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103.喧嘩を売ってはいけない男

 実戦研修終了から、三日が経過した。

 聖騎士団第二駐屯地から首都ムルペリウスへと帰還したリテリア達は、街中がピリピリとした緊張感に包まれていることを肌で感じた。


「やっぱり……アレの所為だよね」


 朝、寮を出てタルネアン太聖大学の教室棟へと向かう道中、アネッサが幾分引きつった笑みを浮かべて問いかけてきた。

 リテリアは、多分そうだと頷き返す。


「そりゃね……地形が変わる程の凄い戦闘だったから……」


 北側研修地点でヨルド達を叩きのめした後、リテリアはミルネッティやアルゼン、レオ達と共に大急ぎでその場を立ち去った。

 それから小一時間後、ヒルミナが居た筈の場所で巨大な爆発が生じた。

 周辺の樹々を焼き尽くし、大地を抉り、その近辺を囲んでいた丘や小山が悉く消し飛んだ。

 実はその直前、リテリアは北側研修地点に展開していた同大学の生徒や教授達、或いは聖騎士の護衛隊に、近隣で龍血種(ドラゴノイド)を目撃したという嘘の情報を握らせていた。

 リテリアはタルネアン太聖大学の学生ではあるが、同時に特級聖癒士でもある。

 つまり、カレアナ聖導会に於いてはそれなりの信用度と発言権を持つ立場であり、彼女の言葉には聖騎士達もほとんど疑念を抱くことは無い。

 龍血種は凶獣以上に厄介な圧倒的脅威として認知されている。

 そんな化け物が現れた以上、学生や教授を守りながらでは聖騎士といえども苦戦は必至である。とてもではないが、まともに相手取ることなど出来ないだろう。

 聖騎士の護衛隊はすぐさま北側研修地点に野営を組んでいた生徒や教授達に命じて、急ぎ聖騎士団第二駐屯地へ引き返すようにと指示を出した。

 ところがヒルミナとヨルド達は、どういう訳か行方をくらましたままであり、聖騎士達の呼びかけに応じる気配も無かったという。

 通常ならば蒼雲の聖女を置き去りにするなど考えられない話だが、龍血種が現れた以上は、聖騎士としても緊急措置的判断を下さざるを得ない。

 即ち、ヒルミナ達は諦めて、無事が確認出来ている生徒と教授達の安全を最優先に考えるという結論だ。

 その様な訳で、あの恐ろしい戦闘の嵐にはヒルミナ達以外を巻き込むことなく、大半を無事に退去させることに成功した。

 そしてソウルケイジが何事も無かったかの様に姿を見せたのは、リテリアがムルペリウスに帰着してすぐのことだった。


「ソウルケイジ様……メテオライダーは、どうなったのですか?」


 万職相互組合のエントランス兼ロビー隣の休憩スペースで、当たり前の様にソファーに陣取っていたソウルケイジを見た時には驚きを禁じ得なかったリテリア。

 そんなリテリアに対し、ソウルケイジはただひと言、


「始末した」


 とだけ応じた。

 如何なる激しい戦闘だったのか、どれ程の強敵だったのか、一切何もいわない。ただ結果だけを告げた。

 全く以てソウルケイジらしいといえば、らしい反応だった。


「そうなんですね……それで、あの……蒼雲の聖女と、その取り巻き連中は……」

「女は生き残った。他は死んだ」


 その瞬間、リテリアは背中にぞくりと悪寒を感じた。

 直接自分で手を下した訳ではない。が、ヨルド達の死には間違い無く、リテリア自身も関わった。彼らが命を落とすきっかけを作ったのは他の誰でも無く自分自身なのだ。

 如何に腹立たしく、憎い相手だったとしても、その事実は変わらない。

 ここにきて罪悪感を覚えることになろうとは――しかし、受け入れなければならない。自分がやったことの責任は、背負わなければならない。

 ところがソウルケイジは、ここで思わぬひと言を放った。


「死亡した五名は、逃げられる状態だった」

「え……どういうことですか?」


 曰く、ソウルケイジはヨルド達に治癒術を施し、自力で逃げるチャンスは与えたというのである。

 しかし連中は腰が抜けて、まともに動けなかったらしい。結果、逃げ遅れた。そのままメテオライダーとの激しい火力のぶつかり合いの中に巻き込まれ、焼け死んだというのである。


「えと……それってつまり……」


 隣で黙って話を聞いていたミルネッティが、幾分の希望を乗せた声を挟んできた。


「リテリアの行動は関係無い。連中が死んだのは俺の作戦の一環だ」


 ソウルケイジは相変わらず、無表情な鉄仮面のままだ。

 己の作戦の都合に脆弱な聖導貴族子息を巻き込んで死なせてしまったところで、全く気にも留めていない様子だった。

 彼は、そういう男だ。

 そして、ソウルケイジがヨルド達を巻き込みながら撃破したメテオライダーとの戦闘は、苛烈を極めた。その余りに凄まじい破壊の痕跡がムルペリウス全体に緊張感を生じせしめた。

 ひとびとは、恐ろしい龍血種が未だ首都近郊に潜んでいると怯え、戦々恐々としている。

 街全体が異様な程のピリピリした空気に包まれているのは、その為だった。

 だが流石に、事実はいえない。

 リテリアもアネッサも、そのうち時間が解決してくれるだろうと沈黙を貫くしかなかった。

 尚、辛うじて生き残ったヒルミナは捜索隊に発見された後、ムルペリウスの聖導会本部へと引き取られ、そこで治療を受けているとの由。

 ヒルミナは見舞いに訪れたクロルドに何かを必死に訴えかけたらしいが、クロルドは形式だけのお見舞いの言葉を述べただけで、全く相手にしようともしなかったという。

 後でソウルケイジから聞いた話だが、ヒルミナはクロルドに対して魅導因子を行使していた様だ。ところがクロルドは辛うじて、その影響から逃れていた。

 理由は、単純だった。

 メテオライダーの攻撃を受けた際、ヒルミナは聖女として機能する為の脳波を破壊されてしまい、魅導因子の力も失ってしまったのだという。

 恐らく近いうちに、彼女の聖女資格は失われることになるだろう。


(そこまで、計算に入れてたのかしら)


 太聖大学の正門をくぐりながら、リテリアは空恐ろしいものを感じた。

 ソウルケイジだけは、絶対に敵に廻してはならない。

 あの男に喧嘩を売った瞬間、全てを失うことになるのだから。

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