表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

94/107

94 エリーサ到着

「王女殿下! 煙が見えます! 第二要塞群方向です!!」 


 馬車の外から兵士の声がした。


 高速で進む馬車の中で、グガングガン揺さぶられながら転寝(うたたね)をしていたエリーサは即座に目を開ける。


「確認します! トリスタ、えっと外に出たい」


 隣に座るトリスタが頷き「姫様、失礼します」と言ってエリーサを小脇に抱える。


 トリスタは馬車の扉を開き、飛び降りた。着地の瞬間地面を蹴り、そのまま馬車と並走する。


 エリーサは視線を上げる。北東方向に煙のようなものが上がっていた。


「確かに第二要塞群の辺りです。火事ではなく狼煙かと。恐らく魔族の接近を報せるものです」


「そっか、トリスタが言うなら間違いないね。どうしよう、急いだ方がいいよね」


「はい。行軍としては今でも限界の速度ですが、戦闘部隊だけならもう少し速度を出せます」


 エリーサ達先発隊は戦闘要員約300人に補助人員約200人からなる。全員が馬か馬車に乗り、常時身体強化で爆走中だ。

 それでも補助人員と馬車を切り離せばまだ速度は上げられる。


「じゃあ、そうしよう。トリスタ、お願い」


 トリスタは頷き、声を張り上げる。


「一時停止! 戦闘要員は全員直接騎乗し先行する! その他の人員は待機」


 命令は復唱され、国王軍先発隊は停止する。先発は精鋭だ、準備はすぐに整う。


 トリスタとドミーは馬に跨る。エリーサはドミーの後ろに乗った。アマンダは待機組だ。

 トリスタが純白のサーコートを羽織り、デベル家の家紋が翻る。


「デベル家筆頭、トリスタが先頭を務める。続け!」


 トリスタが馬を駆る。同時にドミーがトリスタの馬に身体強化魔術をかけた。


 風を切り、轟音と共に草原を進む。やがてレブロ南端を流れるラビニア川と南岸側の砦が見えてきた。煙を出しているのは北岸の砦のようだった。


「魔族はまだ川を渡っていないようですね」


「それは僥倖。でも、そうなるとこっちが渡河しないと。橋って無事かな?」


 ドミーが首を傾げ、トリスタが答える。


「大きな橋はレブロ側で落としているかもしれません。ですが、このまま北に向かえば簡易な木橋がある筈です。大軍の渡河には向かないので、アレはたぶん無事です」


「よし、そこに行こう!」


 エリーサが至天杖で北を指す。

 トリスタが進路を修正、それに従い北へひた走る。


 案の定、橋は無事だった。縦に一騎ずつしか通れないが、この数(300)なら何とかなる。エリーサ達は無事に川を越え、煙の上がる東側に向け川沿いを進む。


「だいぶ近付いて来ました。姫様なら、そろそろ射程に入るかも」


「おっ、ならあそこに高い木が」


 トリスタの言葉を受けドミーが指差す。大木という程ではないが、確かにそこそこ高さのある木だ。


「よし! 登ろう」


 エリーサはすぅ、と息を吸い、身体強化魔術で声量を引き上げて叫ぶ。


「止まって! 木登りします!」


 エリーサは元気な声で言った。とりあえず止まることは伝わり、部隊が停止する。


「魔術師、樹木周辺に展開! 万が一に敵から攻撃があった場合は防壁で王女殿下を守れ!」


 トリスタが指示を出す。


「じゃぁ行こう。エリーサさん、おんぶするよ!」


 ドミーの言葉に従いエリーサは彼女の背中にしがみつく。そのままドミーは猿の如き速さで木の上に登っていった。後ろからはトリスタも登ってくる。


 木の上から、遠くに魔族軍が見えた。個々の敵は麦粒のようで、魔族かモンスターかさえよく分からない。ただ、大型の黒い龍はここからでも判別できた。

 そして、対峙するレブロの軍も見える。


「レブロ側が押されています。状況はかなり悪い。姫様、ここからブラックドラゴンを狙えますか?」


「頑張る!」


 エリーサは枝の上で立ち上がり、至天杖を構えた。



◇◇ ◆ ◇◇



 勝てる。レミート・クンツァイトは僅かに口角を上げた。


 リリヤは仕留め損なったが、ブラックドラゴン目がけて攻撃してきた騎兵は退けた。敵の隊列は擦り減り続けている。

 流石に全滅までは難しいだろう。相手には無傷の要塞と橋がある。しかし、人間軍が南岸に渡ればレブロの制圧はほぼ完了だ。都市に籠った兵力は無視できないが、それも既に包囲済み。


 もっとも、余裕は全くない。奇襲的なレブロ制圧を目指した遠征作戦は兵站面で無理がありすぎた。レミート達追撃部隊はここ二日は絶食状態だ。本体も似たようなものだろう。

 仮設港の建設をはじめ兵站網は全力で構築中だし、レブロ以北の後方連絡線は蒼玉位サイグラズ・コランダル率いる部隊が防御しているから、いずれは改善する筈だ。しかし、まだ暫くは苦しい。


