70 斥候と打合せ
俺はブリュエットさんと共に森から飛び出した。平原を行軍する魔族部隊を目掛けて真っ直ぐに走る。姿勢は低く、なるべく静かに。まだ敵はこちらに気付いていない。
距離400メートル程まで近付いたタイミングで、周辺を警戒していた魔族が叫び声を上げる。気付かれたようだ。
気付かれたなら攻撃開始だ。俺は魔力刃を構築し、放った。青く輝く刃は最外周にいた猿型モンスターを切り裂く。ブリュエットさんも、同様に魔力刃を撃ち込んでいる。
距離約300メートルで魔族側の反撃がくる。魔力弾が5発、さしたる脅威ではない。爆裂型の魔力弾を撃ち込み、吹き散らす。
魔力槍を構築し、中位魔族を狙って撃ち込む。魔力槍は魔族が作った防壁を貫通し、胸を穿つ。一体撃破だ。
距離200メートル、ブリュエットさんが放った魔力刃の後を付けるような軌道で爆裂型魔力弾を7発放つ。
魔力弾は無事に着弾し、轟音と爆風が撒き散らされる。モンスター数体が爆破に巻き込まれた。
高位魔族が動き出した。魔力防壁が構築され、対龍級の魔力槍も飛んでくる。長居は無用だ。俺達は離脱に移る。防壁を展開し、牽制に攻撃魔術を撃ちながら逃げる。
森に飛び込んで、そのまま全力で走る。20分程走り続けた後、立ち止まり深呼吸をした。追手はなさそうだ。
もう何度目か分からない一撃離脱が完了した。中距離まで近付いての攻撃は遠距離攻撃に比べ成果は上がるが、疲労も大きい。
「ふぅ。成功ですね」
「ええ。多少は削れました。さて休憩するか、それとも遠距離からもう一撃いれるか……休みますか」
「そうしましょう」
2人で適当な倒木に腰掛け、堅焼きのパンを齧る。食料はもう残り少ない。
「ううっ、湯浴みしたい」
「ええ、ほんと。あとベッドで寝たい……」
俺とブリュエットさんが魔族部隊相手に遅滞戦闘を始めてから6日が経った。
正直、流石に疲れていた。ブリュエットさんの綺麗な髪もちょっとペッタリしているし、俺は髭も伸び野暮ったい感じになっている。
2人お揃いで、目の下にはうっすらと隈ができていた。
「狼煙を見てから既に3日、偵察の斥候は走り回っていると思うのですよね」
「確かに、そろそろ迎撃準備が進んでいる筈です」
3日前の時点で俺達は都市ランチーㇴ付近から狼煙が上がっているのを確認している。ランチーㇴはこの地域の領主クジィシャ伯爵の本邸がある街だ。ガエルさん達は迅速に仕事をしてくれたようだ。
ヴェステル王国では緊急事態を報せる狼煙を見た時点で、近隣の兵力が行動を開始する。隣接領地の領主は即応できる手勢を率いて救援に向かうし、半農半兵の傭兵や契約冒険者も参集する。
狼煙が上がって少なくとも3日、既に魔族討伐部隊は存在する筈だ。体制を整えつつ、偵察を行っていると考えるのが妥当な予想だろう。
「なら斥候を探してみますか」
「そうしましょう。魔力も消耗してますし」
俺達は斥候探しを始めた。地面に耳を当てて馬の足音を探ったり、木に登って辺りを見回したり、あれこれしながら数時間して、それらしき一団を発見した。
軽装備の騎兵が5騎、身体強化ダッシュで駆け寄ると向こうも気付いて寄ってきた。
斥候部隊の隊長らしき金髪の中年男性が口を開く。
「馬上より失礼、我々はクジィシャ伯配下の者です。ブリュエット様でしょうか」
「はい。宮廷魔術師ブリュエット・アルトーです。彼はドグラス・カッセル」
騎兵達は「探しておりました」と言って馬から降り、一礼する。
