89 追撃部隊との交戦
「リリヤ殿、あと数時間で追い付かれます」
南下を続けたリリヤ達だが、いよいよ追撃部隊に捉えられようとしていた。
「ここまでね。戦闘態勢を取ります。但し領民兵の半数は南下を継続」
少数の殿を残して本体は南下を続けるという手もあるが、半端な兵力を残しても止められる敵ではない。戦力の大半を阻止に充てなければ時間さえ稼げない。
「承知いたしました。直ちに」
「敵は機動力のある編成です。横隊では回り込まれる。方陣を組みます」
リリヤ達のいる場所は細長い平原で、東に山脈、西に森がある。だが細長いと言っても山から森までは20キロ近くあり、横隊で塞ぐには広過ぎた。
行軍を止め、四角形の陣形を構築する。
長槍を携えた歩兵が四辺を作り中央に魔術師部隊とデベル家の剣士部隊が置かれた。
第二要塞群を目指し、南下を継続する領民兵2万4千を見送る。
程なく魔族軍が現れた。
魔族軍は縦長の陣形で接近してくる。十分距離を詰めると、そのまま突撃を仕掛けてきた。
先頭にいるのは狼型や鹿型などの四足獣系モンスターだ。四足獣系モンスターのすぐ後ろにはグリーンドラゴンが配置されていた。
「魔術攻撃! 剣士隊は押しとどめて!」
リリヤは叫び、自身も攻撃魔術を放つ。敵の前列にいた四足獣系のモンスターは攻撃魔術の直撃を受け倒れる。だが、その後ろのグリーンドラゴンは無傷だ。長槍でグリーンドラゴンの突撃は止められない。衝撃で歩兵が吹き飛ばされ、宙に舞った。
隊列に穴を空けたグリーンドラゴンにデベル家の剣士隊が斬りかかる。リリヤもグリーンドラゴンに挑もうとしたところで、視界の隅にそれが見えた。
空を飛ぶ魔族、レミート・クンツァイトだ。
「指揮権を移譲します!」
叫んで、リリヤは空へ上がる。
魔族の少女は穏やかな笑顔で宙に静止していた。
「リリヤ・メルカ殿、お久しぶり……という程でもありませんね。一手、手合わせを願います。ただその前に、アルガー・カッセル殿のご遺体は要塞の中庭に埋葬いたしました。城壁の石を仮の墓石として立てておりますが、いずれ相応しい物を。素晴らしい魔術師でした」
「そうですか……ご丁寧な対応、感謝いたします」
リリヤは頭を下げる。彼のことだ、強敵との戦いを楽しみ、笑って逝ったのだろう。
「では、改めて。紅玉位、レミート・クンツァイト参ります」
「リリヤ・メルカ! お相手します!」
空を高速飛行しながらの魔術戦が始まる。
技量はやはり互角だ。下の状況は気になるが、専念するしかなかった。
◇◇ ◆ ◇◇
「魔術師隊はグリーンドラゴンを攻撃しつつレッドドラゴンを警戒!」
リリヤから指揮権を引き継いだ北端砦の司令官が声を張りあげる。数こそこちらが多いがやはり質の面では圧倒的だった。1体のグリーンドラゴンに対して数名の剣士と魔術師が対処しているが、押されている。高位魔族とは最精鋭の魔術師や剣士が交戦していた。
「北辺に後半列の兵士を送れ!」
方陣だと攻撃を受けていない方向の兵士が遊兵になる。敵も今更別方向から再突撃はしないだろう。現在攻撃を受けている北側に兵士を送り、隊列を厚くする。
必死に戦い、陣形を維持しているが、犠牲が積み上がっていく。やはり質が違う。
空ではリリヤとレミートの壮絶な戦闘が繰り広げられている。戦況は互角だ。
羽ばたきの音がした。レッドドラゴンだ。10体程が翼をはためかせて飛び上がり、低空から炎のブレスを吐き出す。魔術による防御が行われるが、全ては防げない。多くの兵士が炎に巻かれた。
魔術師部隊はレッドドラゴンに攻撃魔術を叩き込み、押し返す。ただ、ドラゴンは防御が硬く生命力も強い。ほとんど殺せてはいないだろう。
やはり、勝てそうにない。ならばリリヤ・メルカと銘杖ランタナだけは失う訳にはいかない。北端砦の司令官は考え、叫ぶ。
「魔術師隊はリリヤ殿を援護!」
◇◇ ◆ ◇◇
