86 サルドマンド平原の戦闘
俺達ヴェステル王国軍は行軍を再開して無事に魔族野戦陣地近くに到着した。攻撃の為に戦闘形態へ変更を行う。
4万程の歩兵で巨大な横隊を作る。大半は槍を持った歩兵だが、戦士や魔術師も含まれているし弓兵もいる。混成の歩兵部隊だ。
その後方に5千程の騎兵部隊を4つ。別にユリアン王子率いる近衛騎士が千人程いる。近衛は全員が闘気運用のできる"戦士"で構成された精鋭だ。
残りの2万8千は少し離れた後方で予備として待機させる。予備が多いが、森と沼に挟まれた横2km程の地形での戦闘だ。一度に戦闘に参加できる戦力には限りがあるので仕方ない。
俺と宮廷魔術師隊は歩兵横隊の後方、中央付近に居た。ヴェステル王国軍はじわじわと魔族軍へ向け前進していく。
「そろそろです。停止を」
俺がそう言うとラッパが鳴らされ、少しして軍団が停止する。魔族の陣地まではまだ距離があり、魔族の魔術攻撃の射程圏外だ。古龍のブレスもこの距離なら怖くない。一方、長射程の『統合魔術』は十分に敵陣地を射程に納めている。
「では、手筈通り私は前に出ます。ご武運を」
そう言ってパトリスさんが歩み出す。
その手には真っ黒な杖。親指ぐらいの太さの真っ直ぐな棒で、装飾は一切ない。ジアン家に伝わる家宝の杖だ。誰がいつ作ったのかは分かっておらず、材質も全く不明。ただ、鼻を近づけると僅かに花のような香りがするため『黒杖押花』と呼ばれていた。
「パトリス殿もご武運を。よろしく頼みます」
パトリスさんは統合魔術には参加しない。敵の攻撃への備えとして護衛役をしてくれる予定だ。
「では、始めましょう」
近くに手頃な岩があったので、その上に立つ。高さは子供の背丈ぐらい。大した高さではないが、これで前方の歩兵に視界を遮られずに済む。木製の台も準備していたが、こっちの方が安定感がある。
俺は統合魔術の構築を開始した。俺とブリュエットさんを含めて合計22名、十分な魔力量を確保できる。
自分の魔力を手の平の先に球形に保持する。まずはブリュエットさんから渡された魔力を巻き込み、保持魔力を大きくする。
順番に魔力を受け取る。雪原で雪玉を転がして大きくするイメージで、保持魔力を巨大化させていく。
全員分の魔力を保持し終えた。膨大な魔力が俺の眼前に渦巻いている。それを攻性変換、槍状に成型し、狙いを付ける。
統合魔術第一射、射出。
放たれた極大魔力槍は緩く弧を描いて飛ぶ。
2枚、空中に魔力防壁が展開された。初撃に咄嗟の防御を合わせてくるとは凄まじい使い手だ。だが、その程度で防げる威力ではない。極大魔力槍は防壁をあっさり砕き、古龍の右の後ろ脚に直撃する。
ウォォォルゥゥゥ
古龍が苦痛に吠える。今の威力なら肉は大きく抉れ骨にもダメージがある筈だ。重傷を負った足で巨体を支えるのは難しい。恐らく立っているのがやっとだ。これで古龍の移動能力は大きく制限された。
初撃成功。魔族軍はここからでも分かる程に動揺している。
即座に第二撃の構築を始める。先程と同様に極大魔力槍を構築し、放つ。
狙うは古龍の胴体、今度は4枚の魔力防壁が進路に差し込まれるが、貫通し直撃する。再び古龍が鳴いた。
第三射は魔族が作った土塁を狙う。何も古龍だけを狙う必要はないのだ。魔力槍は軽々と土塁を抉り、周囲に居た魔族やモンスターを吹き飛ばした。
