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終末の北海道  作者: 秋山如雪
シーズン1 夏
3/35

エピソード3 探索

 その夜は、同じく開いていた、寝室に入った二人。


 かろうじて、粗末な二段ベッドがあったため、そこでそのまま寝ることになった。

 初めて、牢を出た囚人のような二人は、そのまま眠りにつく。

 何しろ、冷たい床ではない、暖かくて柔らかいベッドだ。それだけで幸福を感じながら、眠りについていた。


 翌朝。

 明るくなって、彼女たちがまず探した物。


 それは「服」だった。


 幸い、この教会には、少し前まで「人が住んでいた」形跡があり、寝室のクローゼットにいくつかの服が入っていたし、サイズ的にも不思議なくらい合っていた。


 そんな中、翼が選んだのは、動きやすそうな、半袖の赤いニットシャツ、茶色のチノパン、白い靴下。そして、頑丈そうな黒いブーツだった。


 一方の美宇は、対照的にガーリッシュなセーラー服上下に麦わら帽子をかぶり、ルーズソックスに茶色のローファー。

 まるきり女子高生の格好に、翼は「コスプレ」と笑っていた。


 ようやく薄汚い布の服を脱いで、身なりを整えた彼女たちは、意気揚々と「探索」を開始する。


 幸い、その日は「晴れ」だった。


 教会の周りを手分けして回ってみた。


 もちろん、「人気」はまるでなかったが。

「見て見て、美宇! すごいもの発見!」

 元気よく翼が走ってきて、美宇が怪訝な表情を浮かべていた。


 そのまま彼女に連れていかれた美宇が見たものは。


「何だ、これ。バイクか?」

「そうだよ。横にHONDA、CC110って書いてあるね」


「カブか。あの働き者のバイクのことか」

「カブはカブでも、クロスカブだね。これはいいバイクだよ」


「何で知ってるんだ?」

「さあ。何でだろう」

 記憶を改ざんされたか、無くなったはずの翼が、何故か覚えていたのが、その知識。


 正確には、それは、緑色を基調としたデザインの、ホンダ クロスカブと呼ばれる物で、排気量は110cc。小型の軽二輪車だった。


 早速、翼がまたがってみる。鍵はついたままになっていた。

「どうやってエンジンかけるんだ、これ?」

「このボタンを押すんだよ」


 翼はバイクのハンドルの右側にある、小さなボタンを押した。


―ドルンドルン!―


 エンジンが、静かな咆哮を立てた。

「かかったよ!」

「うん。動くんなら、足になる」


 美宇が早速後ろに乗り込み、翼の腰に手を当てた。

「何、もう行くの?」

「うん。この教会には食糧以外にめぼしい物がない。というか、まずは袋を用意して、それを持って、教会の食糧を運ぼう」

 美宇は、賢い子だった。


 彼女は、本から学んだ知識をその頭脳に蓄えており、記憶の欠損があっても、その部分だけは生きていた。


 一方で、翼もまた不思議なことに「バイクの運転を体で覚えて」いることに気づいた。

 ほとんどの記憶を失っても、バイクにまたがっていたことを覚えているらしい。


 頭の良い美宇が司令塔になり、午前中を中心にまずは「袋」、あるいは「入れ物」を探すことになる。


 幸い、簡単に見つかった。


 何しろ、人っ子一人いない、「死んだ街」だ。


 すぐ近くに、昔、明らかに「バイク屋」だった店と、その隣に「アウトドアショップ」があり、中はもちろん無人で、荒れていたが。


 バイク屋で、バイク用のサイドバッグとリアに積めるツーリングバッグを調達。アウトドアショップでは、使えそうな3〜4人用のテントを1組、シュラフを2組、複数の食器、さらに火でつくランタンを確保。