リリヤとレミートの戦いは、壮絶ながらも膠着していた。力量が互角のため互いに相手を崩せないのだ。大威力の魔術を少数撃っても躱されるし、小威力の魔術を多数放てば防壁に弾かれる。
視線を送る余裕もないが、下の状況が悪いのはリリヤも感じている。焦りはあった。
と、その時下から攻撃魔術が打ち上がった。レミートを狙った援護射撃だ。そんなことをすれば、当然地上の戦いが不利になる。隊列が崩壊しかねない。だが、司令官の意図は分かった。リリヤの高速飛行について行けるのはレミートだけだ。レブロ辺境伯軍主力が壊滅してもレミートさえ倒せていれば、リリヤだけは離脱出来る。
何にしても、ここで攻めるしかない。リリヤは防御を捨て、対龍級の魔力槍を5発構築しつつ、真っ直ぐレミートに向けて突撃した。
対してレミートは下方向に魔力防壁を展開して地上からの攻撃を防ぎながら、後方に離脱しようとする。
リリヤが構築した魔力槍のうち4発を斉射、地上の魔術師も精鋭がレミートの未来位置を読んで魔力槍を放っている。
横と下からの十字砲火、それでもレミートは地上からの攻撃は防壁で防ぎ、リリヤの魔力槍も躱しきる。
リリヤはレミートに接近する。構築済みの対龍級魔力槍が残り1本、レミートがそれを警戒しているところに、リリヤは手にした銘杖ランタナを力一杯投げ付けた。
構築済み魔術の保持中に家宝の杖を投擲するのは流石に予想外だったのだろう、レミートは対処できず、杖は頭部を直撃する。飛行の勢いも乗った杖の衝撃は大きい、レミートの体が仰け反る。
リリヤはレミートに肉薄し、魔力槍を叩き込む。回避は不可能。レミートは魔力防壁を広げ防ごうとするが、咄嗟に広げた弱い防壁は魔力槍の軌道を僅かに逸して砕けた。魔力槍がレミートの太腿を大きく抉る。
だが、レミートは顔を歪めながらも疑似質量放射で加速し離脱を図る。至近距離の疑似質量放射でリリヤは一瞬体勢を崩した。
血を撒き散らしながら、レミートは魔族部隊の中程に向け飛ぶ。
リリヤは追撃して仕留めようと魔力槍を構築するが、今度は地上の魔族が大量の攻撃魔術を打ち上げてきた。
避け切れない密度の攻撃だ。魔力防壁を構築して防ぎきる。攻撃が途切れた時にはレミートは魔族部隊の中に着地していた。これ以上の追撃は無理だ。重症は負わせたが、殺し切れなかった。
リリヤはランタナが落ちた地点に向けて降りる。グリーンドラゴンとデベル家の剣士が死闘を繰り広げていた。グリーンドラゴンの頭部を上から撃ち抜き仕留めると、杖を拾う。
隊列は崩壊しかけていた。リリヤへの援護にリソースを割いたことも原因だが、そうでなくても時間の問題だっただろう。高位魔族と隷化龍種の数が多すぎた。
リリヤは再度飛行し、少しでも敵を押し留めるべく魔族部隊に上から攻撃をする。
だが奮戦虚しく、北側の隊列に完全に穴が空いた。
身体強化で限界まで声量を上げ、リリヤは叫ぶ。
「魔術師隊! 全力攻撃! 他はバラバラに逃げて!」
組織的な戦闘はもう不可能だった。敵は強いが、数はこちらに比べ少ない。このまま戦い続けるよりは僅かでも逃げ切れる可能性にかけた方が良い。
リリヤは地上に降り、全力で魔力弾を構築する。魔族部隊に向け、構築完了と同事に発射した。即次弾を構築、攻撃を繰り返す。
敗走が始まる。魔術師の攻撃により、魔族はまだ完全な追撃戦には移れていない。一秒でも長く止める。そして、リリヤ自身は死ぬ訳にはいかない。人類領域の守護を最優先するなら、魔術師隊を見捨てて飛行して逃げる必要がある。胃が痛み、寒気がした。
と、その時の誰かが「東に騎兵!」と叫んだ。
東は山地だ。何を見間違えたのだろうとリリヤは視線を向ける。だが、確かに旗がはためいていた。
4枚の葉と槍、ウェンスト公爵旗。ならば、そこに誰がいるのかは明白だった。スコーネ連合国の盟主にして、武人としても名高い女傑。
「ウェンスト公、バーバラ・ウェンスト……」




