87 戦闘後
敵の数が多かったこともあり、戦闘が終了し一息付けたときには夕方だった。
朱色の空の下、俺は木製の簡素な椅子に腰をかけていた。
今後についての話し合いということで、ユリアン王子が主だった人を集めたのだ。
メンバーはユリアン王子、パトリス・ジアン、俺とブリュエットさん、近衛騎士団の団長さん、有力諸侯が5人と、概ねフレティーツァ城での会議と同じだ。
「まず状況の確認だ。こちらの損害は宮廷魔術師1名、近衛騎士62名が死亡、その他は集計中だが概ね死傷者6千、うち半数は死亡という目算だ。あの規模の魔族軍を殲滅したことを思えば非常に少ない。皆に感謝する」
ユリアン王子が述べる。魔族軍と戦えば倒した敵の数の数倍死ぬのが通常だ。望外の大勝利と言える。とはいえ、損害軽微とは言い難い。死者の埋葬だけでも一苦労だ。ちなみに宮廷魔術師と近衛にも負傷者は居たが魔術で治癒済みである。
「さて、今後だが……」
ユリアン王子がこちらを見て、目が合う。
「殿下、私はレブロに向かおうと思います。まず間違いなく主攻はあちらですので」
俺がそういうと隣にいたブリュエットさんが「私も行きます」と親指を立てる。
「俺も行くぞ?」
当然、といった感じでユリアン王子が言う。
「良いのですか?」
「ヴェステル家がカッセル家を救援しないなど、あり得ん。このまま帰還などしたら父上の信任を失ってしまうよ」
ユリアン王子は「ハッハッハ」と笑った。頼もしく、ありがたい話だ。
「我々も協力させていただきます。少々暴れ足りないですしな」
と有力諸侯の一人、ルベボー伯が言う。他の諸侯もうんうんと頷いた。
「皆様、ありがとうございます」
俺は深く、頭を下げる。エリーサ様にも後でちゃんと感謝状とか書かせよう。
「とは言え、少々日数は掛かってしまいますね。ここからは無人地帯ですし。レブロ北端まででも最低10日は見る必要がある」
眉間に小さく皺を寄せ、パトリスさんが言う。レブロまでは完全に無人なので食料は全て運ばなくてはならないし、道も整備されていない。迅速な行軍は難しい。もしレブロが完全制圧され、魔族に守りを固められてしまうと状況は厳しくなる。
とはいえ、手はある。
「少数の精鋭部隊なら山脈を越える手もあります。都市プガルトの近くに出られるルートがありますので」
俺の言葉にユリアン王子が頷いた。
「なるほど、それは良い。ならば部隊を分けよう。少数の別働隊でプガルトを目指し、本体は平地を進みレブロ北端に向かう。良いか?」
「構いませんが、どう分けますか?」
「近衛騎士200と宮廷魔術師の10名、後はサポートに冒険者でも集めて別働隊としよう。俺は別働隊に入る。本体の指揮はパトリスが執れ」
ユリアン王子が変なことを言い出した。本体と別働隊逆じゃないのか? そんな皆の疑念を代表してルベボー伯が口を開く。
「殿下が本体でなくて良いのですか?」
「ああ。『宝石持ち』クラスとの戦闘が発生した場合に備え、パトリスは本体に置いておきたい。戦力分配としては無難だろう」
なるほど。魔族は過去の大戦でフィーナに退路を断たれ敗北している。後方連絡線の守備には相当な戦力を回しているかもしれない。最悪のケースとしては『宝石持ち』との戦いも想定すべきだ。
一方、別働隊がレブロ辺境伯軍との合流前に本格的な戦闘をする可能性は低い。パトリスさんを本体に置く判断は妥当だ。
「承知いたしました。本体を預かります」
パトリスさんが返す。
「では今日はここで夜営し、明日払暁と共に出発だ。今夜のうちに手筈を整えよう。引き続き忙しいぞ」
ユリアン王子が宣言する。
ちょうど日が沈み、慌ただしい夜が始まった。
ユリアン王子を中心にフレティーツァ城への伝令を出したり、兵站計画を練ったり、遠征の準備が急ピッチで進められていく。
俺や宮廷魔術師の面々は負傷者の治療を担う。重傷者が並べられた列に、治療魔術をかけていく。俺とブリュエットさん、パトリスさんは四肢欠損レベルの負傷者の担当だ。
右手の肘から先が千切れてしまった若い男性が「手が、手が」と青い顔で呻いている。止血は既に済んでいるので、隣にしゃがんで手を翳す。
「はいはい、大丈夫。生えますよ」
努めて軽い感じで言って、詠唱を始める。『生命再生』を発動して腕の再生開始を確認後に次の負傷者へ。
数が多いので大変だが、彼らは回復後に「対魔族戦闘の経験者」という貴重な人材になってくれる。モンスターを組織的に操る魔族軍との戦いは人間同士の模擬戦闘や野生のモンスター討伐では再現出来ない。無理をしてでも全て救う。
と、見知った顔があった。冒険者のポールさんだ。左手の手首から先が無くなっている。
「ポールさん、お疲れ様です」
「ド、ドグラスさん……すまん、ミスっちまいました」
辛そうではあるが、ちゃんと喋れてるし大丈夫だ。ミスをしたと言うが、ポールさんはベテラン冒険者である。きっと仲間を庇いでもしたのだろう。
「このぐらいなら、早めに復帰できますね。肘からやられてると時間かかりますが」
手を翳して『生命再生』発動、ポールさんが「ありがとう」と言うので親指を立ててグッとやっておく。
しかしポールさん、ベテラン冒険者かつ対魔族戦闘の複数回経験者って、中々の人材だ。そこそこの立場で奉職できそうである。
と、そう言えば
「ガエルさん達は無事ですか?」
「ああ、あの3人は後ろの方でサポートに回って貰ったから無事だよ」
「良かった。さ、これで大丈夫です」
ポールさんの治療を終え次へ。先は長い。治癒魔術を繰り返し、流石に魔力が尽きる。少しだけ仮眠して、また治療を再開する。
朝焼けが始まる頃、ようやく治療が終わった。
地面に座り込んでいると、ユリアン王子がやってきた。立ち上がろうとしたが「いや、俺も座る」と止められる。ユリアン王子は俺の正面に胡座をかいて座った。
「ドグラス殿、兵の治療に協力ありがとう。こっちも準備は終わった。何時でも出られる」
ユリアン王子の顔には疲労の色が濃い。たぶん俺も同じような顔だろう。
「ありがとうございます。では、明るくなってきましたし、出ますか」
疲れたから休んでから、と真っ当な事は言っていられない。魔族が本気ならレブロがいつまで耐えられるか分からない。『統合魔術』なしではかなり厳しい筈だ。
「ああ。そうしよう」
俺とユリアン王子は立ち上がった。
とても更新が滞ってすみません。
読んで頂きありがとうございます。




