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77 大臣撃破

 会議室の扉が乱暴に開け放たれる音に、大臣ヘルマン・ブラッケは視線を扉に向けた。枢密会議の途中の暴挙に怒りの声を上げようとして、凍りつく。


 扉の先には一人の少女がいた。金色の髪と大きな青い瞳、手には白銀の杖。その姿は行方不明だった王女エリーサ・ルドランに間違いなかった。

 だが、ヘルマンにはその少女がエリーサには思えなかった。蒼玉(サファイア)の如き瞳には昏く、強い意思の光が宿り、真一文字に結ばれた桜色の唇は何故か刃を思わせた。地獄の底でも見てきたような、異様な変わりよう。ぽやぽやと笑うだけの綿毛のような雰囲気はどこにもない。


 何があった? 本当に同一人物か? ヘルマンの頭にはまずそれが疑問に浮かんだ。


 ”エリーサ”が揺らぎのない足取りで室内へ歩み入る。その後ろにはぴったりトリスタ・デベルが寄り添っていた。


 ”エリーサ”は手にした杖を床に突く。金属の杖と大理石の床材が甲高い音を立てた。


「フィーナ王国第一王位継承権者エリーサ・ルドラン、ただいま所用より戻りました。本枢密会議にこのまま参加します」


 有無を言わさぬ口調で断言する。


「承知いたしました。王女殿下」


 ヘルマンが動けずにいるうちに、ホバート侯が立ち上がり頭を下げる。それを見た他の委員も次々と立ち上がり、頭を垂れた。ヘルマンも立ち上がり一礼する。


「王女殿下、このヘルマン心配いたしましたぞ。今までどちらに」


 ヘルマンがそう問いかけると”エリーサ”は「その話は後です」と短く返し、そのまま奥の空席に腰掛ける。


「さて、割り込みとなりますが、裁判を行います。被告と司法官を」


 ”エリーサ”の言葉に、司法官と3人の女性が入室してくる。


 入ってきた女性はエリーサの教師をさせていた者達だ。その顔を見て、ヘルマンの背筋が凍った。3人は恐怖と絶望と諦念が混ざりあった幽鬼のような顔をしていた。落ちた、とヘルマンは悟った。


「お、王女殿下! 今は魔族に対する重要な議題の審議中ですぞ!!」


 ヘルマンは慌てて、声を上げる。何とか阻止しなくてはならない。


「なるほど。では決を取りましょう。議案の割込みに賛成の者は起立を」


 ”エリーサ”が美しくも厳かな声で提議する。委員は最初困惑の表情を浮かべていたが、まず中立派重鎮のウジェーヌ侯が起立し、ホバート派と中立派の委員が次々立ち上がる。賛成は半数を超えた。


「続けましょう。さて、この者らには職務怠慢若しくは国家反逆の嫌疑がかけられたものの、私が不在であったため、継続審議になっていたと聞いています。相違ありませんか?」


 ”エリーサ”の確認に、ウジェーヌ侯が「相違ございません」と返す。


「では、証言いたしましょう。この者らが職務に反し私エリーサ・ルドランに適切な教育を行わなかったのは事実です。特に政務上の判断に必要となる知識は重点的に教育内容から除外されておりました。単なる怠慢ではなく、王権の円滑な継承を妨害するための意図的な行為と判断します。さて、被告人認めますか?」


 3人の被告は恐怖で上手く声もだせない様子で震えていた。沈黙が落ちる。しかし、暫くしてか細い声で証言を始める。


「罪を……認めます。エリーサ殿下が実質的な判断能力を有さぬように教育を行えと、指示を受けておりました。直接は文官アマデオ・ツアンテ殿からの命令ですが、大臣ヘルマン・ブラッケ様の意向と認識しておりました」


