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98 決戦へ

 レミート・クンツァイトは、魔族軍本体に帰還したヤニック・アプサロンからの報告を聞いていた。


「そう、ドグラス・カッセルが……至急サイグラズ殿に連絡! ブルードラゴンを使って」


 レミート・クンツァイトは部下に指示を出す。統合魔術使いの位置は重要情報だ。居ないと分かればサイグラス隊は取れる手段が増える。


「すまない。落とせなかった」


 ヤニックが申し訳なさそうに言う。


「いえ。仕方ないわよ。ドグラス・カッセルにヴェステルまで来たら予定が狂わない筈がない。戦力を消耗する前に撤退した判断は私も正しいと思うわ。足止めも良いアイデアだし」


 ヤニックは撤退時に少数の魔族と二千体程のモンスターを都市の市街地に残してきた。民家の部屋、屋根裏、下水路など様々な場所に潜んでいる。魔族が少なすぎてモンスターの統制は取れないが、それでも十分た。人間側は掃討作戦に負担を強いられるだろう。


「そう言って貰えるのはありがたいが……状況は更に厳しくなってしまった」


「悲観しても仕方ないわ。もうこうなれば正面から会戦に挑むのみよ。都市の包囲を解いてほぼ全戦力を集結させたし、兵站も最低限整った。城塞都市の軍勢が動き出す前に南進しましょう」


 後方部隊の努力によって届けられる物資の量は増えてきた。潤沢には程遠いが、硬いパンを1日2回食べる程度は可能だ。

 加えて、レミート達もヤニックが城塞都市を攻撃する間、近くの森に入って食料調達(狩りや採集)を行っている。焼け石に水でもしないよりはと始めた作業だったが、野生の大型モンスターを群れで狩れたので、望外の量を確保できていた。


「そうだな。まだ全面撤退には早い。勝ちの目は十分にある」


「決まりね。なら、ごはんにしましょう。肉をたっぷり食べて英気を養わないと」


 レミートが部下に調理を命じる。


「……レミート殿は食事が好きだな」


「だってほら、森で狩った猪肉、保存用に処理する余裕もないし、出撃前に食べないと。モンスターは腐った肉でも割と平気だけど、私達(魔族)はお腹壊すわ」


 ヤニックは笑って「そうだな」と頷いた。



◇◇ ◆ ◇◇



 エリーサ達は魔族軍主力から徒歩で南へ丸一日程の位置にある町にいた。

 町周辺には大量のテントが張られ、テント群の中に町が飲み呑まれたように見える。そんな町の中で一番大きな建物だった宿屋が司令部として使われていた。


 エリーサは宿の庭で、焚火をしていた。焚火の上には大きな鉄鍋が置かれ、ぐつぐつ煮えている。ドミーが鍋をかき回し、湯気と共に美味しそうな匂いが広がった。

 鍋を囲むのはエリーサ、ドミーの他にトリスタ、ソニア、アマンダだ。

 魔族軍主力と距離を置いた睨み合いが始まり、エリーサ達は暫しのんびりした時間を過ごしていた。


「これ、そろそろ行けますよ」


 調理をしているドミーがエリーサに鍋の中身を器に入れて渡してくれる。具は鳥の肉と野菜だ。

 エリーサはお礼を言って受け取り、口に運ぶ。肉の旨みがスープを介して葉物野菜に染み込んでいる。


「おししい」


 モグモグしながら言うとドミーが嬉しそうに笑った。


「ね。美味しいでしょ、この鳥」


 今食べている鳥はエリーサとドミーで捕ったものだ。空高く、群れで飛ぶ鳥を見たドミーが「あれ、美味しい鳥です」と騒ぎ出し、引き絞った魔力の針を地上から乱射して落としたのだ。並の魔術師には到底できない芸当である。


 ドミーが皆によそう。各々鍋を口に運ぶ。


「確かに、美味しい」


 トリスタが感心したように言う。ソニアとアマンダも深く頷いた。以前は恐縮していたアマンダも流石にこのメンバー(王女&上級貴族)に慣れ、リラックスしていた。


「でしょー。中々捕れないから貴重なんですよ」


 ドミーが胸を張る。ドミーが自身の分もよそい、暫し無言で食事を続ける。鍋には小麦粉で作った団子も入っているので、これだけで十分に腹がふくれる。食べ終わり、ふぅと一息。


