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65 作戦開始

 魔族部隊の隊長ガルモスは森の奥に張られた小さなテントの中で食事を摂っていた。麦と豆を煮て塩を入れただけの、粥ともスープともつかない質素なものだ。スプーンで掬い、咀嚼し飲み込む。不味くはないな、とガルモスは思った。

 腹を満たし、少ししたところで足音が近付いてきた。


「ガルモス隊長、失礼します」


 声と共に副隊長が入ってくる。真剣な面持ちだ。


「ご報告いたします。人間に動きがありました。バルエリから軍が出撃しこちらに向って来ます。目測で4千程度、大魔術師が含まれているかは不明です」


 意外な報告だった。4千となると、都市の規模からして兵力の全てを投入した総攻撃だ。


「想定外だな。大魔術師を核とした精鋭による攻撃は予期していたが……」


 大戦時の知見が正しければ、人間の兵士は森の中での対モンスター戦を苦手とする。一般兵は都市防衛に専念すると考えていた。


「はい。どうにも意図が読めません」


「レブロへの攻撃が既に露見したか? それで犠牲を覚悟して早期殲滅を狙っている」


 ガルモスは思い付く可能性を口にする。


「かもしれません。ただ敵兵の多くは槍を装備しているとのことです。斥候が遠目に見た限りでは、槍の長さは兵士らの身長の2倍以上あったとのこと。森に突入するには不向きな武装です」


「ふむ。それしか武器がないという可能性もあるが、長槍(それ)を持つぐらいなら斧か包丁でも持った方がマシだな」


 木々の枝にぶつかり、とても戦えたものではないだろう。植生にもよるが、モンスター相手に森で長槍など自殺行為だ。大猿に樹上から攻撃されるだけで潰走するだろう。


「ええ、私もそう思います」


「何にせよ、全部隊に警戒をさせろ。ただの馬鹿なら嬉しいが、何か我々の想定外の作戦があるのかもしれない。あと副隊長も今のうちに食事をしておけ」


 ガルモスはひとまずの指示を出し、テントを出る。空は曇っており、森の奥となると薄暗い。


 改めて辺りを見回す。木の横枝は低い位置にも多い。やはり長槍は使いにくいだろう。


 ガルモスは腕を組み、更に思考を巡らせる。

 何はともあれ、人間は向かってきている。長槍にさえ目を瞑れば、総攻撃も手ではある。

 例えば、横に広がって森を進み、強敵と接敵した箇所には大魔術師を投入する。布巾でテーブルを拭くように、森を掃討していく作戦だ。視界の悪い森の中で横列を維持するのは難しいし、被害も甚大になるが、4千を使い潰すつもりなら成立はする。

 もしそんな手を考えているなら対処は可能だ。機動力のある小部隊を複数組織して一撃離脱を繰り返す。それだけで瓦解していくだろう。


 考えてはみたものの、違和感がある。そんな下手な手を大魔術師が採るだろうか。

 そうこう悩んでいたところに駆け足で魔族が近付いてくる。


「隊長殿! 人間の軍が4つに分かれました。それぞれ1千程度、大魔術師は未だ発見できません」


「意図が読めんな……斥候の密度を上げろ」

 


◇◇ ◆ ◇◇ 



 エリーサは兵力約3千8百のバララット軍と共にバルエリから出撃した。うち3千は無理やり積み増した領民兵、正直なところ弱兵だ。


 エリーサは行軍する部隊の中程に混じってひっそりと歩いていた。なるべく存在を気付かれたくないので、周りには背の高い兵士を集めている。魔族の斥候が来てもエリーサは目視できない筈だ。

 不幸にも背が高かった兵はガチガチに緊張した様子で、長槍の先がぷるぷる震えている。平民が突然王女の隣を歩かされているのだ、無理もない。


 エリーサは"始まっちゃったなぁ"と心の中でぼやく。

 バルエリ防衛についての会議の後、結局誰からも他の案は出てこなかった。冒険者ギルドには少し期待していたのに、悲しい結果だった。

 斯くしてエリーサのプランは僅かな修正だけして、実行となった。正直言って素人の思い付き、上手くいく自信はない。他に策がないからやるだけだ。胃が痛い。


「ドグラスさんが居たらなぁ」


 エリーサは小さな声で独り言を呟く。行軍の足音で消され、声は周りの兵士には聞こえない。ドグラスなら、きっと合理的で手堅い作戦を考えてくれるだろう。ドグラスの優しげな顔が頭に浮かぶ。早くまた会いたかった。


 軍は進み、魔族の潜む森が近付いてくる。


「軍を分ける! 取り決め通りに動け!」

「落ち着け! 前の旗に続けば大丈夫だ!」


 あちこちから声がする。ここで部隊は4つに分かれる。

 寄せ集めの部隊で、大半を占める領民兵は訓練ゼロだ。整然とした行軍とは程遠い。それでも何とか予定通りに分割された。それぞれ9百人程の部隊が、別方向に進み始める。


 エリーサは大回りして森の反対側を目指す部隊に混ざる。この隊は移動距離が一番長いため、急がなくてはならない。兵に無理をさせ、食事休憩もなしで早歩きで進む。

 途中少数の落伍者を出しつつ部隊は行程の8割程を進んだ。そろそろ頃合いだ、エリーサは声を上げる。


「では、私は行きます。皆さんご武運を」


 ここからは単独行動だ。兵士達が場所を空け、エリーサは部隊から外に出る。

 身体強化をかけて素早く、静かに森へと走る。特に妨害は受けず、森にたどり着く。恐らくはまだ見つかっていない。


 至天杖を手に、エリーサはそのまま森の奥へと走っていく。木々を縫い先へ先へ。正確な目的地はない。概ね森の真ん中辺りを目指す。


 視界の隅に魔族とモンスターを見つける。10に満たない小規模な集団だ。向こうはエリーサに気付いていない。

 エリーサは瞬時に数十の魔力刃を構築し放つ。空間ごと狙った刃の嵐が一撃で小集団を刻み、葬る。敵襲を報せる声は上がらない。


 更にもう少し進むと、少しだけ開けた場所があった。木の葉の間から灰色の空が覗く。ちょうど良さそうな場所だ。


「上手くいきますように」


 手を合わせて、一秒お祈り。至天杖を地面に突き立て、エリーサは詠唱を開始した。





読んでいただきありがとうございます。

今日明日で何話か投げたいです。

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