地上神・希望と破滅の神
今日もいつもと変わらない日。
朝食を食べて、ノアとお別れのハグ。ルークと見送る。
さて、次の村にでも行きましょうか。
瞬間移動して、インビジブルを掛けて、飛んでいく。やっぱりルークがご機嫌だ。
次の村に来て、村長の許可を貰って、商品を広げる。ベビーベッドを出してルークを横にならせる。体を撫でると心地良さそうにする。
今日のお肉はお馴染みビッグウルフ200マル1銅貨。買いねぇ買いねぇ。買うねぇみんな。
服も下着も売れたしよしよし。お客さん来ないし帰ろうか。
今日の行商をやめて商品を片付けて、ルークを抱っこしようと持ち上げた所でそれはおこった。
初めは風を感じた。左から右に吹く風だ。気がついたら、ルークが手の中にいなくなって、私の手も腕から無くなっていた。
血を吹き出す腕。混乱していたが、分かっている事は何かがルークを誘拐したという事だけ。
私は思考するより先に探知でルークを追うべく、最速で探知の示すまま空を飛んでいった。カヨの飛んだ地面は爆発したように抉れた。腕は無意識に治癒していた。
頭の中は怒りでいっぱいだ。誰が私のルークを!許さない!!飛行魔法で今生で1番早く飛びルークを追いかける。
見えた!ルークから血が流れているのを見た瞬間、頭がキレる音を聞いた気がした。
「るうぅぅぅぅくを!かえせえぇぇぇぇ!!」
ルークを掴んで飛んでいる大きな虫に絶対零度の魔法で、虫だけ凍らす。ルークが重力で落ちそうになるのを念動力で引き寄せ、腕の中に抱きしめる。
ルークは混乱といきなり掴まれた痛みで大泣きしていた。傷は頭から身体まで血が流れていた。服はぼろぼろだ。
「ああ!!ルーク!!かわいそうに!痛かったねっ。すぐ治すからねっ」
治癒魔法でルークの傷を治す。それでも混乱して泣き続けた。ルークを抱えた虫の後をついて私の腕を2本持っていた虫も殺す。創造魔法で重力魔法を瞬時に作り、圧殺だ。亡き骸は下に落ちていった。
自分の腕だった物を念動力で引き寄せ結婚指輪だけ抜き取る。
神官の印は切られた手にはついてなかった。今動かしている私の右手の甲に印がついている。どういう仕組みか分からないが、自分の腕だった物を火魔法で燃やす。魔物に食べられても自分で持っているのも嫌だったからだ。炭になって風に乗って無になったら、殺した虫の所に行く。
虫を鑑定する。
ーラズラの死体ー
肉食の虫魔物。魔法無効の魔法が使える。速い速度で獲物を狙い巣に持ち帰る。切れ味のいい手に注意。柔らかい肉を好んで食べる。手はいい素材になる。
……ラズラ、憎い魔物の名前。私からルークを攫って食べようとした!!許せない!許さない許さない許さない許さない許さないぃぃぃ!!
