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105/128

105.急報

 万職相互組合ムルペリウス本部のエントランス兼ロビーは、その日も多くの万職達で賑わっている。

 掲示板を眺めて依頼の内容を吟味している者、受付カウンターで職員や受付嬢相手に言葉を交わしている者、休憩スペースに陣取って軽食にありついている者、その他諸々。

 そんな中でリテリアは、休憩スペースに幾つかあるソファーのひとつに腰を下ろし、受付カウンターで万職の登録作業を行っているカティアと、その付き添いで彼女の傍らに佇んでいるミルネッティの姿をぼんやりと眺めていた。

 リテリア達がカティアに万職への道がある旨を伝えてから数日間、彼女は家族と話し合い、じっくり考えた上で万職としての第一歩を踏み出す結論に至ったのだという。

 この決断に喜んだのはリテリア達だけではなかった。

 治癒法士は慢性的な人材難であり、どの探索班も暇を見つけては探し回っているというのがよくある話なのだが、ミルネッティはリテリアからカティアの件を聞いた早い段階から目を付けていたらしく、カティアが万職になる決意を固めたという話をした瞬間から、早々に囲い込みへと打って出ていた。

 そして現在、ミルネッティが自分の探索班に仲間として迎え入れることを条件に、カティアの万職登録作業を懇切丁寧に指導し、手伝ってやっている。


(ちゃっかりしてるなぁ……)


 そんな姿にほんの少しだけ心が洗われた気分だったが、しかしその直後には胸の内に暗い翳が落ちてくる。

 ヨルド達五人を失った遺族らへの思いだった。

 リテリアはカティアの為に、あの五人は制裁を下されるべきだったと考えている。その思考自体は今も変わらないし、何の後悔も無いのだが、矢張り残された遺族らの心情を考えると、鉛の様に重い何かがリテリアの中で引っかかり続けていた。

 その鬱屈した気分が、もうかれこれ数日は続いている。

 流石にこれ以上は自分でも抱え切れないと思い始めた頃、アネッサが見かねたのか、ソウルケイジに相談しろとひと言添えてきた。


(聞いて下さるかしら……?)


 ソウルケイジは余りに常人離れした鋼の精神の持ち主だ。

 果たして、リテリアの苦しみを理解してくれるかどうか。

 が、兎に角伝えてみないことには始まらない。リテリアはカティアの万職登録手続きを待つ傍らで、同じくソファーに座している黒衣の巨漢に自身の悩みを打ち明けてみた。

 すると――。


「お前はあの五人の遺族に罪が無いと、本気で思っているのか?」

「え? ち、違うのですか?」


 予想外の回答だった。

 リテリアは思わず、両目を大きく見開いてしまった。

 ソウルケイジは相変わらず視線を何も無い宙空に据えたまま、抑揚の無い声で続けた。


「あの五人は他者の尊厳や権利など何ひとつ考えない連中だった。しかし生来から、そんな思考であろう筈が無い。つまり、育った環境が連中の性格を歪めた。では、あいつらをその様に育てたのは誰だ?」


 静かな糾弾。だが、確かに真理だ。

 そこまで考えが及んでいなかったリテリアは、喉の奥で小さく唸った。


「己の子の性格を歪めたまま育て上げた連中にも、十分重い責任がある。にも関わらず、その罪を棚上げして被害者面したところで、俺には通用しない」


 ソウルケイジはそこで、言葉を区切った。リテリアに同じ発想を持て、とまでは彼はいわない。

 しかし、こんな発想もあったのかと目から鱗の気分だった。

 己の子の死を悼む気持ちを否定する気は無いが、遺族にも責任があるならば、その罪は贖わなくてはならないというソウルケイジの理論には、どこか考えさせられるものがあった。

 勿論、正解は無い。ソウルケイジの言葉もひとつの考え方であって、これが絶対に正しいという訳でもないだろう。

 だが、必要以上に後ろ向きに考えるのはやめようという切っ掛けが得られたのは、間違いが無かった。


「でも……これって結局は、ソウルケイジ様がご自身の行動を正当化する為の詭弁だといわれても、それはそれで仕方が無いですよね? その点については、どうお考えなのでしょう?」

「人間が勝手に定めた善悪など、俺の眼中には無い。目的達成に必要かどうか。それだけだ」


 ああ、そうだった――そもそもこの男には人間的な倫理や道徳は、最初から存在していなかったのだ。

 リテリアは、訊いた自分が馬鹿だったと内心で苦笑を漏らした。

 そうこうするうちに、カティアとミルネッティが戻ってきた。どうやら無事に、万職登録作業が完了したらしい。


「ご苦労様。これでカティアも晴れて……」


 と、そこまでリテリアがいいかけた時。

 いきなり、分厚い玄関扉が勢い良く開け放たれた。

 その場に居たほぼ全員が何事かと驚き、一斉にその方向に視線を向けると、上質な外出用ドレスを身に纏ったミラベルが従者の静止も聞かず、物凄く慌てた様子で駆け込んでくる姿があった。


「た、たたたた大変ですわよ、リテリアさん! つい先程、新たな聖託が下されましたの!」


 そういえば、ミラベルの父はカレアナ聖教国の筆頭枢機卿を務める大聖導師だ。その手の情報を耳にするのは他の聖導貴族と比べても相当に早いだろう。

 しかし、一体何をそんなに慌てる必要があるのか。

 先日、ヒルミナが蒼雲の聖女の資格を失い、その旨がロサンテス皇国にも通達されたばかりだが、それと何か関連があるのだろうか。

 リテリアが次の言葉を待っていると、ミラベルは目の前まで大急ぎで歩を寄せてきて、曰く。


「新しい聖女が誕生したという聖託なのです。その新しい聖女というのが……リテリアさん、貴女のことなんですのよ!」


 沈黙が、その周辺一帯の空気を支配した。

 肩で息をしているミラベル以外、誰も言葉を発することが出来ない。

 リテリアは、その場で凝り固まってしまっていた。

 ミラベルが何をいっているのか、さっぱり分からなかった。

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