古龍が苦しみながら、こちらに向けてブレスを放ってくる。だが、古龍のブレスは距離減衰が大きく、この距離なら容易に対処できる。パトリスさんのものと思しき魔力防壁が空中に展開され、ブレスを防いだ。
第四撃の構築が終了、再度古龍の胴体に向け放つ。迎撃の魔力弾が多数放たれ、10枚を超える防壁が展開された。迎撃弾の命中は1発のみだったが、防壁は9枚が軌道を捉え、着実に魔力槍の威力を削ぐ。防壁を全て貫通して古龍の胴に命中するが、大きなダメージはなさそうだ。
魔族が動いた。大量のモンスターが土塁を越えて走り出てくる。後から魔族も続く。
陣地から出撃し、ヴェステル王国軍に攻撃を仕掛けるつもりらしい。このままでは射程距離外から一方的に撃たれ続けるのだから当然の選択だ。
モンスターが射程に入ると、ヴェステル王国軍歩兵部隊の魔術師と弓兵が攻撃を開始する。幾らかのモンスターが倒れるが、全体の勢いは変わらない。
モンスターの後ろにいた敵魔族も魔術攻撃を開始し、距離を詰めつつの撃ち合いになる。
ここまでは全て想定通り。
五発目の統合魔術は古龍の足元を狙う。その辺りに先程の攻撃を防御した高位魔族が居るはずだ。軌道が低い分防ぎ難いのだろう、今回は7枚の魔力防壁を突き破り着弾した。土砂が吹き上がる。
ここからだと敵の被害状況はよく見えない。しかし、無傷ということもあるまい。
陣地から出た魔族軍はモンスターを前面に出す形で突撃してくる。それをヴェステル王国軍の歩兵部隊が槍を構えて迎え撃つ。
近接戦闘が始まった。牙が、槍が、爪が、剣が、魔術が、互いを屠らんと荒れ狂う。
一般的に魔族軍は人間軍より強い。しかし、ヴェステル王国軍の隊列は分厚く、簡単に抜けるものではない。
その間も統合魔術の構築は続けている。第六射も古龍の足元へ。今度は防壁4枚を貫通し着弾する。
更に魔族側に動きがあった。
敵陣からレッドドラゴンとグリーンドラゴンが飛び出してくる。魔族も追加で出てくる。高位魔族も含まれているようだ。
ドラゴンと高位魔族を核とした強力な打撃部隊を繰り出してきた。これで隊列を砕き、俺達を攻撃して『統合魔術』を止める気だろう。真っ直ぐこちらに向かってくる。
更に敵陣地の右、森のある側からもモンスターが出撃する。森の中を移動し横から攻撃するつもりだ。
「近衛騎士団下馬して前へ! ドラゴンを止めるぞ! ルベボー伯! 側面防御を!」
ユリアン王子が身体強化魔術で声量を上げ、指示を飛ばす。騎兵部隊一つで森を抜けてくるモンスターを防ぎ、自らは近衛とドラゴンの相手をするようだ。
俺は第七射の極大魔力槍を古龍の頭部目掛けて放つ。魔力防壁13枚が魔力槍の進路を塞ぐ。全てを貫通するが、威力は削られ古龍への打撃には至らない。敵は古龍の防御体制を整えたようだ。
俺は思わず笑った。敵の動きは幾つかのパターンを想定をしていたが、悪手を選んでくれた。
「統合魔術中断! 前に出ます!」
俺は叫び、身体強化魔術を発動して走り出す。今、古龍の周りには対統合魔術の護衛として多数の高位魔族が居る筈だ。ここで俺達が統合魔術を中断して前線に出れば、その高位魔族達が一時遊兵になる。
合理的に考えれば、ここは古龍を諦めるべきなのだ。だが古龍は隷化龍種の中でもずば抜けて貴重だ。咄嗟に切り捨てる判断は難しいのだろう。
ブリュエットさんが隣にピッタリ付いて来てくれる。他の宮廷魔術師も続く。
歩兵隊列を抜け、混戦の真っ只中に突撃する。
既に敵精鋭とヴェステル近衛騎士団が激戦を繰り広げていた。その戦闘に奇襲的に乱入する。
