのに必死そうだった。


(まぁ、衆目を集めるのは地元の英雄さんに任せておけば良いかな)


 リテリアは何食わぬ顔でひとの輪から抜け出すと、レオとカルナウにギデンツの何者たるかを軽く伝えてから壁際のソファーへと腰を落ち着けた。

 と、この時、奇妙な視線を感じた。

 振り向くと、そこに年若い猫科の勇獣種の青年が居た。その青年はリテリアと目が合うと、慌てて顔を伏せていた。


(……?)


 紅嵐の剣豪ではなく、何故自分などに視線を向けていたのか――リテリアは脳裏に、幾つもの疑問符を浮かべた。

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