足でラズラを踏み砕く。怒りと憎しみが止まらない。再生した筋肉の少ない手でルークを優しく抱きしめながら、カヨの心は怒りと憎しみに支配されていた。
カヨは魔力を爆発的に拡散した!大陸中に広がるように。それは魔力が感じられる物からしたら、鳥肌が立つほど莫大な魔力だ。魔力無限大のカヨだから出来る。
カヨは大陸中のラズラを探知した。カヨの頭では容量不足で、カヨの鼻から血が流れてきた。ボタボタと下に落ちてルークの服を汚していく。
多重思考を創造魔法で作る。大陸中のラズラを探知するという偉業を成し遂げたカヨは即死魔法を創造魔法で作り、対象をラズラだけに絞り即死魔法を放った。カヨの周りは光の渦だ。カヨの鼻からも血がとめどなく流れ、ルークの服とカヨの服を汚していた。
カヨの放った即死魔法で、数え切れないほどのラズラが死んだ。それは神の偉業に近い事だった。カヨのうなじに紋様がうかんだ。それは今までもうなじに付いていたと言わんばかりに、カヨのうなじに馴染んだ。神官の印も変化した。運命神様の印に黒いつるの様な模様が足され腕まで伸びている。
カヨは探知で憎い魔物がこの世からいなくなった事に少し溜飲を下げ。自身の出血の多さに気づくと治癒魔法を掛けた。めまいと寒けがする。ルークを落とさないように、安全なカーマイン屋敷のノアの部屋に瞬間移動する。力を無くしたように、白い顔でルークとベッドに倒れこんだ。身体が動かない。カヨは気絶した。ルークはギャン泣きだ。血の匂いがノアの部屋に満ちた。
カヨが大陸中のラズラを殺した事により、生態系が少し変化する。今まで大陸最強に近かったラズラが絶滅したことで、今までエサになっていた人の子や魔物の子が育つようになっていく。自然なことなのだが、今まで死んでいた者が死ななくなったのだ。世界は少し変わった。良い方にも悪い方にも。
カーマインの屋敷の者は異変にすぐ気づいた。血の匂いが何処かからする。それは、カーマイン屋敷で働いている者には異常事態だった。
匂いの元を探る。数人がノアの部屋の前に集まった。皆武器をとり、魔法の準備をして、ノアの部屋に入る。獣人にとっては濃密な血の匂いが部屋にこもっている。前室に異常が無いか確かめて、寝室に向かう。扉を開けると、血だらけのカヨと泣き疲れてひっくひっくと引き攣りを起こしそうな、これまた血だらけのルークがいた。危険がない事を確かめてルークとカヨの容態を見る。カヨは血の気のない顔色をしていたが、息をしている。ルークも服を脱がせて怪我が無いか確かめる。危ないめにあって、慌てて逃げてきたのだろうか?血の匂いが、カヨの血とルークの血である事は間違い無い。使用人がノアを呼びに走った。
領主館のほとんどの者は魔法が使える。先程渦巻いた魔力に興奮して、昼食にでも行こうとしていた領主館で、ノアは使用人からカヨとルークの話を聞いて、顔色を変え、瞬間移動で自室に帰って見ると、血だらけの妻と息子がいた。興奮するノアを使用人が宥めて怪我がない事を伝えると、ノアは少し安心して、カヨの顔色を見て悲痛な面持ちになり、ルークを抱きしめた。温かさが愛しかった。
両手で妻と子を抱きしめる。
使用人は血で汚れた服を着替えさせようとしたが、ノアが断り、兄様に午後から仕事を出来ない事を伝言してくれと、頼んだ。
ノアはルークを先に着替えさせて、クリーンを掛けて、しゃくり上げているルークを宥めると、ルークが口元をなにか吸う仕草をした。落ち着いてお腹が空いたのだ。
カヨの服を脱がせてカヨの異変に気付く。神官の印が変わっている。服の袖が切り裂かれている。切られた……その可能性に思いあたり、頭を殴られ血の気が下がるようだった。番いが危険な目にあって、腕を切りとられたかも知れないのだ。ノアの庇護欲と独占欲がドス黒く渦巻く。気持ちを落ち着けて、服を脱がせた所でうなじの印に気がつく。これは何の印だろう?とりあえず後回しにして、カヨにクリーンを掛ける。鼻から出血した後があったから、鼻血だろう。だが、たくさん出血したようだ。安静にさせないと。その前にルークのごはんだ。カヨのお乳にルークを近づけると吸い付いて、すぐに飲み始めた。力のないカヨとルークを抱きしめながら、不安を胸に閉じ込めた。
朝まで元気だったじゃないか。早く目を覚まして元気な姿を見せてくれ。
食後に兄様が、部屋に来てくれた。
「妹君と子供の様子はどうだい?」
「カヨは血をたくさん流したようで、血が足りない。少し寝かせた後は食事を取らせる。ルークは怪我があったみたいだけど、治ってる。元気だよ」
「妹君が、帰って来る前に感じた魔力。カヨさんの魔力だと思うんだけど、どうかな?」
「多分、カヨの魔力だ。起きたら報告するから、仕事に行っていいよ。兄様」
「そうかい?何かあったら、頼るんだよ」
優しい言葉をかけて兄様は去って行った。落ち着かない心を鎮めようとカヨの手を握る。
ずっと硬く握っている手は可哀想で、1本ずつ広げていく。すると手の中には指輪があった。カヨがくれた結婚指輪だ。胸に湧き上がる気持ちを抑えて、指輪をカヨの指につける。握りすぎて血の気が無かった手をさする。独占欲と愛しさと閉じ込めてしまいたい思いに支配される。カヨを抱きしめる。君がいないともう生きていけないんだ。
夕食の時間まで、カヨを抱きしめていた。
夕食前になると、ルークがぐずり始めた。ノアはクリーンを掛けて様子を見るが、ぐずりはおさまらない。寝ているカヨを自分にもたれさせて座らせて、服をまくる。カヨの胸にルークを近づけるとルークがパクリと咥えお乳を飲み始めた。上手く咥えられなかったのか、口から母乳が溢れた。
カヨは夢の中にいた。この世界で今までした事が、早送りになって追体験している。私死ぬの?走馬灯?
