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102.八極拳の女

 暗い茂みの中で、リテリアは黙然と佇んでいた。

 周囲には、呻き声を上げながら無様にうずくまっている男達の姿がある。

 ヨルド達五人の下級聖導貴族子息らは、リテリアに性的暴行を加えようとした。

 戦闘能力を持たない普通の娘ならば、後ろ手に縛られた状態で若い男を五人も相手にするなど、まず不可能であっただろう。

 しかし、リテリアは違った。

 囚われの身になったのは、ヨルド達がカティアを襲った犯人であることの確証を得る為の芝居だった。

 そして彼らは自分達が優位に立っており、リテリアが非力な娘だと思い込んだ挙句、その悪行の何もかもを上機嫌でべらべらと喋りまくった。

 もうそれだけで、十分だった。制裁すべきはこの五人であり、他に真犯人は居ない。

 確信した瞬間、リテリアは聖気弾で縄を焼き払い、反撃に出た。

 五人の男共を一気に叩きのめし、地面に這いつくばらせた。


「うひゃあ……大丈夫だっていってたから信頼はしてたけど、リテリア、いつの間にあんなの習ってたの?」


 樹々の間から、ミルネッティが驚きと感心が綯い交ぜになった声を漏らして近づいてきた。

 リテリアは苦笑を浮かべながら、小さく肩を竦める。


「ソウルケイジ様から聖気弾を習い始めた頃から、対人接近戦技術も必要だからって、ついでに教えて貰ってたの」


 カレアナ聖導会の聖導師や聖癒士は一応、護身術を学ぶことになっている。が、それは飽くまでも身を守る為のものであり、相手を制圧するには全く不向きな技術だった。

 しかしソウルケイジがリテリアに伝授したものは明らかに、相手を倒す為の攻撃的な戦闘技術である。

 その名を、八極拳といった。

 かつて東の超大陸に存在していた中国と呼ばれた国の、遥か古代に発祥した格闘技ということらしい。

 ソウルケイジ曰く、清代の中国河北省滄州の孟村を起源とする戦闘技術で、一瞬で恐ろしく激烈な技を打ち出すことを特徴としている。

 その中国と呼ばれた国では拳法と呼ばれる徒手空拳の格闘技が数多く編み出されていたらしく、この八極拳もそれらのうちのひとつだという話だった。

 八極拳の真髄は、敵に対して至近距離にまで間合いを詰め、相手の防御を打ち崩しながら必殺の一撃を叩き込むことにある。

 突きや蹴り、掌打での攻撃の他、肘撃や靠撃をもふんだんに駆使する。他では見られない震脚を用いて、速くて圧力のある重心移動や態勢の急激な変化を可能としており、相手の防御をこじ開けた上で超絶的な一撃をお見舞いするという極めて攻撃的な戦闘技法だ。

 但し、欠点もある。

 技の性格上、至近距離の敵には滅法強いが、距離を取られると後手に廻ってしまう。

 だがリテリアは、遠隔攻撃手段である聖気弾をも同時に学んでいた。即ち今の彼女は遠近双方に於いて隙の無い格闘家と呼ぶことが出来るだろう。


「あはは……リテリア、めっちゃ強いじゃん」

「そうね。碌な戦闘経験も無い貴族の御坊ちゃま方なら、まぁご覧の通りよ」


 薄く笑いながら、リテリアはこれでもまだ全力は出していないとかぶりを振った。

 ミルネッティは更に仰天した。


「え……まだ他に隠し玉があるの?」

「うん。聖気衝っていう技を組み合わせると、魔性闇獣を斃すことも出来るの」


 聖気衝とは、聖気弾と同じく霊素を攻撃手段に転化した技法である。原理は聖気弾と同じだが、唯一の違いは外部に向かって撃ち出すのではなく、破壊力と防御力を兼ね備えた霊素の鎧を拳や蹴り脚に纏わせることで、攻防一体の武器と化すことにあった。

 聖気衝を纏った拳で八極拳の奥義を駆使すれば、緑小鬼程度ならリテリアひとりで数体を一気に撃破することも可能となっていた。

 尤も、霊素が分散することなく、長時間聖気衝を維持することが出来る様になったのは、ほんのつい最近の話ではあるのだが。

 この説明を聞いた時、ミルネッティはあんぐりと口を開けていた。可愛らしい森精種の娘だが、彼女は時折、こういう呆けた表情を平気で見せる。そういうところもまた、ミルネッティの魅力のひとつだった。


「リテリア……本当に完璧な武闘派聖癒士だね……っていうか、その実力なら万職登録しても十分、前衛で通用するよね。もしかしたら牙鋼級なんか余裕で貰えるんじゃない?」

「さぁ、それはどうかしら」


 苦笑を滲ませたリテリアだが、しかし興味が無いといえば嘘になる。

 今後、各都市、各国を渡り歩く様なことになれば、万職登録証の交付を受けておくのも悪い話ではない。

 だがそれは、また後日の話だ。

 今はこの場をどうするかについて考えなければならない。


「で、こいつらどうするの? 聖導会に突き出す?」

「それは、帰ってから考えることにするわ……それまでに彼らが無事だったらの話だけど」


 リテリアは汚らわしいものを見る様な冷たく蔑んだ瞳で、未だ苦悶にうずくまる五人の男達を見下ろした。

 もう間も無く、ソウルケイジがこの場に到達する。

 そこでこれから何が起きるのか――リテリアは全てを理解した上で、踵を返した。これ以上ここに居ては、ソウルケイジの邪魔になる。


「行こう、ミルネッティ。ソウルケイジ様の足を引っ張ってはいけないから」

「うん。ご主人様、そういうところは容赦しないひとだし」


 ヨルド達はリテリアとミルネッティの言葉の意味を、何ひとつ理解していないだろう。

 勿論、この連中に細々と教えてやる義理は無い。

 そうして、このまま北側研修地点を立ち去ろうとしたその時、リテリアは背筋に恐ろしく冷たいものが迸る錯覚を覚えた。

 どうやらミルネッティも同様らしく、青ざめた顔でリテリアに振り向いた。

 敵が、近づいてきたのだろう。


「これが……この気配が、メテオライダー……」


 ここに居ては駄目だと本能が告げる。とても人間が対処出来る相手ではない。


(ソウルケイジ様……後は、宜しくお願いします)


 リテリアはミルネッティと共に、全速力で駆け出した。

 もう間も無く、ここは大地が揺れる程の激戦地となるだろう。

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