「まずはこちらの状況を説明させていただきます。ブリュエット様からの通報を受け、対魔族の討伐部隊をランチーㇴにて編成中です」
「了解しました。魔族はここから南に少し行った位置を北北西に進軍中です。明後日にはランチーㇴ付近に出現するでしょう」
「2日後であれば……兵力は少なくとも3000人、上手くいけば4000人程度になると思われます。我々はブリュエット様の方針に従います。可能であればランチーㇴまでいらしていただきたく」
「いえ、私は遅滞戦闘を続ける必要があります。それと、対魔族戦ならドグラスさんが方針を決めた方が良いでしょう。経験が違います」
「承知しました。かのカッセルならば不満を持つ者はいません」
お鉢が回ってきた。しかし、確かにそこは俺が適任ではあろう。
「分かりました。私とブリュエットさんは引き続き魔族に攻撃を仕掛けます。魔族部隊がランチーㇴ近郊に現れたら討伐部隊は陣前出撃して、平地での会戦に持ち込むのが良いでしょう。そのつもりで準備を進めて下さい」
「会戦ですか。一応ランチーㇴには城壁がありますが」
「状況次第ではありますが、基本的に城壁は使わない方が安全です」
城壁は対魔族では対人間程には防御力を発揮しない。高位魔族なら時間を掛ければ壊せるというのもあるが、何よりモンスターは種類によっては平気で城壁を登ってくる。蜘蛛型に至っては平地と遜色ない速さで垂直に走ってくるぐらいだ。
城壁を越えられて市街地にモンスターが入れば大きな犠牲が出るし、市民を気にしながらの市街地戦は人間側に不利になる。
ランチーㇴの南には小さい草原がある。そこで戦うのが最適だ。
「分かりました。クジィシャ伯にそのように伝えます」
「私とブリュエットさんも直前にはランチーㇴに入ります。詳細はそのときに詰めましょう」
「はっ。ご武運を」
斥候の騎兵達は綺麗な礼をすると、馬に乗り去っていく。
「一撃離脱生活もあと2日間ですね。頑張りましょう」
ブリュエットさんが微笑む。俺は「ええ」と笑い返した。
さて、今夜は夜襲といくか。
◇◇ ◆ ◇◇
「ドミー様、これ本当に厳しい、ですね」
夜闇の中、元冒険者のアマンダは馬を駆っていた。その背中には王女エリーサ・ルドランが紐で括り付けられて、寝ている。エリーサの首がガックンガックンしていて心配だが、まぁ死んでなければ魔術で治癒できる。
「だよねー。いや、でもアマンダさん根性あるね。まだ喋れるなんて、流石は元冒険者だ」
バルエリを発ってから、本当にずっと走っている。止まったのは馬を交換したときだけだ。長時間にわたり馬を駆るのは当然、身体に負担をかける。しかも馬には身体強化魔術をかけているのだ。速い分振動も大きい。筋肉にも皮膚にも、そして骨にもダメージが入る。
だがそれら全ては回復魔術で打ち消されていた。欠損した四肢すら再生する最高位魔術だ、そんなもの即座に完治する。
回復魔術ゴリ押しによる強行軍は精神のみをガリガリと削っていた。
「いえ、私など……。照明もお任せしてしまい申し訳ありません」
夜の街道は当然暗い。ドミーが発光魔術を常時維持し、道を照らしていた。
「気にしないで。宮廷魔術師舐めちゃいけません。照明なんて余裕です。でも馬に乗り続けるの、飽きました。退屈です。なんか小噺とかありません?」
「も、申し訳ございません。そんな余裕は」
「なら仕方ない、私が話しましょう。アルトー本邸の本当には無かった怖い話、①屋根裏の腐ったパン。今から120年程前のある夏の日、当時のアルトー伯が朝目覚めると……」
何処かで梟が鳴く。王都はまだまだ遠い。