俺は目に付いたレッドドラゴンに多層魔力槍を5発同時射出する。魔力槍は胴体と翼に直撃し、血肉を撒きながらレッドドラゴンが倒れる。まずは一体。
視界の隅にユリアン王子が見えた。グリーンドラゴンの首を斬り落とすところだった。グリーンドラゴンの装甲皮膚は並の闘気量では斬れない。噂通りの強さだ。流石は戦士バルテルの末裔である。
パトリスさんの背中も見えた。一人で何体ものグリーンドラゴンの相手をしている。
ハイオーガが殴りかかってきたので魔力弾で頭を潰し、俺は次の敵を探す。
灰色のローブを纏い杖を持った小柄な高位魔族を見付けた。ブリュエットさんに目配せして、魔力弾を構築する。
中威力の魔力弾20発の同時発射で高位魔族を狙う。半数は軌道を制御し、頭上から落ちるコースを取らせる。
魔族は全周に魔力防壁を展開して魔力弾を防ぐが、直後にブリュエットさんの全力の魔力刃に防壁ごと斬り裂かれた。最近俺とブリュエットさんの息はピッタリだ。
他の宮廷魔術師達も攻撃をしかけ、中央付近ではヴェステルが優位になっている。
とはいえ、やはり一筋縄ではいかない。俺とブリュエットさんには高位魔族が4体で纏まって攻撃を仕掛けてきた。
一般兵や中堅程度のモンスターもそこらで戦っているので、大乱戦になる。
古龍の護衛をしている高位魔族が来る前にどれだけ削れるかが勝負だ。
宮廷魔術師と近衛騎士、ヴェステル王国の最精鋭は1体、また1体とドラゴンと魔族を倒していく。
だが、全てを倒す前に猛烈な勢いで敵陣から二十数体の魔族が飛び出してきた。その集団の先頭にいる魔族の胸には巨大なエメラルドのブローチ。
『宝石持ち』、最高位の魔族だ。筋骨隆々の男性で、絹のサテンで作られた濃緑の上着に白いズボンを合わせ、手には黒錆た金属製の杖を握っている。髪が真紅、肌が青紫色でなければヴェステル王国の貴族によくいるタイプだ。
たぶん俺では勝てない強敵だが、こちらにはパトリスさんが居る。
俺とブリュエットさんはちょうど高位魔族2体を仕留めたところで余裕が生じた。俺が目配せするとブリュエットさんが頷く。
俺は相対していた魔族をブリュエットさんに任せると、パトリスさんが交戦しているグリーンドラゴン2体と高位魔族2体の集団を狙って魔力槍を放ち、魔力槍を追うように突撃する。
行動で示した『その4体こっちで持つのでエメラルドお願いします』の意図は無事に伝わったらしく、パトリスさんはエメラルドの宝石持ちへと向かった。
俺の放った魔力槍は躱されたが、4体は無事俺の方にターゲットを移してくれた。反撃で魔力槍が飛んでくるのをゆるりと躱す。
「翠玉位、コーリアス・フローレグ!」
「ヴェステル王国宮廷魔術師首席、パトリス・ジアン!」
名乗りが上がった。あちらも戦闘が始まったようだ。俺も戦いながらではあるが、注意を払う。隙を見て何とか援護したい。
パトリスさんはまずは小手調べという感じで、対龍級の魔力槍を8発形成し一斉に放つ。対して、魔族コーリアスは事も無げに、自分に当たるコースを取る魔力槍3本だけを魔力弾で撃ち散らす。なるほど、流石は『宝石持ち』だ。魔術制御の水準は極めて高い。
観戦ばかりもしていられない。俺はグリーンドラゴンが突撃して噛み付いて来るのを上体を逸らせて躱し、爆裂型魔力弾を大開した口に放り込んで頭を吹き飛ばす。まず一体。