『違います。また話せますねカヨ。貴方のお供えは運命神と私に届いています。ありがとう。』
「メンリル様!?私は死んでしまったんですか?」
『いいえ、貴方は進化したのです。生きています』
「進化?どういう事ですか?私は何をしたんですか?」
『落ち着きなさいカヨ。貴方は健康的な身体を貰いこの世界に降り立つも、肉体と精神に負荷を掛けることは辞めませんでした。貴方の純粋な祈りで神官となり、その2つをもって運命神は修行と捉えました。貴方は魔物1種の絶滅と共に地上神となり、運命神の眷属神・希望と破滅の神となったのです。元から不老でしたが、寿命が無くなり不死となりました。貴方の力は人を超えました。地上神となった貴方には神々と同じく、伴侶の人神を作る力が与えられます。この力は1人にのみ与える事が出来ます。よく考えて使いなさい。これまで通り、運命神の導くままに地上神として、生きていきなさい』
「メンリル様、待って下さい。地上神の希望と破滅の神になったのは分かりました!でも、伴侶の人神って何ですか?獣神様と精霊神様と酒神様は同じ人神から人を生み出したのではないのですか?」
『神々はそれぞれ1人、伴侶を得ています。同じ人神ではありません。人神とは神の伴侶の総称です。多少、人神となった時に力を授かりますが、神の為の伴侶です。神を慰める事が1番の務めとなりますので、老いも寿命も死も無くなります。それが人神です』
「メンリル様、私は何をしたらいいですか?教えて下さい」
『貴方は今まで通りで良いのですよ。この世界を壊さない程度に地上神としての生を生きてください』
「ありがとうございます。最後に、いつも助けて下さりありがとうございます。これかも祈らせていただきます」
『よろしい。貴方の心根が変わらない限り運命神からの慈悲は続くでしょう。これからも心健やかに過ごしなさい』
「ありがとうございます。ありがとうございます」
夢の世界が、崩れた。メンリル様との邂逅は終わったのだ。現実世界に帰るだけ。ノア、ルーク、待っててね。今、帰るから。
カヨは目を開けた。身体が重い。神になった代償だろうか?
「カヨ?起きた?カヨ?大丈夫?大丈夫じゃないよね。食事を持ってくるからね」
身体が寝かされた。ノアが寝室から出ていく。膝の上にはルークがいる。母乳が口から溢れている。
ノア、ルークの授乳中に出て行っちゃったんだ。ルークがひくひくしている。泣きそうだ。
「ルーク。可愛いルーク。ちょっと待ってね。今起きるから」
カヨは重い身体を起き上がらせた。ルークを抱っこして口にお乳を含ませる。勢いよく吸われた。
「お腹が空いてたんだね。待てて偉いね、ルーク」
私はルークを助けられたんだ。安堵が胸に広がる。ルークを抱きしめる腕に力が入る。
愛しいルーク。私とノアのルーク。神になった事実よりも、ルークが健康な事に涙が溢れた。小さい大きな命。母はそれだけで幸せです。
ルークが満足そうに口を離し、縦に持ち上げ足に座らせ背中をぽんぽんと叩く。けっぷと息が漏れた。クリーンを掛けてあげて、隣に寝かせる。かわいい。一時でもこの温もりが失われたなんて、考えたくもない。メンリル様も言っていた。魔物が1種絶滅したって。ルークを誘拐した魔物はいなくなった。知らずに笑みが溢れていた。この辺りが破滅の神なのかもしれない。
ルークを優しく撫でる。眠くなってきたのか目がとろんとしてきた。ああ、愛しい。
ノアがシーラさん、いけないシーラにカートを押して貰って戻ってきた。シーラにさんを癖でつけちゃう。
「カヨ!起きてて平気?身体は?痛い所は無い?」
