100.誘導
カレアナ聖教国首都ムルペリウスは、思っていた以上に美しい街並みを見せている。
正銅級万職レオ・シュヴァルツァーは、これまで主戦場としていたエヴェレウス王国の各都市とは構造も雰囲気も明らかに異なる街全体の外観に、思わず見惚れてしまった。
街門をくぐる前から何となく予感はしていたものの、いざこうして大通りへ足を踏み入れると、その洗練された空気感に頭がくらくらしそうになった。
道行くひとびとも清廉さに加えて素晴らしく垢抜けており、野暮ったい自分がみすぼらしい存在に思えてきてしまった。
(俺……ここでまともに生きていけるかなぁ?)
漠然とした不安が募ってくる。
万職としての腕には十分自信はあるものの、文化人としての己のちっぽけさに、足元が揺れる様な感覚に襲われた。
「あ、居た居た~。レオ、こっちだよ!」
不意に道端の屋台から、聞き慣れた声が飛んできた。
ミルネッティだった。
彼女は昼時の軽食を買い求めていたらしく、何本かの串焼きを手にしている。
だがそれにしても、以前から知っている筈のミルネッティの姿というか雰囲気が、全体的に妙に明るい。かつての様な泥臭さがまるで感じられないのは何故だろう。
(やっぱり、アレか。女って奴ァ、イケてる街に住んでたら知らないうちに綺麗になっちまうってのか?)
微妙な敗北感に襲われながら、レオは引きつった笑みを浮かべて手を振り返した。
一方のミルネッティは不思議そうな面持ちで近づいてくる。レオが色々な意味ですっかり打ちのめされてしまっているのを、肌で感じ取ったのかも知れない。
「久しぶりだな。元気だったか?」
「うん。ここは美味しいモノが一杯あるから、毎日が超御機嫌だよ」
そういうものなのか――矢張り美味い食事は全てを変えてしまうのだな、などと下らないことを考えつつ、レオはミルネッティの後に従って大通りを歩き始めた。
ふたりが目指す先は、万職相互組合ムルペリウス本部。
今回レオがこの白亜の大都市を訪れた理由は、ソウルケイジから呼ばれたからであった。
そのソウルケイジはいつもの様に、相互組合のエントランス兼ロビー内にある休憩スペースの片隅に陣取り、レオの来訪を待っているとの由。
「けど、俺なんかに何の用なんだろうな?」
「えっとねぇ……確かご主人様、何とかいう森の魔性闇獣や魔性亜人を、一カ所に追い込んで欲しいみたいなことをいってたよ」
どういうことなのか、ミルネッティの話からだけではよく見えてこない。
矢張りソウルケイジから直接、詳細を聞いた方が良いだろう。
やがてふたりは、黒衣の巨漢が待つ相互組合へと到着した。壁際のソファーに目を向けると、ソウルケイジが三人の若者相手に何やら話し込んでいるのが見えた。
「お、何だ。お前さん達も来てたのか」
レオはソウルケイジが卓上に広げた図面を覗き込んでいるイオ、ホレイス、ジェイドに軽く手を振った。この三人とはエヴェレウス王国王都シンフェニアポリスの相互組合で知り合った。
アネッサを含めた五人で近郊の魔性闇獣討伐に何度か繰り出したこともあり、お互いの実力はほぼ把握している。堅鉄級の三人ではあったが、信頼出来る探索班だった。
ソウルケイジは挨拶も何も無く、いきなりレオに、ここに座れと手近の木椅子を引き寄せた。
レオは相変わらずの不愛想に苦笑を浮かべつつ、指示通りに腰を下ろしてソウルケイジが広げている図面に視線を落とした。
どうやらムルペリウス近郊を書き表した地図らしい。その中の森林地帯の一角に、幾つかの印が書き込まれていた。
「あれ……もしかしてお前さん達も、俺と同じ依頼を受けてたりする?」
「へへへ……実はボクもだよ」
レオの疑問に対し、ミルネッティが他の面々を代表して答えた。つまり今回ソウルケイジが指示を出そうとしている相手は、この場に呼び集めた万職全員ということになる訳だ。
しかしレオとしても、この面子なら有り難い。現場では指示通りに動いてくれるし、お互い勝手知ったる間柄だ。変に気を遣う必要も無いだろう。
「で、俺は……っていうか、俺達は何すりゃあ良いんだ?」
「この近辺の魔性闇獣と魔性亜人を全て、この地点に誘導しろ」
ソウルケイジは、ムルペリウスから西に進んだ先にある街道沿いの大きな森を指した。そのすぐ近くには、聖騎士団第二駐屯地と記された敷地が広がっている。
実はこれから五日後に、タルネアン太聖大学による実戦研修が行われる運びになっているらしい。
それまでに可能な限り多くの魔性闇獣や魔性亜人を、指定の地点に掻き集めろというのがソウルケイジからの指示だった。
「ふぅん……で、目的は?」
「リテリア達を包囲させる」
そのひと言に、レオはぎょっとした顔を浮かべた。いつもながら説明不足感の強いソウルケイジだが、今回は更に拍車がかかっている様な気がした。
「もしかして、その実戦研修ってのにリテリアも参加する?」
「参加する」
ソウルケイジの応えを受けて、レオは思わず考え込んだ。
決して渋っている訳でも悩んでいる訳でもない。
如何にしてリテリアに傷を負わせず、可能な限り安全性を確保した上で、ソウルケイジの命令を遂行すべきか――この時、既にレオの頭の中には幾つかの戦術が浮かび始めていた。
「目的は飽くまでも、包囲させるだけなんだな? 襲わせる、じゃなくて」
「そうだ」
これで何となく、ソウルケイジの意図が分かった様な気がした。
レオは最後にもうひとつだけと付け加えてから、額を寄せて訊いた。
「もしかして、メテオライダー絡みか?」
「そうだ」
もうそれだけ聞ければ、十分だ。
何も思い悩む必要は無い。
レオは、承知したと静かに頷き返した。




