72 会戦
討伐部隊は南門から出撃し、予定通りランチーㇴ南の草原に展開した。
シンプルな横隊を形成し、敵を待つ。
ずらりと並んだ討伐部隊は、いかにも寄せ集めで統一感がない。しかし、目に怯えはなく、武器を持つ姿は様になっている。寄せ集めでも、個々の戦闘能力は低くないようだ。
複雑な機動が求められる作戦ではない。十分戦えるだろう。
俺とブリュエットさんは横隊の中央最前列にいた。後には冒険者とクジイシャ兵の精鋭が合計9人、うち5人が魔術師で残りは『戦士』だ。彼らには俺達2人のサポートを頼んである。
暫くして、視界の先に魔族部隊が現れた。
蜘蛛型、狼型、サソリ型に大蜥蜴、様々な種類のモンスターがひしめき、その間にちらほらと魔族の姿が見える。
魔族部隊はこちらに合わせるように、横に広がった。そして、そのまま前進してくる。会戦に応じるようだ。
敵は各個撃破されぬよう、高位魔族を1箇所に集めている筈だ。まずはその位置を確認する。
遠距離攻撃の射程に入ると同時に、俺とブリュエットさんは詠唱を開始した。
初撃は詠唱魔術『蒼雨』、敵の右翼を狙い2人同時に放つ。青い光が弧を描いて飛び――魔族部隊中央付近から放たれた魔力弾の爆裂によって打ち消される。
速度、威力からして高位魔族による迎撃だ。高位魔族は魔族部隊の中央付近に集中配置されているようだった。
返礼とばかりに、敵の高位魔族からも魔力槍が飛んでくる。だが遠距離攻撃が有効打にならないことは、散々実証済みだ。魔力弾で迎撃し、防壁で防ぐ。
これで、互いに位置は知れた。
両軍の距離が縮まっていく。そろそろだ。
俺はブリュエットさんに目配せして、頷き合う。後ろを振り返り、サポート役の精鋭9人に指示を出す。
「前に出ます。手筈通り支援をお願いします」
指示に対し「はっ!」とキレの良い声が返ってくる。
俺は身体強化魔術を発動し、地面を蹴る。狙うのは勿論敵中央の高位魔族だ。敵高位魔族が放つ攻撃魔術を躱しつつ、距離を詰める。
俺とブリュエットさんも、攻撃魔術を最大速度で連射、爆裂型魔力弾をメインに魔力槍も混ぜる。
高位魔族はきっちり防御か回避をしてくるが、周囲にいるモンスターは流れ弾や余波で倒れていく。
俺とブリュエットさんは戦列から突出しているが、少し間を空けて後ろにサポート役の精鋭がついて来ている。彼らが後の安全は確保してくれている。
敵側の高位魔族は全部で12体居た。距離20メートル程のところで足を止め、中距離での魔術の撃ち合いに持ち込む。
光が飛び交い、爆音が腹を揺さぶる。
そうする間にも魔族部隊は前進を続けていた。中位魔族と人間側魔術師の間でも、撃ち合いが始まる。
そして、そろそろ弓の射程に入るというとき、高位魔族が空に魔力弾を放った。角度からして自軍への合図、この距離と状況なら全軍突撃の指示だろう。
俺は、クジイシャ伯頼みますよ、と心の中で呟いた。
◇◇ ◆ ◇◇
「突撃だ! 合図を!!」
部隊長マドルムが叫ぶと、魔力弾が空に打ち上がった。
合図に従い、中位魔族達が全てのモンスターを人間軍目掛けて突撃させる。
轟音を響かせ、津波の如く無数のモンスターが駆け進む。
モンスターに人間が放つ魔術と矢が降り注ぐ。猪型などの衝撃力の大きいモンスターを集中的に狙っているようだ。
勢いを多少削られつつも、モンスターは人間軍の隊列に突っ込んだ。幾人もの人間兵が吹き飛ばされて宙を舞う。
それでも人間側の戦列を崩壊させるには至らない。人間は犠牲を払いつつも、長槍兵を中心に耐えきった。
そのまま、近接戦闘に突入する。闘気を扱える兵も相当数混じっているようだ。敵の練度は低くない。
マドルム達にも余裕はない。
各個撃破を避けるため、高位魔族12名は全員集結させている。それでも尚、あの2人組は中距離魔術戦でこちらと互角の戦いを見せていた。構築速度は早く、一度に構築する弾数も多い。
「グリベザが勝てぬ訳だな」
マドルムは呟く。娘は優れた魔術師だったが、コレの相手は無理だ。
捨て駒のモンスターを背後から突撃させて牽制したいが、2人組の後方には数人の人間兵が陣取り、見事な連携でモンスターの接近を防いでいる。