私はノアに口の前で指を出し、しーっとした。初めは分からなかったが、私がルークを指差すと分かってくれたようだ。ノアの顔に笑みが浮かんだ。
シーラも静かに食事の準備をしてくれる。ノアとシーラと3人で、ルークが眠るのを待つ。
ルークが完全に眠ったら、ノアがベビーベッドに移動させてくれた。
「カヨ、本当に大丈夫かい?君とルークは血だらけでベッドに横になっていたんだよ?」
「大丈夫。ノア、後で2人で話たい事があるの」
「分かったよ。今は食事にしよう?食べれるかい?私が食べさせようか?」
「1人で食べれるよ。ノア心配症ね」
シーラも笑い出しそうだ。
「君はあの光景を見ていなかったから、そう言えるんだ!」
ノアが激昂した。言葉を軽く捉えてしまったかも知れない。ノアを抱きしめる。
「ごめんね。ノアの言葉を軽んじたわけではないの。本当に大丈夫なのよ。後から説明するけど、私、生きてるでしょう。大丈夫。落ち着いて」
ノアは高ぶった気持ちを抑えようと私を強く抱きしめた。ノアの思いが伝わってくる。念話だ。ただ純粋に怖がっている。私とルークがいなくなる事に。私もノアを強く抱きしめる。ノアの気持ちを受け止める身体がある事を知らしめるように。シーラは見守ってくれた。
大丈夫、大丈夫とノアに念話で言い聞かせる。ノアの気持ちも落ち着いたようだ。
「ごめん……。カヨが1番辛かっただろうに。ごめんよ」
「大丈夫。ノアの気持ちは受け取ったから。私、大事にされてるのね」
「カヨとルーク、どちらも宝物さ。私の家族だ」
「そうね、家族だものね」
シーラが準備してくれた、食事を食べる。美味しい。屋敷の食事ってこんなに美味しかったかしら。私は飢えを感じていた事に気がついた。神様でも食べないといけないのね。笑いそうになった。地上神って言ってたもの。地上って所が大切なのかも。眷属神とも言っていたから、神様の半人前みたいなものかな?パクパクと食事をする。それを見てノアは安心したみたいだ。一緒に食事をする。シーラは飲み物の準備やおかわりをよそってくれた。
「シーラもありがとう」
「カヨ様とノア坊っちゃまがお元気なだけで、幸せですよ」
「坊っちゃまは卒業したぞ」
「そうでしたわね」
空気が和やかになる。お腹いっぱいまで食べた。身体から力が湧き上がってくるみたいだ。神の身体って不思議。いつもより沢山食べたのに、もう力に変わっているみたい。食べれる量が増えたかも。
シーラが食事の後を片付けて、部屋を出て行った。
ノアに説明の時間だ。ノアと向き合って、ラズラの事を話た。話の途中で私の手を掴むと労わるように撫でてくれた。指輪がちゃんとついてる。ノアがつけてくれたんだ。切り取られた腕を燃やしてきて良かった。ノアが見たら倒れちゃうかもしれない。
ラズラは絶滅させた事、メンリル様との邂逅。眷属神と地上神、希望と破滅の神になった事、伴侶の人神を決めないといけない事。
「伴侶の人神は、私だよね、カヨ?」
「なってくれる?これから一生だよ。寿命が無くなっちゃうの」
「私以上にカヨを愛してる者はいないと断言できるね。私じゃ不満かい?」
「ううん、嬉しい。ありがとう、ノア」
その時、ノアが光に包まれた。神の光だ。
ノアは作り変わっていく自分に気がついた。これでカヨと離れる事なく暮らしていけるのだ。ノアのうなじにカヨの希望と破滅の印が現れた。人神になったのだ。
光がおさまると、どちらともなく抱きしめあった。これで、同じ時を過ごせるのだ。嬉しく無いわけがない。2人とも無意識に相手のうなじを撫でた。その夜は互いの体温を分け合った。
これで、2人は神になった。
後は家族に説明するだけだが、無事に済むかどうかは神のみぞ知ると言ったところだろう。




