74 ヴェステル王国軍出陣
俺、ドグラス・カッセルはブリュエットさんと共にヴェステル王国の王都、オルシャに辿り着いた。
俺達は先行したが、ランチーㇴで共に戦った兵士や冒険者も王都を目指している。彼らも王都を経由してサルドマンド平原へ向かう予定だ。
湖に抱かれた都市オルシャ。ようやく、戻ってこれた。ナミタ大森林の調査依頼を受けたのがかなり昔に思える。
本当はアルトー邸で一休みしたいが、急ぎ王城へ。
王城に着くと、待ってましたとばかりに王城奥の重要区画に連れて行かれた。そのまま、要人の執務室っぽい所に通される。
中央に楕円形のテーブル、座っているのは宮廷魔術師パトリス・ジアンと金髪碧眼の美青年……ヴェステル王国第一王子のユリアン殿下じゃん。
ユリアン王子は文武に優れ国王からの信頼も厚い。特に戦闘能力はブルードラゴンを単独討伐できる程らしい。事実ならデベル家現当主フランティス・デベルと同水準の剣士だ。
「ドグラス殿、ブリュエット、戻ってくれましたか。まずは情報と認識のすり合わせをしましょう。座って下さい」
パトリスさんが緊張感のある声で言う。俺とブリュエットさんは「失礼します」と言って椅子に座る。
まず口を開いたのはユリアン王子だった。
「ユリアンだ。非常時故、礼儀やら挨拶やらは抜きでいこう。我々はブラーウ家からの第一報のみ受け取っている。ナミタに魔族上陸、敵は3つに分かれ1つはオルシャ方向に進攻と」
ブラーウ家の伝書鳩網か、ヴェステルまで伸びていたとは驚きだ。
ちなみに伝書鳩を高度に活用できているのはブラーウ家ぐらいだ。レブロ辺境伯家でも一度試したが、猛禽類と小型翼亜竜に喰われまくって頓挫した。何かノウハウがあるのだろう。
ブリュエットさんが「では、ご報告させていただきます」とナミタ大森林以降の出来事について説明を始める。
「――ということで、ヴェステル方面に進んだ魔族部隊はクジイシャ伯らと共闘しランチーㇴ近郊で殲滅しました」
「そうか。パトリスがドグラス殿達を派遣してくれていて本当に良かった。その規模の魔族部隊ならどれ程の被害が出ていたか……こちらは既に諸侯の軍を招集すべく早馬を各地に走らせている。既に王都近隣に領地を持つ貴族は兵を動かしている筈だ。諸侯の軍は直接サルドマンド平原に集結する」
流石はヴェステル、思い切りが良い。
状況は悪くない。現時点で魔族の想定よりもかなり早く動けている筈だ。
「南の心配が消えたなら、我々も早めにサルドマンド平原に出兵した方が良いでしょうね。殿下、未だサルドマンドからの情報はありませんが、出陣を進言いたします」
「ああ、勿論だ。ドグラス殿もこのままご助力願えるか?」
「当然です。私ドグラス・カッセルもサルドマンド平原防衛には参加させて頂きます」
「ありがたい。王都の兵はすぐに動ける状態で待機中だ。兵站も準備させている。明日の朝、日の出と同時に出よう。部隊は私が指揮する。ドグラス殿とブリュエットはそれまで休んでくれ」
「では、お言葉に甘えて、退室させていただきます」
そう言って、俺とブリュエットさんは席を立つ。ユリアン王子とパトリス・ジアンはここからも大忙しだろう。気遣いがありがたい。
王所を後にしアルトー邸へ。
屋敷に入るとブリュエットさんが「ふぁ~」と息を吐いた。緩んだ表情が可愛らしい。
俺も何だか帰ってきた感じがして、ホッとする。短い間滞在していただけの場所の筈だが、不思議だ。
「やっと帰ってこれました。まぁ居られるのは一晩だけですけどね。使用人に大風呂を沸かさせます。先に入ってください」
流石にアルトー邸も大浴室は一つしかない。領地の本邸なら幾つもあるだろうが、ここはあくまで王都での拠点だ。
「いえ、ブリュエットさんお先にどうぞ」
「そうはいきません。あ、一緒に入ります? どうせ一度全部見られちゃってますし。ほら葉っぱ小屋で転んだときに」
言われて目に浮かぶ、10日とちょっと前の光景。
「あれは、ほら一瞬でしたから、その」
何と答えて良いか分からず、オロオロしてしまう。