パトリスさん側に視線を向けると、コーリアスが周囲に十数発、杭状に魔力を成型していた。パトリスさんに向け一斉に放たれる。魔力杭は鋭角のカーブを繰り返し幾何学的な軌跡を描いて迫る。流石のパトリスさんでも回避は困難だろう。全周防御で防げるかは不明、集弾して貫通力を発揮するように軌道制御されているかもしれない。
パトリスさんは手にした黒杖の先から攻性変換しただけの魔力を迸らせ、杖を振るった。魔力は桶で水を撒いたように広がり、広範囲の魔力杭を捉えた。魔力杭は消滅こそしないが、威力を削がれ制御を乱され、弱々しく明後日の方向に飛んでいく。撃ち漏らしが数発出るが、それは身を捻り躱す。
パトリスさんが放った魔力の波はそのままコーリアスに向かう。貫通力のない防御の余波だ、魔力防壁が展開されあっさりと防がれる。
そのまま中距離での撃ち合いに移行する。互いの力量はほぼ同等だ。これでは決着は簡単には付かない。
俺は俺で、魔族と魔術の撃ち合いを行っていた。2対1だし、グリーンドラゴンもこちらの隙を伺っている。だがそれでも俺が押していた。しかし、もう数手で敵を崩せるというところで、ハイオーガが7体俺に向かって突撃してくる。
俺は敵の意図を察し魔力防壁を構築、前面に展開した。ハイオーガの攻撃が脅威でないのは敵も分かっている、これは単なる目隠しだ。
案の定、ハイオーガの胴体が抉れ、対龍級の魔力槍が4発飛んできた。1発が俺の防壁に直撃し砕ける。
俺は風魔術を構築し、放つ。猛烈な風圧が瀕死のハイオーガを吹き飛ばし、体が高位魔族に向かって飛んでいく。敵は一瞬対応に迷ったようだった。そんな隙は当然逃さない。地面を蹴り、突進しつつ魔力槍を6発構築する。魔族達はハイオーガの体を躱した、そこに魔力槍を3発ずつ叩き込む。近距離からの魔力槍に対応できず、2体の高位魔族はそれぞれ胸と腹を貫かれる。
残ったグリーンドラゴンが突っ込んで来るが1対1なら怖くはない。魔力防壁で防ぎ、止まったところに対龍級の多層魔力槍を叩き込む。首の付け根に直撃した魔力槍が皮膚を裂き肉に食い込んで爆発し、グリーンドラゴンの首が千切れる。
俺がフリーになったことに気付いたのか、空からレッドドラゴンがブレスを吐いてくる。大きく横に飛んで躱す。
レッドドラゴンは一旦放置だ。俺はパトリスさんと撃ち合いを続けているコーリアスに向け、横から魔力槍を放つ。パトリスさんも多数の魔力槍を撃ち込んでいる。十字砲火は躱しきれるものではない。コーリアスはパトリスさんの魔力槍を防壁で防ぎ、俺の魔力槍は回避で対処しようとする。
コーリアスは奇跡的な動きで魔力槍を躱すが、パトリスさんは距離を詰め追撃の魔力槍を叩き込む。防壁は砕け、パトリスさんの一撃はそのままコーリアスの胸を貫いた。
コーリアスが静かに倒れる。
事実上、勝負が付いた。
フリーになったパトリスさんは次々と残った高位魔族を討ち取っていく。俺もまずはレッドドラゴンを落とし、ブリュエットさんと合流して残ったドラゴンと高位魔族を殲滅していく。
敵の精鋭が消えれば後は作業だ。そのまま中央付近の敵を宮廷魔術師と近衛で叩き、空いた穴から騎兵が後方に回り込む。分断包囲、後は四方から攻撃し殲滅していく。
森の中にいたモンスターはパトリスさんが操っていた中位魔族を優先的に狩り出し、統制を失って散り散りになった。
古龍については再度『統合魔術』を行使して息の根を止め、陣地内に残った敵は近衛騎士が突入して制圧。
こうしてヴェステル王国軍は勝利した。




