109.猫耳の青年
手にした剣が、重い。
全身に幾つもの激痛が走り、今にも心が折れそうになる。
剣戦士の堅鉄級万職ラムト・セルヴァースは、次々と群がりくる緑小鬼共を、愛剣を必死に振るいながら追い払おうとしていた。
しかしどういう訳か、この緑小鬼共はラムトだけを狙い、容赦無く刃を突き込んでくる。
このままではいずれ数に押され、ずたずたに斬り刻まれてしまうだろう。
ここは、薄暗い地下魔宮内の中層地点。
周囲は濡れた岩壁と、ひんやりとした空気に包まれている。
そんな中でラムトは、突如襲い掛かってきた緑小鬼の群れを相手取って防戦一方に追い込まれていた。
ところが――。
「おいラムト! おめぇ何ちんたらやってるんだ!」
緑小鬼集団の向こう側から、露骨な程に苛立ちを隠そうとしない声が飛んできた。同じく剣戦士の万職トヴァリー・マデラが群れの最も外側に居た緑小鬼に背後から斬りつけ、一撃で仕留めていた。
「全く……いつもいつも足引っ張ってくれるわね!」
トヴァリー以上に腹立たしげな声を放ってきたのは、魔法術士のセレニア・フォルグだ。彼女は複数の炎の矢を宙空に生成し、トヴァリーと同じ様に緑小鬼共の背面に痛烈な連続攻撃を叩き込む。
どの緑小鬼もラムトを襲うのに必死になり過ぎている所為か、トヴァリーやセレニアの攻撃を躱すことも出来ずに、そのままバタバタと斃れてゆく。
「ふん……いつまで経っても、役立たずだな」
ラムトの背後で、蔑む様な静かな響き。操設士のケルグ・ロドルドが短剣を二刀流に振るい、無防備な緑小鬼の首筋を素早く斬り裂いた。
この三人の仲間達の連続攻撃で、ラムトに襲い掛かってきていた緑小鬼共は一気に数が半減した。
「一匹ぐらいは、自分で何とかしろよ。残りは俺が片付けてやる」
野太い声と同時に、巨大な戦斧が豪快に薙ぎ払われた。斧戦士のガーティン・オーロスが、数体の緑小鬼の首を僅かひと振りで叩き落としていた。
その言葉通り、残る緑小鬼はラムトの目の前で小剣を振るっている一体だけとなった。
(これ以上皆に……迷惑はかけられない……!)
ラムトは最後の力を振り絞って愛用の長剣を袈裟切りに振り下ろし、敵の命を奪った。
緑小鬼は最後の最後までラムトだけを狙い、執拗に襲い続けた。それも今、漸く終わった。
「お……終わった……!」
全身の力が抜け、その場に跪く様に崩れたラムト。
そんな彼を、他の万職達はあからさまに侮蔑の色を浮かべた視線で見下ろしていた。
「お前さぁ、堅鉄級の癖に緑小鬼相手に手間取るなんて、あり得ねぇだろ」
「大体、何でいつもひとりで勝手に襲われて、私達に助けられてばっかりいるのよ。少しは手助けする方の苦労も知って欲しいものだわ」
トヴァリーとセレニアになじられ、ラムトは返す言葉も無い。ただ力無く項垂れて、御免、と小さく搾り出すのが精一杯だった。
そして、その日の夜。
ラムト達は浜辺に近しい万職相互組合へと帰着した。
彼らが今回受けていた依頼は、街の近くにある地下魔宮での緑小鬼討伐戦だった。ここのところ、魔性亜人がやたらと数を増しており、探索済みの地下魔宮に連中が移住してくるケースが増えているのだという。
その為、相互組合は住民や隊商の安全確保の為にと、小刻みに討伐依頼を出し続けている。今回ラムト達が受けた依頼も、それらの内のひとつだった。
「受け取れ……これがお前の取り分だ」
ケルグが貧相な小袋をラムトに手渡した。
今回受けた依頼の報酬はそこそこの額になる筈だったが、ラムトに渡されたのは十分の一にも満たない額だった。
「何だよ、不服か? さんざん俺達の足を引っ張っておいて、まともに報酬貰えるなんて思うなよ、この猫野郎が」
鼻で笑うトヴァリーに、ラムトは何もいい返すことも出来ないまま、沈んだ顔で頷くしかなかった。
ラムトは、純正人種ではない。頭部には猫の様な耳が生えており、尾てい骨の辺りからは独特の模様が走る細い尻尾が伸びている。
猫科の勇獣種――彼は光性亜人だった。
一般に、勇獣種は力が強い上に体力でも純正人種に優るといわれている。が、ラムトはどういう訳か凡庸な体力しか無く、殊更に打たれ強いという訳でもない。
剣技は父親からそれなりに鍛えられたから多少の自信はあったが、それも一対一での場合の話だ。複数の敵に殺到されてはどうにもならない程に押し込まれてしまう。
今回もまさに、そんな状況だった。
「ところで、聞いた? この街に、紅嵐の剣豪が久々に帰ってくるんだって」
エントランス兼ロビーの隣にある休憩スペースの一角に陣取りながら、セレニアが幾分興奮した様子でガーティンに語り掛けた。
ガーティンはどうやら知らなかったらしく、驚きの視線を返している。彼は他所の街出身だから、紅嵐の剣豪とは会ったことが無いとの由。
「そいつぁ、是非一度お目にかかりたいもんだな。剣歯熊の群れを討伐したって話は、いつ聞いても身震いするぜ」
厨房窓口から貰って来た大きな骨付き肉の炙り焼きを、豪快に頬張るガーティン。強面の巨漢だが、勇ましい冒険譚と美味い料理には目が無いらしく、こんな時だけは妙に子供っぽい顔を見せる。
そんなガーティンを横目で見遣りながら、ラムトは仲間達とは少し離れた位置のテーブルで、僅かな小銭で得た粗末な固パンと薄味のスープで、何とか飢えを満たそうとしている。
誰もラムトに声をかけようとはしない。万職依頼を受けて行動する時を除いては、いつもひとりだ。彼に分け隔てなく接してくれるのは万職相互組合の受付嬢や職員ぐらいだった。
と、その時、分厚い木製の玄関扉が開かれ、幾つかの人影が姿を現した。いずれも、この辺では見ない顔であった。
(わぁ……綺麗なひとだな……)
ラムトは思わず、先頭に立つ美しい顔立ちの女性に見入ってしまった。彼は自身の立場上、美醜については滅多に感想を抱いたりはしないのだが、この時ばかりは例外だった。
「なぁリテリア。今日はもう宿取るだけで済ますんだよな?」
「はい、レオさん。流石にもう、疲れちゃいましたから」
どうやらその美貌の持ち主は、リテリアという名の女性らしい。
清楚なのに、それでいて凛とした佇まいが、とても印象的だった。




