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104.転職ノススメ

 カティアがタルネアン太聖大学に自主退学届けを提出してから、少しばかり日数が経った或る日のこと。

 リテリアはアネッサとミラベル、アルゼンを誘ってメロウズ商会を訪問した。

 現在カティアは同商会の事務方として働いており、父ジュスティオや兄ユーリオが不在の場合は窓口代理として訪問客に対応する仕事も任されているらしい。

 この日リテリア達が商会の玄関口の扉を開くと、ジュスティオとユーリオが揃って笑顔で出迎えてくれた。


「カティアは丁度つい先程、休憩に入ったところです。どうか、会いに行ってあげて下さい」


 穏やかに笑うジュスティオ。

 その面には娘への気遣いと同時に、リテリアへの感謝の念が滲んでいた。

 ヨルド達に制裁を加え、元凶たるヒルミナを聖女の座から引きずり下ろすことに一役買ったリテリア達に、恩義を感じているのかも知れない。

 この時アネッサとミラベルは素直に笑顔を返していたが、リテリアは複雑な気分だった。

 が、今はカティアの方が大事だ。ヒルミナ達のことなどに意識を囚われている場合ではない。


「すみません、それではお言葉に甘えて……」


 リテリア達は商会裏口側へと廻り、そこから従業員用の休憩室へと足を運んだ。

 カティアは表口の方から既に連絡を受けていたらしく、若干の翳が見え隠れする笑顔でリテリア達を招き入れてくれた。


「すみません、あの、こんなお茶菓子か無くて……」

「まぁ、何をおっしゃいますの。とても良いものを嗜んでいらっしゃるじゃない」


 申し訳無さそうに頭を下げたカティアだったが、ミラベルが高位貴族令嬢としての目利きを発揮し、メロウズ商会で扱っているものの高品質ぶりをしっかりと見抜いていた。

 アルゼンも実家が貴族だから、メロウズ商会で流通させている品のレベルが分かる様だ。休憩室で従業員用に供される紅茶やお茶うけの菓子類も決して悪くない、との評価らしい。


「カティア、忙しそうだね」

「えぇ、まぁ……最近はお取引先も少しずつ、増えてきてますし……」


 アネッサに笑みを返すカティア。どうやら例の事件の影響は少しずつ、和らいでいる様だ。

 そんなカティアの姿を、リテリアは神妙な面持ちで眺めていた。

 確かに、カティアの仇は討った。結果的にヨルド達は謎の怪物に襲われて命を落としたことになっており、その復讐の矛先がメロウズ商会に向けられることは万が一にも起こり得ないだろう。

 だがそれでも、カティアの心に残った傷がそう簡単に癒えるとも思えない。

 また、ヨルドらを失った下級聖導貴族の遺族家庭も、大きな悲しみに包まれている。ヨルド達は確かに粛清されるべきだが、残された彼らの家族にまでは非は無かろう。

 そう考えると、どうしても手放しでは喜べなかった。

 憎しみは憎しみの、悲しみは悲しみの連鎖しか生まない。それは分かっていたつもりだったが、いざこうして自分がその渦中に身を置くと、どうにもすっきりしないのが正直なところだった。


「ねぇリテリア。そろそろ例の件、話してみる?」


 己の思考に没入しかかったところで、アネッサが意味ありげな視線を投げかけてきた。

 そうだった。今日はカティアに、ひとつの提案を持ち掛ける為に足を運んできたのだ。己の罪悪感に悩むのは寮に帰ってからでも良いだろう。


「あの……何か、お話が?」

「うん、あのねカティア……その、貴女さえ良ければ、治癒法士として万職相互組合に登録してみない?」


 リテリアの提案を受けて、ティーカップに手を伸ばそうとしていたカティアの動きがぴたりと止まった。

 カティアは聖導会への道こそ絶たれたが、その才能と実力は下級聖癒士と名乗ることが出来る程度には熟している。僅か数週間の在学期間中ではあったものの、彼女はしっかり、治癒術の基礎を学んでいたのだ。

 アネッサの目によれば、今のカティアならば翔木級の万職としても十分通用するだろうとの見立てである。更にいえば、万職の間では治癒法士は絶対的に不足しており、カティアの技量であれば引く手あまただろう。


「私が……万職……」


 カティアは考え込んでいた。

 それもそうだろう。

 聖癒士としての夢を叶える為に頑張ってきた彼女が、いきなり万職としてやっていけるのかという不安を抱かない筈が無い。


「でも……父も、兄も、危険だって、反対するかも……」

「あらカティアさん、貴女もしかして聖癒士の任務が安全だとでもおっしゃりたい訳?」


 ミラベルがやれやれとかぶりを振った。


「宜しくって? 聖癒士は場合によっては前線に赴いて、傷ついた騎士の皆様の治癒に当たることだってあるのですよ。そこで敵襲に遭うことだって普通にあり得ますわ。聖導会の本部や支部で、ただ市民の皆様への御奉仕だけをしていれば良い訳ではありませんのよ」


 これは確かに、尤もな話だった。実際リテリアも、何度も最前線で危険な目に遭っている。

 そのことはアルゼンも間違い無いと頷き返した。


「あたしの感覚じゃ、聖癒士も万職も危険性だけを比べるんなら、どっちもどっちだね」


 アネッサは寧ろ、人間関係の方が大事だと肩を竦めた。

 良い仲間に巡り会えるかどうかが、万職を続けてゆく為の重要なファクターだといえるらしい。


「だから、後はカティアの意思次第だと思う。勿論、強制するつもりは無いけど、このまま貴女の治癒術を日の目に当たらせないのは、何だか勿体無いなって思って」


 リテリアのこの言葉は、本心からだった。それ程にカティアの治癒術は、基本がしっかりしている。後は実地で諸々の技術や対応力を伸ばしていくことが出来れば、下級聖癒士とも互角に張り合えるだけの実力に達することが出来るだろう。


「でも、もしカティアが万職になるなら、真っ先にスカウトしてくる探索班が居るだろうね」


 アルゼンが意味ありげな笑みを浮かべてリテリアとアネッサに視線を向けた。

 その言葉には、リテリアも異論は無い。この時既に、リテリアの脳裏には操設士の森精種娘の顔がちらついていた。

 後は、カティア自身の決断であろう。


「……えっと……そう、ですね。ちょっと、考えてみます」


 慎重に言葉を選んでいるカティアだったが、その瞳には前向きな意志の光が宿っていた。

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