 残りの2人も同様の証言を行う。


「司法官、量刑について意見を」


 ”エリーサ”が淡々と裁判を進める。


「はい。当事者3名は斬首、内容の悪質さを鑑みれば連座にて族滅も視野に入るかと……」


「そうですか。罪を認めたことを考慮し、連座の適用はせず当人達のみ斬首とします。異議のある委員は挙手を」


 ヘルマンは何か悪夢でも見ているような気分だった。エリーサと3人の教師は何はともあれ仲良くしていた筈だ。冷酷に死を宣言できるような娘ではなかった筈だった。


 誰も手は挙げない。何とかせねば、と思うがヘルマンも反撃の手が思いつかない。


「では、被告人マリカ・スティアノ、ディアヌ・ドラムル、ナッサロ・トロネラの3名を斬首刑とします。執行については別途命じます。連れて行きなさい」


 兵士が入ってきて3人を連れて行く。


「さて、大臣ヘルマン・ブラッケ。先程の証言で貴方への言及がありました。何かありますか? ちなみに文官アマデオの身柄は既に私の協力者が確保に向かっています」


 ヘルマンの方を向いた”エリーサ”と目が合う。青く輝く瞳に揺らぎはなく、明確な敵意を宿していた。

 ヘルマンは敗北を悟った。ここからではもう、巻き返せない。文官アマデオが沈黙を守ったとしても、王女が完全に敵になった以上、押し切られる。

 どうすべきか、ヘルマンは考える。関与を否定し足掻けば多少の時間を稼ぐことはできる。だがそれだけだ。むしろその時間の放棄だけが残された交渉のカードと言える。ブラッケ家の当主として、家に再興の可能性を僅かにでも残さなくては。


「……現在集結中の国王軍、司令官は我が甥ロラン・ブラッケが務めることになっております。どうやら私めは王女殿下からの信任を失ってしまった様子。ですが今から司令官の変更となれば一定の混乱は不可避かと。どうでしょう。ロランは私の政務活動には何ら関わらせておりません。司令官はそのままロランにお任せくださいませんか? 今後の捜査には協力させていただきますので」


 ”エリーサ”は沈黙している。と、後ろに控えていたトリスタ・デベルが口を開く。


「なるほど。処罰を直接の関与者のみに限定するなら、自白すると」


 本来なら立ち位置のはっきりしないトリスタ・デベルが口を挟むのは好ましくないが、この空気の中で指摘できる者はいない。

 更に数秒の沈黙の後、”エリーサ”が口を開いた。


「分かり……ました。飲みましょう。ヘルマン・ブラッケ、貴方が……罪を認めるなら、犯罪や、不正に、関与していない、ブラッケ家の者に、不利益……は課しません。家督の相続も……認めます。ロラン・ブラッケ、は司令官として、追認しましょう」


 妙にゆっくりと途切れ途切れにエリーサが言う。この取り引きを飲むことに心理的抵抗でもあるのだろうか。ヘルマンは訝しむが、この状況ではこれ以上の条件は得難い。気が変わる前に終わらせるしかない。


