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80/107

80 撤退


 北端砦を放棄したリリヤ達は第一要塞群を目指し、平原を南下していた。

 移動速度を優先し、武器も防具も大半を放棄している。一般兵の持ち物は片手剣と水筒のみだ。北端砦から第一要塞群まで、野営はおろか大休止もなしで一気に進む予定でいる。


 リリヤ達魔術師部隊は殿を務めていた。砦からまだそう離れていないが、耳を澄ませても北端砦での戦闘音は聞こえない。残してきた老人達は全滅したのだろう。

 当然、敵の追撃に警戒しなくてはならない。ただ、ほぼ身一つで逃げるリリヤ達は速い。速度を重視した追撃用の別動隊でなければ追い付くのは不可能だ。そして、追撃部隊への対策は打ってある。

 リリヤは第一要塞群に対して、発光信号で支援部隊の出撃を要請していた。騎乗した精鋭部隊がこちらに向かっている筈だ。

 追撃部隊は見方を変えれば少数で突出した敵である。支援部隊と合流すれば逆襲し、殲滅することもできる。


 但し、支援部隊との合流前に極めて機動力の高い敵が襲って来る可能性もあった。そうなれば、手札の切りどころだ。

 さて、来るかどうか。


 交代で背後を警戒しつつ、進む。暫くして見張り役が叫んだ。


「ブルードラゴン! こちらに来ます! 合計10体!」


 リリヤは振り返り、空を見る。青い翼を広げ、竜が飛んでいた。

 ブルードラゴンは飛行速度に優れる。案の定だ。


「私が迎撃します。皆は進み続けて!」


 リリヤは叫ぶ。半端な援護は邪魔なだけだ、魔術師隊も含め仲間には南下を継続させる。


 ブルードラゴンは翼を広げると8メートル程にもなり、背に人を乗せて飛ぶことができる。下からでは見えないが、ドラゴンを操作する魔族も上に乗っている筈だ。

 それが10体、数は少なくとも強大な戦力である。


 リリヤは笑った。敵を削るチャンスだ。


 リリヤは銘杖ランタナを構え、魔術の構築を始めた。竜をじっと見つめ間合いを測る。タイミングが重要だ。

 羽ばたきの音が聞こえる距離になる。ブルードラゴンのプラズマブレスの射程に入る少し前、リリヤは魔術を発動し――飛んだ。


 風を切り裂き、瞬く間に高く、空へ。


 リリヤが行使しているのは疑似質量噴射による高速飛行魔術。それは最高難易度の魔術の一つだ。当代においての使い手は恐らく人類で彼女のみ。

 過去の戦闘でも魔族にこの魔術は見せていない。


 水平方向に疑似質量を噴射し、ブルードラゴンに突撃する。

 突然のことに、ブルードラゴンとそれを操る魔族は対処できていない。

 対竜級の魔力槍を3発を同時に構築し、放つ。狙い違わず、青い魔力槍はそれぞれ別のブルードラゴンの胴体を直撃する。


 3体の竜が背に乗った魔族ごと、落ちていく。


 リリヤは攻撃の手を止めない。急上昇してブルードラゴン達の上を取ると飛行を解除する。自由落下しつつ、対竜級魔力槍を6つ構築、即座に撃つ。背に乗るのは恐らく高位魔族だ。防御魔術の展開を想定し、各2発ずつ3体の竜を狙う。


 敵は回避行動を取るが、全力で前に向け飛んでいたところに真上からの攻撃だ。簡単に躱せるものではない。

 魔術防壁が展開されるが、1発目の魔力槍が防壁を砕き、2発目が竜を穿つ。3体の竜が落ちていく。


 残り4体。


 再び疑似質量噴射による飛行を発動し、不規則かつ高速で機動する。竜の背に乗った魔族が魔力槍をリリヤ目掛け撃ってくるが、当たらない。プラズマブレスも放たれるが、同様に外れる。


 ブルードラゴンが飛行に優れるとは言っても、真っ直ぐ飛ぶのが速いだけ。巨体ゆえに小回りは利かない。対するリリヤの空中機動能力は猛禽類すら上回る。こと空での戦いとなれば敵ではない。


 このまま殲滅できる――そう思ったとき、リリヤはゾクリと悪寒を感じた。直感に従い、北端砦側に目をやる。人型の何かが空を裂き、恐ろしい速度で迫ってきていた。


 リリヤは爆裂型魔力弾3発を構築、飛んでくる人影に向けて放つ。

 爆裂弾は真っ直ぐ飛び、人影が放った魔力弾に迎撃され途中で炸裂した。


 残ったブルードラゴンは進路を北に、撤退するようだ。逃げる背を撃ちたいが、リリヤは欲張るべきではないと判断する。案の定、人型の敵からお返しとばかりに魔力弾が放たれる。即座に魔力弾を構築し迎撃、空に爆炎が生じる。


 間違いない。アレはリリヤと同じ飛行魔術を使う魔族だ。


 敵がはっきり見える距離になる。

 綺麗な娘だな、とリリヤは思った。鮮やかな紫の髪に同じ色の瞳、肌の色素は薄く、目鼻立ちは作り物のように整っている。身にまとうローブも紫で、胸元には大きなルビーが赤く輝いていた。手にする杖は赤黒い金属製、リリヤの知識にはないが魔族に伝わる名杖だろう。


