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76 寝不足の一行


 エリーサ達4人は王都シャンタまであと半日程の距離まで来ていた。


 時刻は早朝、キラキラした朝日が目に痛い。


 馬を駆っているのはトリスタとドミー、エリーサとアマンダはそれぞれ背中に括り付けられていた。


 昼夜を問わぬ無理な移動に、まず引退冒険者アマンダの表情が死んだ。彼女はもうずっと一言も言葉を発していない。

 次いでエリーサの反応がなくなった。馬への身体強化魔術は維持しているが、目の焦点はどこにも合っていない。


 トリスタでさえ、目は半開きで固定され言葉が少なくなっていた。


「ブリュエット様の可愛らしいエピソードナンバー37、蜘蛛蜘蛛怖い。あれはブリュエット様が7歳の夏! ブリュエット様の部屋に非モンスターにしては大きな高脚蜘蛛が」


 そして、ドミー・コンチェだけが元気だった。ちなみに流石に小噺のネタは尽きており、この蜘蛛の話は3回目だ。


 と、ドミーの操る馬が僅かによろめいた。


「おっ、この馬もそろそろ限界が近いですかね。あと一回だけは馬を替えないといけないか」


「シャンタまでは持たないですね。仕方ない。この先の街で次の馬を調達しましょう」


 トリスタが久しぶりに声を発した。


「強盗まがいの徴発、ちょっと楽しいよねー」


 ドミーがケラケラと笑う。恐らく、彼女も元気なだけで疲れている。


 ドミーの言葉は大袈裟ではない。金貨を叩き付ける以外は強盗にしか思えない徴発をここまでもしてきた。


「何にせよ、もう少しこのまま走りますよ」


 緩やかにカーブする街道を駆け抜けていく。当人達はすっかり慣れた速度だが、客観的には凄まじい速度である。


 やがて、街が見えてくる。


 木製の柵で囲われただけの中規模な街。出入りする人の細かな管理はされていないが、一応は出入口に番兵がいる。


 街の前まで行くとトリスタが馬を降り、番兵の眼前に仁王立ちした。


「ど、どうしました?」


 突然目の前に立ったトリスタに番兵が困惑の声を上げる。

 トリスタは完全に座った目で一方的に述べた。


「デベル家のトリスタです。エリーサ・ルドラン王女殿下のために馬が2頭必要です。馬がいる場所に案内しなさい」


 番兵が予想外の言葉を理解しきれず「へ?」と言うとトリスタが番兵の胸ぐらを掴んで片手で持ち上げる。


「馬を徴発します。馬が居る場所に案内なさい。これは命令です」


 圧倒的な闘気を放ち、トリスタが番兵を威圧する。


「と、突然何ですかっ」


 抗議の声を番兵が上げた次の瞬間には抜き身の剣が彼の首元に突き付けられている。


「馬が必要です。案内しなさい。誰の所有の馬でも構いません。さもなくば王命不服従として処断しますよ」


 番兵はようやく相手に常識が通じないことを悟る。抜剣が全く見えなかった事実は彼では到底叶わぬ使い手であることも示していた。


「う、馬であれば真っ直ぐ進んで井戸の脇きを右に行った場所の先の小屋に」


「よし。案内しなさい」


 番兵を片手で持ち上げたまま、トリスタは歩き出す。他の3人も後に続く。


 番兵の言う通り馬小屋があって、馬が居た。良馬ではないが、及第点(普通の馬)だ。


「よろしい。この馬を徴発します。補償金をこれ()の所有者に渡しておきなさい」


 トリスタが番兵に金貨の詰まった袋を押し付ける。


 ドミーとトリスタが馬具を付け替える。番兵は困惑した顔で、金貨の袋を手に作業を眺めていた。


「この馬は補償金のおまけです。では」


 ふらふらの馬を番兵に押し付ける。

 エリーサとアマンダを括り直し、新しい馬に跨がって走り出す。


 呆けた番兵を置き去りに、トリスタ達は街を後にし街道に戻った。


 身体強化魔術を発動し、加速しようとしたとき――


「トリスタ様っ!!」


 突然声をかけられた。

 声の方に振り向くと、馬に跨った一人の少女がいた。栗色の髪に焦げ茶色(ダークブラウン)の瞳、どこかで見た顔の気がするが、疲れ切った頭ではヒットしない。


「誰?」


「ブラーウ家に仕えるモレーナです。王都の状況をお伝えすべく、待機しておりました。こんなに早いとは思いませんでしたが」


 言われて、思い出す。ソニアから「あの子ブラーウだから」と一度言われた。王宮で下働きをしていた()だ。


「街から十分に離れたら一度止まりましょう。私達はたぶん今バカです。説明を理解出来ない」


 突然真っ当な意見をドミーが述べた。確かに頭を使うなら休憩はやむを得ない。


 そのまま少し走って、見つけた木陰で馬を降りる。


 エリーサとアマンダを下ろして、地面に並べる。死んだ目で横たわる姿は市場の魚のようだ。


「あの、王女殿下、地面に……」


 モレーナが困惑の声を上げるが、トリスタもドミーも取り合わない。


「さて、15分寝ます。ドミー・コンチェ! 寝ます!」


「あ、私も駄目だわ。モレーナさん少ししたら起こして」


 そう言ってトリスタは目を閉じる。視界が閉ざされると同時に意識も途切れる。






「トリスタ様! トリスタ様!」


 体を揺すられトリスタは目を覚ます。太陽の位置は余り変わっていない。


 ほんの僅かな時間だが、地面で寝て意識の状態は改善した。


「みんな、起きるわよ」


 ドミーがすっと起き上がる。アマンダとエリーサもふらふらと体を起こした。


「さて、モレーナさん、説明をお願い」


 トリスタが促すとモレーナが説明を始める。トリスタ達が王都を出てからの出来事を一通り話す。


「なるほど。軍の招集は進んでいるけど、大臣派がネックと。なら一気に大臣を潰してレブロに向かいましょう」


「どうやるの?」


「エリーサ様の家庭教師3人の身柄を実力で確保、脅して自白させましょう。あの3人は全員既婚者で子供もいる。自白すれば連座は免除すると言えば、誰かは吐く筈」


 トリスタの言葉にエリーサが頷く。


「わかった。私が直接凄むのが良いよね。怖い顔自信ないけど」


「今なら大丈夫ですよ。強行軍の疲労で姫様凄い顔になってますから。ここからは休憩なしで、その顔を維持しましょう」


「ふぇ、そんな顔に?」


 ドミーがクスクスと笑う。


「地獄の底からただいま、みたいな顔してますよ。ま、トリスタもアマンダさんも似たようなものですけど。きっと私ドミーもヤバい顔でしょう」


「ということで、王都に着いたら即襲撃ね」


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