とは言え、今のところ戦況は不利ではない。目の前の魔術師2人には苦戦しているが、全体に目をやれば、こちらが押している。少なくない人間兵が既に倒れており、魔族側よりも明らかに損害は大きい。
敵の指揮官は予備を上手く運用し、戦列を維持している。たが、いずれは予備も尽きる。
問題は何処かのタイミングで眼前の魔術師2人が突撃を仕掛けてくるであろうことだ。奴らがこのまま人間軍が潰走するのを待っている筈はない。
例え人間軍の大半を殺しても、マドルムら高位魔族が倒れれば敗北だ。
このまま中距離を維持しつつ、突撃に備える。混戦に持ち込まれれば、厳しい状況になってしまう。
突撃の瞬間が勝負だ。マドルムは集中する。
混戦に持ち込まれる直前に、チャンスはある筈だ。防御を捨てた近距離での一斉攻撃。マドルム達が2〜3人やられても、敵を片方仕留めれば勝てる。
◇◇ ◆ ◇◇
高位魔族との撃ち合いが続く。俺達が高位魔族と対峙する近辺は、巻き添えを恐れて人も魔族も近付かず、空間がポッカリと空いていた。
敵が向こうから距離を詰めてくる様子はない。このまま中距離戦を続けることを望んでいるようだ。
敵の高位魔族は個々の能力では俺とブリュエットさんには遠く及ばない。高位魔族とは言っても彼らは後方攪乱部隊だ、最上位の戦力ではない。
近接戦になると、数の優位は活かしきれない。同士討ちを気にすれば、一度に攻撃できるのは2から3人になってしまう。その点、中距離なら全員が同時に動ける。
想定通りの流れだ。これで良い。
サポートの精鋭9人は周囲のモンスターを押さえながら、時折攻撃魔術を高位魔族に向けて撃ち込んでいる。よい援護だ。
俺達と高位魔族達との戦いは膠着状態になった。傍から見れば苛烈な魔術の撃ち合いだが、高位魔族達は防御に重点を置いた戦いをしている。
敵の意図は理解できた。人間側の主力である俺とブリュエットさんを高位魔族が抑えている間に、中位魔族とモンスターが討伐部隊を敗走させる作戦だろう。実際、討伐部隊は少しずつ押されている。
俺とブリュエットさんは敵の意図に乗り、中距離戦を続ける。援護があり、敵が守り重視とは言え12対2だ、降り注ぐ敵の攻撃を凌ぎつつ、攻撃も行うのは並の作業ではない。だが何とかなる。
視線を巡らし、状況を確認する。
幾つか人間側が押されている場所が出ているようだ。だが、それにはクジィシャ伯が予備の騎兵を小刻みに投入し、きっちり手当をしてくれている。
膠着状態が続く。戦列の穴を埋める予備騎兵が減っていくことを考えれば、魔族優勢の状態だろう。
だが、そろそろの筈だ。
視線を左側の森に向ける。距離があるので豆粒のように小さくしか見えないが、人影があった。恐らくガエルさんだ。赤い布を振っている。よし、間に合った。
俺は空に向けて合図の爆裂型火炎弾を撃つ。
クジイシャ伯は残存する予備騎兵を全て投入、同時に左の森から武器を携えた人々が飛び出してくる。主に冒険者で構成されるストラーンからの先行部隊だ。先頭を切るのは歓迎賭博で俺に賭けてくれたおっちゃん、懐かしい。
ガエルさん達には彼らの案内のために街道をストラーン方向に向かい、先行部隊に合流して貰った。ランチーㇴ入りせず、森を抜けて戦場に横から現れて欲しい、そう要請していた。
高位魔族が新手の出現に気付く。動揺に攻撃が僅かに乱れた。
俺は全力で地面を蹴り、高位魔族達に突進する。ブリュエットさんもぴったりと付いてくる。
魔族は基本的に強い者が偉い。なので通常、部隊の指揮は一番強い魔族が執っている。
戦闘能力の高い者が指揮もしなくてはならないのは合理的とは言えない。だが、弱い者の指揮に従うのは、彼らにはどうにも受け入れられないらしい。
高位魔族が集結している以上、指揮官もナンバー2も、そして3番目もここで俺と撃ち合っている状態なのだ。
彼らは新手の敵にどう対処するか、戦いながら考え指示しなくてはならない。
対処能力はどうしたって落ちる。
緩んだ攻撃を掻い潜り、近接する。
俺はもう一枚、手札を切る。
カッセル家の血統が有する『統合魔術』、その真価は数十人規模の魔力を束ねた大規模攻撃である。だが、別に2人だって使えない訳ではない。
俺とブリュエットさんは、魔族に遅滞戦を仕掛けながら、『統合魔術』の練習をしてきた。俺達の魔力なら2人分でも相当に大きい。魔族の意表を突くには十分だ。