 と、誰かが走るような足音が近付いてくる。目をやると、レブロ辺境伯軍所属の魔術師が駆けてくるのが見えた。


「偵察隊より情報。魔族軍、南下を開始しました!」


 魔術師は端的に伝えると、更に情報を伝えるべく宿の中に急ぎ入っていく。


 エリーサは立ち上がり「よし、中に戻ろう」と言った。トリスタ、ソニア、バーバラも頷く。焚火だけ凍結魔術で消火し、歩き出す。

 皆で宿の食堂だった部屋に入ると、先程の魔術師に加え、バーバラ・ウェンストと北端砦司令官も既にそこにいた。

 エリーサ達は長テーブルに腰を掛ける。


「ご報告させていただきます。魔族軍主力が南下を開始しました。総数は目測で8万強、都市プガルトの包囲部隊も合流したようです。プガルトの状況は不明です」


 プガルトは魔族軍主力の向こう側だ、斥候を出すのは危険過ぎるため実行していない。


「エリーサ王女、レブロ指揮官殿、事前の計画通り南に退くでいいね?」


 国王軍主力との合流を目指す方針を変える理由はない。バーバラの問いにエリーサは「はい」と返す。


「レブロ辺境伯軍としても異論ありません。急ぎましょう」


 一同が改めて頷き、命令が出される。

 事前に決めていた通りの行動だ、動きは早い。兵達は手際よくテントを畳み、荷物を纏める。

 2時間程後、エリーサ達は拠点にしていた町を出発した。ぞろぞろと長い列になって進む。


 エリーサ自身はソニアと共に馬に乗り、移動していた。トリスタ、ドミー、アマンダもすぐ近くで馬に跨っている。


「敵の移動速度は通常です。追い付かれる心配はありません!」


 偵察部隊からの報告を馬上で聞く。想定通りだ。


「後は第二要塞群までに国王軍主力が間に合うか、ですね」


 手綱を握るソニアが言う。ラビニア川を渡って南に行けば、反撃時に渡河が必要になってしまう。となると下がれるのは第二要塞群の北岸要塞までだ。それまでに国王軍主力が間に合わなければ現在の戦力で決戦に挑むことになる。


「そうだね。ロランさん急いでくれると良いけど……そう言えば、ドグラスさん達は元気かなぁ」


「すみません。ヴェステル方面の情報は全く……伝書鳩網も一部の都市と都市を結んでいるだけですので。ただドグラスさんのいるヴェステル軍が負けることはまずない筈です」


 ソニアが申し訳なさそうに言う。結局のところ伝書鳩は鳩小屋のある場所にしか飛ばせない。行軍中に情報を得るのは難しかった。


「ま、ドグラスならもう敵は蹴散らしてこっちに向かってるんじゃない? ブリュエットさんに加えて、ヴェステルにはパトリス・ジアンも居るんだし」


 隣で馬に乗るトリスタが楽観的な予想を述べる。


「うん。私もそう思う。早くまた会いたいなぁ」


 いっぱい頑張ったから、きっと褒めて貰えるだろう。そう思ったら、エリーサの頬が自然に緩んだ。


「ねぇ、ソニア。私さ、ドグラスさんのこと好きだと思う」


 ソニアにだけ聞こえるように、小さな声で言った。途端にトリスタとドミーがバッとエリーサの方を振り向く。二人の聴力を舐めていたようだ。


「よしっ! 姫様、お任せください。ドグラスは確保します」


 トリスタがガッツポーズで言う。ドミーの方は眉間に皺を寄せ、険しい顔をしている。


「ええ。トリスタの言う通り、後はお任せください。手はあります」


「陰謀反対! ほら、もうブリッエット様と出来ちゃっているかもしれませんよ。ずっと二人きりだったし」


 ドミーが抗議の声を上げるが、ソニアが意に介す様子はない。


「万が一そうでも関係ありません。ブリュエット様は第二夫人にするだけです」


「なんと横暴な!」


 ソニアとドミーの不毛な言い争いが始まる。あーだこうだと二人が騒ぐ中、当のエリーサは小っ恥ずかしくて俯いていた。


 しばらくして言葉が尽き「まぁ、その辺は魔族倒したらじっくり話し合いましょう」と言って騒ぎは終わった。


 その後、行軍は特にトラブルもなく、淡々と進んだ。魔族軍の位置を確認しつつ、追い付かれないように動くだけだ。夜はちゃんと野営する余裕もあった。


 そして、エリーサ達は第二要塞群方向から上がる狼煙を発見する。国王軍主力の到着を報せるものだ。


 合流前に魔族に追い付かれる恐れはない。無事に援軍は間に合ったようだ。


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