 それらをすべて積み込み、彼女たちは午後には教会に戻った。


 食糧の積み込みだ。


 食糧自体は、教会の地下倉庫に大量にあったから、レトルト食品を中心にツーリングバッグ、サイドバックに入れる。持ちきれない物は諦めた。


 だが、

「水がないな」

「無くてもいいじゃない?」


「バカか。人は『水』がないと生きていけない」

 美宇に睨まれる形になった、翼だったが、彼女にももちろん「当て」があるわけではない。


「でも、どうするの?」

「いい考えがある」

 そう言って、彼女が翼に命じた場所。


 それは、

「コンビニを探せ」

 だった。


 そう。この崩壊した時代にも、コンビニはあった。それこそあちこちに存在していた。


 ただし、もちろん無人で、荒れていたが。


 いくつかのコンビニを回ることになった。

 というよりも、地図もなく、携帯電話もなく、インターネットにも繋がらない彼女たちは、原始的な方法でそれを探すしかなかった。


「大きな通りに行こう」

 と、美宇は行ったが。


「いや、でも、全部大きいけど?」

 そう。そこは、北海道札幌市。


 北海道は全体的に、「道幅が異様に広い」。つまり、本州以南では想像もつかないが、街中はもちろん、郊外の住宅街でも無駄なくらい道幅が広いのだ。


 これは、元々、北海道が計画された都市造りをして、道から先に造ったというのもあるし、「冬は雪が降って、道幅が狭くなるための対策」でもあった。


 なので、結局、街中の出来る限り「繁華街」的な場所を中心に探すことになった。


 いくつかの店舗を回ると、確かに「冷蔵庫」のようなショーケースに「水」があった。ただし、もちろん電気が来ていないから、ぬるいが。賞味期限は切れていなかった。


 そして、賢い美宇が、本棚を物色していた。

「何、探してるの?」

「地図だ」


 そう。彼女が探していたのは「地図」。それもここ北海道の地図だった。

 ほとんど昔の記憶を奪われている彼女たち。


 実際に、北海道の地理に関しても、翼はほとんど覚えておらず、美宇は何となく覚えている程度だった。


 電気がない=携帯電話が意味をなさない。こんな世界で頼りになるのは、原始的な手段だった。


 幸い、美羽は本棚の端に、「北海道」の絵が大きく描かれた地図を発見して手に取った。


「翼。ライターとカッターを探して」

「何で?」

 呑気に、にこにこしている彼女に美宇が、真面目くさった顔を向ける。


「ライターは、火をつけるのに重宝する。カッターは、持ってると何かと便利」

「ラジャー」


 彼女たちは、無人のコンビニを漁る。まるで白昼堂々、窃盗をしているように見えるが、そもそもが人がいない、この世界ではそれは意味をなさない。

 幸い、ライターとカッターは棚に、割と状態のいい形で置かれてあった。翼が手に取る。


 バイクに戻っても、彼女たちはヘルメットすらかぶらずに、運転をする。この世界ではヘルメットをかぶる義務など無意味だ。


 一通り探索をして、地図を片手に、早速、美宇が指示した場所。


 大通公園。


 東に大きな鉄塔が立っていた。テレビ塔だ。ただし、それの先端が傾いており、今にも崩れそうになっていたため、彼女たちはそこから離れた公園中心部に向かう。


 大通公園は、かつて、色とりどりの花に彩られた美しい公園だった。


 多くの観光客や地元民が集う、広大な憩いの場。

 そこも、他と同じように「生き物」の姿がなかった。


 ただし、ベンチがあった。


 公園内にバイクを乗り入れ、彼女たちは遅い昼食を摂る。


 昼飯は、コンビニで見つけてきた、固形ブロックの乾パンみたいな食糧と、水だけだった。


「いいか、翼。水は計画的に使うこと。メシも無闇に食べるな。お前は食いしん坊だからな」

「はーい」

 軽い返事をする翼に、美宇は苦々し気に、苦笑を浮かべる。


「それよりこれからどうするの?」

「そうだな……」

 紙の地図を片手に美宇が呟く。


 その地図の表紙には「北海道全図」と書かれてあった。


 だが、彼女の口から漏れた一言は、翼には意外なものだった。

「まずは北海道を出よう」

「えっ? 何で? いいじゃん、北海道で」

 口を尖らせて不満を言う、翼に対し、美宇があくまでも冷静だった。


「甘いな。今はいいが、冬になれば、雪が降って、全てが凍り付く。そんな大地でバイクは不利だ。出来るだけ早く北海道から出た方がいい」

「えー。私は出たくないな」

 早くも意見が対立する二人。


 だが、美宇に説得され、渋々ながらも、翼は頷く。

 そこでまずは目指すべき場所が決められた。


「こんな世界じゃ、船も飛行機も期待できない」

「じゃあ、どうするの?」


「函館に行く」

「函館? 何で?」


「簡単な理由だ。そこからなら船が出ているかもしれないし、近くに青函トンネルがある」

「青函トンネルって、電車しか通れないんじゃないの?」


「ああ。だが、この状況じゃ恐らく電車は走ってない。だから最悪、そこをバイクで走って本州に渡れる」

 美宇の頭の中では、ある程度の「計算」が働いていた。


 函館は北海道と本州をつなぐ拠点だから、きっと船があり、人がいる。もしそれがダメなら、青函トンネルを使う。青函トンネルは元々、電車しか走れないが、この世界に電車が走っているとは思えなかったからだ。


 かつての大都会、札幌は無人の廃墟となって、彼女たちの前にその巨大な空洞を晒しており、夜になると、人気のない、まるで墓標のように、灯りのないビルが立ち並ぶ景色は、極めて不気味だった。


 その日は、またも教会で一泊し、翌朝、彼女たちは旅立った。

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