108.それぞれの道へ
その日、エヴェレウス王国王都シンフェニアポリスのカレアナ聖導会をふたりの女性が訪れた。
アネッサとミラベルである。
出迎えたブラント筆頭聖導師と上級聖癒士ソフィアンナの両名は、早速ふたりの客人を第一本堂の応接室へと案内した。
アネッサはもともと旧知の仲だから軽い挨拶で済ませたが、ブラントとソフィアンナにとってはミラベルは初対面、しかもカレアナ聖教国では筆頭枢機卿フェヴァーヌ聖導侯爵の令嬢ということもあり、丁重におもてなしせねばという変な緊張感が漂っている。
これに対しミラベルは、どうかお気遣い無くと気さくに笑ってみせた。
「寧ろ、これからお世話になるのはわたくしの方なのですから、どうぞ一介の聖癒士見習いに接する本来の形でお願いしたいと存じますわ」
「いやはや……何とも申し訳ない。こちらが逆にお気を遣わせてしまうとは……」
応接テーブルにお茶菓子を供する段取りを進めながら、ブラントは何ともいえぬ微妙な笑みを浮かべて頭を掻いた。
実はアネッサとミラベルは、タルネアン太聖大学聖癒士養成科の修得過程の一環として、他国の聖導会での奉仕活動の為に派遣されてきたのである。
ブラントとソフィアンナはそんなふたりの指導役であり、また評価担当でもあった。
ミラベルがいう様に、ふたりの学生から見ればブラントもソフィアンナも先達であり、教師であり、そして頼れる先輩という位置づけになる。
そんな両者が余計な気遣いをしてしまうのは、却って弊害になりかねないというのがミラベルの言だった。
確かに、その通りであろう。
鍛えて貰いたい相手に、逆にお客さん扱いされてしまったのでは、身につく筈のものがろくに習得出来なかったということにもなりかねない。
それだけは絶対に避けたいというのが、彼女の本心からの希望らしい。
(へぇ……高位貴族のお嬢様だって聞いてたけど、意外と芯はしっかりしてるのね)
ソフィアンナは平民出身ということもあり、貴族令嬢というのは大体どの家門でも責任感や義務感に欠けているという思い込みを抱いていたのだが、このミラベルはどうやら違う様だ。
少なくとも彼女は、アネッサと友人の様に接している。否、このふたりの気さくなやり取りを見ていたら、本当に友人同士なのだろう。
それだけでも、ソフィアンナとしては本気で、そして真面目に指導してやらなければならないと思わせる相手だった。
「あ、ねぇねぇ、ところで聞いた? リテリアのこと」
ブラントが今後の指導の進め方についてある程度説明し終え、ひと息入れたところでアネッサがやけに嬉しそうな調子で身を乗り出してきた。
ソフィアンナはそろそろ来る頃だと予感していたのだが、本当にその通りだった為、ついブラントと顔を見合わせて苦笑を交わしてしまった。
「知ってるわよ。闘幻の聖女だなんて、ホント、凄いのひと言よね」
「何でも、リテリアさんは八極拳なる格闘技術と、聖気弾という霊素戦闘技法も習得なさってたとおっしゃってましたわ」
そのいずれもがソウルケイジ直伝だという話で、ミラベルは心底羨ましそうに深々と溜息をついた。
「わたくしも色々と教えて頂きたかったのですけど、ソウルケイジ様はリテリアさんと一緒に、旅に出てしまわれて、それだけが心残りですわ」
「成程……本当に聖女遍歴行に出たのですね」
ブラントは改めて、如何にもリテリアらしい選択だと穏やかに笑った。
実はソフィアンナも、このことはリテリアからの手紙で知っていた。同行者にはソウルケイジとレオの他に、上位森精種レイラニ推薦の凄腕精霊術士も居るという話らしい。
何とも豪華なメンバーだと、ソフィアンナは違う意味で羨ましく思った。
「どんな旅に、なるのでしょうね」
「帰ってきたら、たっぷり土産話を聞かせて貰わないとね」
ミラベルに頷き返すアネッサ。
ソフィアンナも、リテリアの帰国が今から楽しみだった。
◆ ◇ ◆
ムルペリウス近郊の、とある森の中。
カティアは幾つかの刀傷を負ったイオとホレイスに治癒術を、慣れた手つきで素早く施術した。
「いやぁ、ホント助かるぜ。以前だったらこれぐらいの傷でも早々に撤収して、街の聖導会に走らなきゃいけなかったもんなぁ」
傷口が塞がった左の二の腕を大きく廻しながら、ホレイスが笑顔を弾けさせた。
「だからって、あんまり無茶しまくってカティアの仕事増やさないでよ~?」
すると、傍らで採取済みの薬草から質の悪いものを間引き作業しているミルネッティが、渋い表情で釘を刺してきた。
ホレイスは硬いこというなよと尚も笑いながら、得物を携えて周囲の警戒へと当たった。
今日はカティアにとっては二度目の万職依頼だ。内容は幾つかの種類の薬草採取だが、緑小鬼が出没する地域での作業ということもあって、これまでに三度の軽い戦闘が発生していた。
そしてその都度、前衛であるイオとホレイスが真正面から敵に立ち向かい、魔法術士ジェイドによる攻撃魔法と操設士ミルネッティの短弓で魔性亜人共を退けるという戦術で対応した。
いずれも決して慌てること無く、多少の緊張感を漂わせながらも的確に対処してゆく。その姿がカティアにはとても新鮮で、同時に頼もしく思えた。
この探索班の面々は誰もが親切で、カティアをまるで家族の様に迎え入れてくれた。
森精種のミルネッティが彼らを信頼しているのも頷ける。カティアは、この探索班に誘ってくれたミルネッティに心の底から感謝していた。
「どう? まだ二回目だけど、そんなに難しくないでしょ?」
「あ、はい……皆さんのお陰で、少しずつ、自信が持てる様に、なりました」
ミルネッティの可愛らしい微笑に、カティアもつい嬉しくなって笑顔を返す。
聖癒士にこそなれなかったものの、万職としての人生も決して悪くないと十分な希望を持つことが出来た。
それもこれも、この道を示してくれたリテリアのお陰だ。
「そういえば、リテリアさん、今頃、どの辺にいらっしゃるんでしょう?」
「確か、南の大陸を目指すっていってたよね。どんなとこなんだろう?」
カティアに応じながら、ミルネッティは小首を傾げた。
東の超大陸の話は噂程度には耳にするものの、南の大陸に関してはほとんど何も知らない。それでもリテリアならきっと上手くやっていけるだろうという漠然とした信頼感があった。
「まぁ、ご主人様が一緒に居るんだから、心配無用だけどね」
ミルネッティがこれ程までに全幅の信頼を寄せる光金級の万職。
そういえば結局、カティアは挨拶を除き、ほとんど会話らしい会話を交わしたことが無かった。
一体、どんなに凄いひとなのか。
リテリア達がムルペリウスに帰ってくることがあったら、是非一度、お話させて貰おう。
カティアは今から、その日が楽しみでならなかった。
これにて第五章『学府闘争』はおしまい。
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