78 追認
エリーサはお風呂に浸かっていた。
お湯がじんわりと体を温めてくれる。もう何日ぶりの入浴だろうか。とても心地よかった。が、同時に眠気も襲ってくる。寝たら溺れる、気合いで意識を保つ。
「生き返るぅぅ~」
ドミーが幸せそうな声を出す。湯船にはトリスタ、ドミー、アマンダも浸かっていた。幸い王宮の湯船は大きく、4人で入っても余裕がある。
バチャンと水音がした。アマンダが寝落ちし、湯船に倒れそうになっていた。すんでのところでドミーが彼女の体を支える。
「アマンダさん、起きてください。もう少しだけ頑張りましょう」
トリスタが自身も眠そうな声で言う。
現在、国王軍先発部隊の出撃に向け大急ぎで準備が進んでいた。
エリーサの帰還、大臣の拘束、急な先発部隊の編成という怒涛の展開にフィーナ王国の王宮は上へ下への大騒ぎだ。
「そうです。馬車に乗ったら眠れますから」
ここから先は少数の選抜部隊とはいえ軍と共に行動する。どのみち王都へ向かう道中のような超高速移動は不可能だ。なので、馬車に乗れる。
馬車と言っても馬への身体強化魔術が使える人間を御者に据え、全速力で進む。軍の行軍速度としては限界に挑む内容だ。
「あふ、ドミーさん、ごめんなさい」
意識を取り戻したアマンダが焦点の定まらない目で言う。
アマンダは王都に置いていくことも考えたが、戦力は多い方がいい。前線での戦闘はともかく、後方の回復要員としては貴重な人材だ。レブロでどれほどの被害が出ているか分からない。エリーサが頼んだら、寝惚けた感じて「分かりました、行きます」と快諾してくれた。
「さて、そろそろ出ましょうか。汗は流せました」
「うん。そうしよう」
気持ち良いが、眠気を抑えるのはもう限界だ。
4人で湯船から出る。王宮の侍女達が布を持ってサッと集まり、体を拭いていく。
「えっと、後はどうするんだっけ?」
段取りは風呂の準備中に決めた筈だが、エリーサの頭はもう霞の中だ。
「ロラン・ブラッケの追認を宣言、馬車に乗って寝る。です」
トリスタが言う。そうだった、とエリーサは思う。
浴室を出る。侍女達が服を着せてくれる。もちろんドレスではなく、動き易いローブだ。クリーム色で、袖や裾の部分に青い糸で花をモチーフにした刺繍が施されている。下には濃緑のスボンを履く。
立て掛けてあった至天杖を手に取って、準備完了。
他の3人も服を着終わった。トリスタは黒いスボンに白いシャツ、ドミーは水色のローブ、アマンダさんは白いローブだ。
全軍で出るなら見栄えも気を使うが、先発部隊の夜間出撃ならこれで問題ない。
「行きましょう」
エリーサは宣言する。髪はまだ湿っているが、そんなことは気にしていられない。
更衣用の部屋を出て、王宮の廊下へ。待機していた数名の騎士が先導してくれる。
暫く進むと両開きの大扉が見えてくる。エリーサが近づくと扉の両側に立っていた兵士が、扉を開ける。
扉の先は広間だ。そこには国王軍の幹部が可能な範囲でかき集められていた。
エリーサは彼らの前に立つ。一人の男性が歩み出て膝を付き頭を下げた。
栗皮色の髪に青い瞳の青年、顔立ちは整っており誠実そうな印象を与える。彼がヘルマン・ブラッケの甥、ロラン・ブラッケだ。
「王女殿下、お話は聞き及んでおります。叔父の不義につき、深くお詫び申し上げます」
「ロラン・ブラッケ、あなたを改めて国王軍の司令官に任じます。務めを誠実に果たしなさい」
なるべく威厳を込めて、エリーサはそう言った。
「はっ。必ず」
「私は先発します。他の者達も頼みましたよ。魔族の大規模進攻、敗れれば国は滅びます。団結なさい」
エリーサはそのまますぐに退室する。部屋を出ると同時に、目から涙がこぼれた。悲しい訳ではない。欠伸を噛み殺し続けていたのだ。
「お疲れ様です。目の前で宣言されれば、表立って異議を述べる者はいないでしょう。国王軍は健全に機能する筈です」
眠いけど、これだけは行う必要があった。内心の不満はさておき、ロランの指示は通るだろう。
「うん。じゃあ馬車に向かおう」
エリーサの言葉に皆が頷く。馬車にいけば、眠れる。
もうベッドで寝たいとか、そんな贅沢は全く思わない。
エリーサ達は馬車に着くと、すぐに布の敷かれた床に倒れ込んだ。先発部隊の準備が整い次第、馬車は出発するはずだ。