「寛大な措置に感謝いたします。王女殿下の教育を妨害したことを認めます。また、ドグラス・カッセルの件も私が仕組んだ冤罪です」


 手が震える。だが、こうなってしまった以上、仕方がない。


「では。現時点をもって大臣を解任します。ヘルマン・ブラッケは拘束し投獄、処罰は捜査を行い全容を明らかにした上で改めて決定します。賛成の者は起立を」


 ホバート派と中立派の委員がサッと立ち上がり、大臣派の委員は少しためらった後、弱々しい様子で起立する。ヘルマンを除く全員が起立した。


「トリスタ、ヘルマン・ブラッケを連行して」


 ”エリーサ”が命じ、トリスタ・デベルがヘルマンのところに歩いてくる。ヘルマンは立ち上がり、自ら扉へと向かった。


「では、当初議題に戻りましょう」


 軍の運用についての会議が始まるのを背後に聞きながら、ヘルマンは会議室を後にした。逃げられぬよう、トリスタ・デベルが付いてくる。


「お前も猫を被っていたのか……」


「ええ。馬鹿のふり上手かったでしょ」


 笑うトリスタに、ヘルマンは小さく舌打ちをした。



◇◇ ◆ ◇◇ 



 ヘルマン・ブラッケが扉の外に消えるのを見届け、エリーサは肩の力を抜いた。一番難しい仕事は終わった筈だ。

 王都に着いたエリーサ達は事前の相談通り、手分けして教師3名の住む屋敷を襲撃した。首尾よく全員を捕らえられたのは幸運だった。エリーサが”怖い顔”で「どう取り繕うとも国家反逆罪で処理する」と明言し、親族の連座処刑をちらつかせると3人はすぐに折れた。 

 あとは王宮に突入して非大臣派の司法官と兵士を引き摺って枢密会議に突入、そこまでは完全に計画通り。

 最後、大臣がよく分からないことを言い出したときは困ったが、トリスタが背中に字を書いてくれた通り喋って何とかなった。


 さて、もうひと頑張りだ。ここから先のセリフは多少違っていてもいいし、口調も普通でいいから気楽だ。大臣派の委員は青い顔で硬直しているが、それは放置する。


「まず皆さん、突然私が現れて困惑していると思います。時間がないので概要だけ。ヘルマンの行動に気付いたトリスタ達が私を王宮から連れ出し教育をしてくれた、という理解で概ね問題ありません。デベル家の忠義に感謝を」


 立派な誘拐だが、この状況で指摘できる者はいない。

 この短期間でどんな教育をしたらこうなるんだ、とも思ったろうが皆黙る。


「そして、魔族について。偶然ですが私達は南方におり、魔族のフィーナ侵入に気付きました。ご存じの通りトリスタはフィーナ王国最強の剣士です。南の魔族は私とトリスタ、協力者のドミー・コンチェ、そしてセヴラン・バララット配下の兵により撃滅済みです」


 中立派とホバート派の委員がざわめく。

 この表現ならバララット家は尊敬の目で見られるだろう。セヴランが出迎えに来て壊滅とか、エリーサがほぼ単騎で戦ったとか、余計なことは言わない。

 静かになるのを数拍待って、エリーサは続ける。


「よってレブロに全軍を送りたいと思います。あ、バララット伯、セヴランさんは無事ですよ。怪我はしましたけど回復魔術で完治してます」


 突然声をかけられたバララット伯は「は、はっ。ありがとうございます」と返す。


「なるべく早く出撃させたいですが、いつ出せますか?」


 エリーサの問いに、ウジェーヌ侯が返す。


「元々出撃を前提に準備をしていますので、急げば明日朝の出撃も可能です」


「エリーサ王女殿下、父フランティスの代理として出席しているアルガスです。全軍の出撃となれば明朝が限界ですが、精鋭を先行させる形なら、一部は今日の内に出られるかと」


 エリーサはセリフを取られたな、と思った。最初からトリスタ発案でその(一部先行)予定だ。

 ついでにエリーサはアルガスの顔をじーっと見る。アルガス・デベルが自分の夫候補だったと聞いて以降では、彼に会うのは初めてだ。二重瞼のクリっとした瞳に、長いまつ毛、トリスタと並べれば姉妹にしか見えないだろう。

 うん、綺麗だけど私はドグラスさんの方が良いな、とエリーサは思った。


「アルガスさんの提案を採用します。では主力は明朝、一部は先行出撃させます。先に述べた通り司令官はロラン・ブラッケとします。賛成いただける委員は起立してください」


 こうなれば大臣派だって立つしかない。満場一致で出兵が決まった。


すっごく空いてしまって申し訳ございません。


異世界恋愛書いてました。↓

https://ncode.syosetu.com/n6606id/


今週中には完結まで投稿して、こっちの執筆に戻るつもりでおります。

もし良かったらハイファン勢が必死に手探りで書いたスパダリも読んでみて下さいませ。

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