ブリュエットさんが俺に魔力を託す。グリベザの杖は俺とブリュエットさん2人分の魔力には耐えられない。俺は手にした杖を手放す。
一番強い魔族、つまり敵の指揮官に目星は付いている。指揮官らしき魔族との距離は10メートル程、俺は2人分の魔力で多層魔力槍を構築し放つ。
巨大な魔力槍に、敵指揮官は回避を選び、素早く横に飛んだ。
だが、避けられるのは想定内だ。魔力槍は貫通層と爆裂層の二層構成で、魔力の8割は爆裂に回してある。
躱された魔力槍は地面に突き刺さり巨大な爆発を起こす。至近距離で爆風を浴びた敵指揮官は吹き飛ばされ、地面を転がった。
転がった先に、追撃の魔力刃を放つ。回避できる体勢でも、防御できる威力でもない。魔力刃は、敵指揮官の胴体を直撃し、二つに切り裂いた。
「マドルム族長っ!!」
高位魔族が叫び声を上げる。状況的に名乗りは交わせなかったが、魔族部隊の指揮官はマドルムと言ったらしい。
司令官を倒したが、もちろん終わりではない。マドルムの周りに居た他の高位魔族数体も爆発に巻き込まれ、地面に転がっている。このまま押し切る。
俺とブリュエットさんは『統合魔術』の運用を止め、それぞれで魔術を構築する。魔力槍に魔力刃、一気に計4体の高位魔族を屠る。
趨勢は決した。必死に挑んでくる魔族の攻撃を躱し、防ぎ、反撃を叩き込む。支援要員の魔術師達も、攻撃魔術を放つ。
程なく、高位魔族は全滅した。
後は残敵掃討だ。しかし気は抜けない。勝利は確定としても、手間取れば討伐隊の犠牲が増える。
「敵の右翼を叩きます! ブリュエットさんは敵左翼をっ!」
「わかりました!」
短く言葉を交わし、走り出す。正面の討伐隊部隊と交戦する敵に横から攻撃を仕掛ける。人間の軍隊なら恐怖で混乱し瓦解するだろう状況だが、モンスター主体の魔族部隊となると、恐れてなどくれない。倒し尽くすのみだ。
全周に魔力防壁を展開し、敵に突っ込む。高位魔族が居ない以上、防壁が貫かれることはない。
目に付くモンスターに片っ端から攻撃魔術を叩き込む。甲虫型モンスターを魔力槍で貫き、魔力刃でオーガの首を飛ばす。周りに人間兵が居なければ、爆裂型魔力弾でまとめて吹き飛ばす。
残った中位魔族が必死に攻撃を仕掛けてくるが、魔力防壁が全て弾く。
敵を蹴散らしながら進み、やがてストラーン先行隊と合流した。
「ポールさん、お久しぶりです」
歓迎賭博で俺に賭けてくれたおっちゃん、冒険者のポールさんに挨拶をする。
「お、おう。ドグラス……さま? お久しぶり」
「呼び捨てで良いですよ。救援助かりました」
「いやまぁ、領主様から報酬でるしな。こっちこそドグラスさんのお陰で安全に儲かるぜ」
話しながらも攻撃は続ける。大蜥蜴が群れでいたので、魔力刃でスパスパと首を落とす。
ポールさんもベテラン冒険者だ、それなりに強い。斧槍をブン回しオークの頭を叩き割っている。
敵の数が減ったことで、人間側が完全に優位に立った。集団で囲み、モンスターも魔族も討ち取っていく。
目をやると、魔族軍左翼もブリュエットさんの攻撃で崩れているようだ。
程なく、敵の掃討が終わる。
ブリュエットさんと合流し、二人で地面に座り込む。疲れた。辺り一面は死体の山で凄い臭いだが、疲労の方が勝る。
「あの、よければどうぞ」
声に顔を上げるとコレットさんがコップを2つ差し出してくれている。後にガエルさんとロバーさんもいた、無事で良かった。
ありがとうと言って受け取り、飲む。水かと思ったらハーブティーだった。爽やかな苦みが心地よい。
「勝ちましたね」
ブリュエットさんが微笑む。
「ええ。やっと片付いた。即王都に行かないとならないのが辛いところですが」
まず間違いなく、魔族は進軍している。王都オルシャを経てサルマンド平原に向かわなくてはならない。
レブロが一番の気掛かりではあるが、ここからでは遠い。向こうはトリスタ、ドミーとエリーサ様に任せるべきだ。
「馬車を用意して貰って、移動しながら睡眠でいきましょう。あ、その前に湯浴みだけはしたいです」
「そうしましょう」
ベッドでゆっくり眠れるのは、いつになるだろう。
お読みいただきありがとうございます。