「ドグラスさんの動体視力ですよ? ……ってごめんなさい。言ってて恥ずかしくなってきました」
言葉通りブリュエットさんの頬が赤い。「ドミーの役回り自分では無理……」という呟きが聞こえた。
「わかりました。お言葉に甘えて先にいただきます」
「はい。あと食事も準備させますね。希望はありますか?」
「ボリュームのある、温かいものなら」
「わかりました。肉と野菜たっぷりのシチューとあとは裁量で豪勢に作るよう指示します」
「お願いします」
明日からは行軍だ。食って寝て、体力を回復させなくては。
◇◇ ◆ ◇◇
翌日、暗いうちにアルトー邸を出た俺達は王城に向かった。
中庭でパトリス・ジアンさんと合流する。辺りには篝火が煌々と焚かれ、明るい。
パトリスさんの近くには20人程の杖を持った人達が居た。いくつかパトリスさんの結婚式で見た顔もある。ヴェステル王国の宮廷魔術師達だろう。
「パトリス・ジアン殿、おはようございます」
「ドグラス殿おはようございます……変わらず仲良しですね」
パトリスさんが、俺とブリュエットさんに視線を行き来させシド目で言う。
俺の服装は、乳白色の絹布に金糸で縁に模様が付けられたローブだ。ブリュエットさんもお揃いである。ブリュエットさんが「これにしましょーよ」と言うので着てきた。
「ま、それはそれとして。こちらはヴェステル宮廷魔術師隊です。ドミー・コンチェ以外は全員揃っています」
俺は宮廷魔術師達の方を向き「ドグラス・カッセルです」と会釈する。
宮廷魔術師達も会釈を返してくれる。
「個々の自己紹介は道すがらとしましょう。この場にいるのは近衛騎士団と宮廷魔術師隊のみですが、城外の駐屯地でも出撃準備が整っています。ユリアン殿下は駐屯地に激励に行かれました。兵力2万で出撃、諸侯の軍を吸収しつつ、サルドマンドを目指します」
「承知しました。微力を尽くします」
俺がそう返すとパトリスさんが笑う。
「ふふ、カッセルが言う謙遜は不気味に聞こえますね。カッセル殿とブリュエットに馬を!」
パトリスさんが命令すると兵士が2頭の馬を連れてくる。2頭とも白い毛の立派な馬だ。
「さて、行きましょう。城門を開けよ!」
パトリスさんの声が高らかに響く。
ちょうど、朝日が都市を薄く照らし始めた。もくもくと、都市のそこかしこから煙が上がっている。オルシャ全てのパン焼き窯で軍用の二度焼きパンが焼かれているのだ。
パン焼き窯の煙を朝日が朱に染める。
俺はヴェステル王国軍主力の一員として、出陣した。
◇◇ ◆ ◇◇
魔術師リリヤ・メルカは北端砦の更に先、人類領域の外側に建造された『進出櫓』と呼ばれる監視塔にいた。
進出櫓は既に瘴気の影響を受けるエリアだが、北端砦とのローテーションで兵を回し魔族の監視に当たっている。
監視塔の天辺に立つリリヤの表情は硬い。
「想定以上ね……」
よく晴れていて、見晴らしは良かった。
広い視界の先、遠くに見えるのは魔族の大軍だ。魔族とモンスター合わせて10万を超えるだろう。隷化龍種も多数確認できる。しかも魔族比率が高い。恐らく4割は魔族だ。
リリヤが経験した小規模進攻ではモンスターが8割を超えていた。
リリヤの隣では部下が遠眼鏡で隷化龍種をカウントをしている。
「古龍1体、ブラックが5体、ブルーが17体、レッド29体、グリーンはこの位置ではカウント困難です」
グリーンドラゴンは翼がなく、やや小型のためもう少し近付いてからでないと数えられない。しかし無理をするべきではあるまい。
「グリーンはたぶん50ぐらいでしょう。進出櫓は現時点で放棄、北端砦に撤収します。狼煙を上げて」
リリヤは指示をだす。
この数はレブロ辺境伯軍では阻止出来ない。レブロ全域を縦深として使っての遅滞戦になる。
可能な限り戦力を温存し、国王軍と合流しなくてはならない。
背中を冷汗が流れていった。
進出櫓から狼煙があがり、それを確認した北端砦もすぐに狼煙を出す。幸い天気は良い。第一要塞群、都市プガルトと次々に狼煙はリレーされていった。