「流石に今回はリリヤ達も食料を焼く余裕はない……と良いなぁ」


 レミートは独り言を言う。お腹が空いていた。


 だが、そのときゾワリと背筋に悪寒が走った。次の瞬間、空を裂くような音が聞こえる。見上げると、巨大な魔力槍が見えた。こちらに向かって飛んでくる。


「統合魔術!!」


 思わず叫ぶ。何故今、と思うが考える時間はない。予想される着弾位置はレミートから近い。狙いはブラックドラゴンだろう。すぐさま魔力防壁を構築する。


 レミートの魔力防壁は正確に極大魔力槍の進路を捉えた。しかし、レミートの強力な防壁とて一枚で防げる筈がない。極大魔力槍は地面に突き刺さり、土を高く巻き上げる。外れた。長距離攻撃であれば、あり得る話だ。


「防御態勢を取れ! 次弾に備えよ!!」


 レミートは叫ぶ。統合魔術なら次の一撃まで少しの猶予がある。


 だが、空には既にもう一発、巨大な魔力槍が飛んでいた。


 統合魔術の使い手が複数? レミートの頭には焦りと疑問が混ざって渦巻く。

 大規模な統合魔術を連発するのは不可能な筈だ。なら二発続けて来るなら使い手は複数、当然の結論だった。しかし、統合魔術の使い手が二人居ることまではあり得るとして、統合魔術を放つ為には魔力を供給する魔術師が必要になる。統合魔術で一度に纏められる魔力は30人程が限度と推定されている。並の魔術師を30集めても古龍(エンシェントドラゴン)を遠距離から穿つような大火力は得られない。つまり統合魔術を連射するには精強な魔術師チームが複数必要なのだ。幾らなんでもこの局面でそんな戦力が湧いてくるとも思えなかった。

 加えて、1発目と今飛んでいる2発目の魔力槍が均一過ぎる。別のチームによって放たれたにしては規模、速度、形状共に違いが見受けられない。


 何はともあれ、レミートは再び防壁を構築する。今度はもう一枚、防壁が間に合ったが、二枚でもあっさり貫通されて終わる。再び魔力槍は地面に突き刺さった。


 そして、空には三発目が見えた。こうなれば統合魔術の線は消える。あり得るのは単体で統合魔術級の魔力を行使するバケモノ。もしそうなら、大戦時の悪夢『大魔術師フィーナ』に匹敵する。


 防壁を構築、3枚間に合うが魔力槍は全て貫通した。ブラックドラゴンに命中し、胴体に巨大な穴を穿つ。黒い巨体が倒れた。


 案の定、四撃目が飛んでくる。4枚の防壁が間に合ったが、全てが打ち抜かれ、また地面を抉る。

 外れだ。コントロールは必ずしも良くない。

 レミートはそろそろ打ち止めになってくれと祈るが、やはり五発目が飛来した。防壁4枚が貫通され、もう1体のブラックドラゴンの頭が消し飛ぶ。


 貴重な上位龍種を失った。


「私が強行偵察を行う! 分散し被害を抑えろ」


 レミートは叫び、飛行魔術を発動する。敵を確認しなくてはならない。


 疑似質量を噴射し、極大魔力槍の飛んできた西の方向へ。何発も見れば大まかな発射位置は分かる。


 警戒しつつ飛び、発射予想位置へ。1本の高木の上に人が居るのが見えた。木の周辺の地面にも人間が300人ぐらい居る。


 次の瞬間、樹上に多数の魔力槍が形成された。


 レミート目掛けて、樹上の人間から魔力槍が放たれる。数は30を超え、全てが対龍級だ。恐るべき対空攻撃、レミートは必死に横に飛び魔力槍を回避した。

 これ以上近付けば落される。レミートは距離を詰めるのを諦め、その場で魔力槍を2発構築した。1発を樹上の魔術師に、もう1発を地上の人間に向けて放つ。


 何れも強固な魔力防衛に阻まれた。しかも先程大量の対龍級魔力槍を放ってきた人間とは別の人間による防御だ。当人は既に次弾の魔力槍を構築している。


 レミート目掛け再び30を超える対龍級魔力槍が放たれる。最低限の状況は掴めたと判断し、レミートは後ろに向かって全力で飛行し回避する。そのまま反転し、東へ逃げる。


 東へ飛び魔族軍の所に戻り地上に降りると、ヤニックが駆け寄ってきた。


「レミート殿! 状況は?」


「西に人類、数は精々300人だけど1人バケモノが居る。さっきの極大魔力槍は統合魔術ではなく、個人の攻撃よ。他にも精鋭魔術師クラスが複数いるわ」


「個人でアレを? それでは……」


「ええ。フィーナ級の大魔術師ね。ただ、魔術制御は少し甘い」


「なるほど。倒せるか?」


「単体で孤立していれば、打倒は不可能ではないと思う。でも精鋭が護衛している現状では手の打ちようがない」


「ここに来てか……」


 ヤニックが奥歯を噛む。あと一歩でレブロを落せたのだ。


「撤退よ。ブラックドラゴンも倒された。このまま川の北岸を制圧するのは不可能だわ」


 敵歩兵はかなりの数を削っているが、未だ数の上ではレミート達が劣る。態勢を立て直されたらこちらが危ない。


「全軍撤退! 但し最後に一押して追撃を防止する。なるべく負傷者を増やせ!」


 レミートは声を張り上げた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく拝見しております。 最初はドグラスが主人公のドタバタ劇…だと思って読み始めたのですが、回が進むにつれ内容が盛り沢山になっていき、今では人類の存亡を賭けた一大戦争スペクタクル…的…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