 魔族は空中に静止する。リリヤも同じく止まり、杖を握る手に力を込める。


 魔族は微笑み、空中で一礼した。


「紅玉位、レミート・クンツァイトと申します。かのセシリアの杖、ランタナの継承者ということは、貴殿はカッセルでしょうか?」


 落ち着いた穏やかな声だ。見た目だけならリリヤより年下に見えるが、魔族の実年齢はよく分からない。


 リリヤは礼を返し、口を開く。


「いえ、カッセルの血も入ってはいますが、私は家臣です。銘杖ランタナは代々カッセル家とその配下の魔術師のうち最も優れた者が継承していますので。リリヤ・メルカと申します」


「なるほど。実力主義とは流石はカッセル。我々魔族とも気が合いそうです」


「胸元のルビー、こちらでは宝石ごとの序列を把握しておりません。伺っても?」


 リリヤは折角だからと思い、質問する。


「ああ、席次ですね。ダイヤ、サファイヤ、ルビー、エメラルド、トパーズの順です。なので私の紅玉位は3位にあたります」


「ご丁寧にどうも。では、始めましょうか」


「ええ。空で戦える日が来るとは思いませんでした、この巡り合わせに感謝を。参ります」


 その言葉を合図に、リリヤは爆裂型の魔力弾を構築し即座に射出する。敵の魔族、レミートも同じく魔力弾を放っていた。


 両者の魔力弾が衝突、炸裂し爆炎が視界を遮る。


 レミートの姿が見えなくなると同時に、リリヤは真上に飛んだ。上昇しつつ、魔力槍も構築する。


 爆炎の上に抜けると、目の前にレミートが居た。周囲に十数発の魔力刃を構築している。向こうも急上昇したのだ。

 目が合う。”動きが被りましたね”と言われたような気がした。


 リリヤは魔力槍を放つ。同時にレミートの魔力刃も解放される。


 真後ろに飛び、相対速度を殺しつつ刃を躱す。回避は成功、しかしレミートも魔力槍を避けきっていた。


 高速で機動しながらの、中距離射撃戦に移行する。魔力弾が、魔力槍が、飛び交う。


 能力はほぼ互角だった。


 極限の集中下で、時間がゆっくり感じられる。

 迫り来る魔力刃と爆裂魔力弾の混合攻撃、爆裂弾だけは魔力弾で迎撃し、魔力刃の間を身を捻ってすり抜ける。


 リリヤは自分が笑っていることに気がついた。視線を向ければレミートも花が咲くような笑顔。


 次の魔力刃が生み出される。敵ながら綺麗な魔術だ。早く、それでいて緻密。

 だが、リリヤも負けるつもりはない。貫通型の魔力弾を十数発構築し、変則軌道で放つ。


 互いに空を駆け回避する。


 躱しきった時点で二人の高度はほぼ同じ。そこで、レミートが仕掛けてきた。


 体を地面と水平にして被弾面積を最小化、小さく厚い防壁を展開して、リリヤ目掛け突撃してくる。


 中距離射撃戦ではどちらかがミスをして被弾するまで戦闘が長引く。リリヤの仲間は今も撤退を続けているのだから、レミートが早期決着を図るのは当然だ。


 リリヤは対竜級魔力槍一発と爆裂魔力弾三発を生成する。魔力槍はレミートへの直撃コースで射出、魔力弾は少しずつ外し周辺空間を狙う。


 レミートがそのまま進めば魔力槍が命中し、下手に躱せば爆裂弾に捉えられる。

 そんなリリヤの攻撃に対して、レミートは疑似質量噴射を解除、その分の魔力で全周防御を展開し、身を捻って空気抵抗を使って下へ槍を躱す。爆裂弾が炸裂するが、全周防御に防がれる。


 レミートに肉薄された。全魔力を攻防に回すべく、リリヤも飛行魔術を解除する。


 互いに防壁を展開し、近距離で撃ち合う。回避は困難、構築速度の競い合いだ。


 拳闘士の殴り合いの如く、攻撃魔術が応酬される。


 迎撃しきれなかった攻撃が防壁を軋ませる。

 と、レミートが防壁を自分から解除した。強力な魔力刃を構築し、放ってくる。防壁を裂いて魔力刃が迫る。必死に身を捻るが、躱しきれない。


 リリヤの左手が飛んだ。即座に火炎魔術で焼いて止血する。


 奥歯噛み、痛みに耐える。


 だが、目をやるとレミートも腹を押えていた。リリヤの魔力弾が命中したようだ。


 互いに重症だが、ややリリヤの傷の方が深い。

 まずい、と思ったとき馬の足音が聞こえてきた。リリヤの呼んだ支援部隊だろう。支援部隊には北端砦戦に間に合わなかった叔父のニコラも加わっている筈だ。

 叔父なら地上からの攻撃でも援護が可能だ。


「また、近い内に」


 時間切れを悟ったレミートは北へ高速で飛び去る。この傷での追撃は危険だ。


 リリヤは地上に向け降下を開始した。

 

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