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64 へっぽこ作戦会議


 役人に先導されたエリーサは引退冒険者のアマンダを伴い、バララット邸の廊下を進む。その表情は暗い。どうしよう困った、と口に出さずとも目が語っていた。


 バララット邸に着いたエリーサは湯浴みと着替えを進められ、久しぶりのお風呂を楽しんだ。そして、食事をして客室で仮眠をとった。そこまでは良かった。おかしいのはその後だ。バララット家に仕える高位の文官一同が雁首を揃えて、今後の方針についてエリーサに指示を求めてきた。

 私に聞かれても分からない、がエリーサの偽らざる気持ちだった。


 確かに最高責任者のセヴランが意識不明という困難な状況だ。だが、優秀な家令とか、そういう人がリーダーシップを発揮して欲しかった。


 エリーサがたっぷり30秒フリーズしていたら、後ろに控えていたトガスと名乗る文官が「ひとまず、主だった者を集めて会議でもしては?」と提案してくれて、会議をすることになった。


 会議の準備ができたらまた連絡すると言うことで文官達が去った直後、ロマリーが「部下が御無礼をいたしました!」と青い顔で頭を下げにくる辺り、混乱の極みだ。


 そんなこんなで、現在その会議をするために移動中である。


 目的の部屋に着き、先導していた役人が扉を開く。既に部屋の中には人が揃い、テーブルを囲んでいた。エリーサが部屋に入ると一斉に立ち上がり、深く頭を下げる。


 エリーサは杖を握る手に力を入れ、気を引き締める。頑張るしかないのは、理解していた。


 エリーサは促されるまま一番奥の上座に座る。アマンダがエリーサの斜め後ろに立つ。彼女が付いていてくれるのはエリーサにとって唯一の救いだ。避難する道すがら、少し仲良くなれた気がしていた。この会議もお願いしたら同行してくれた。


「王女殿下、ご参加いただきありがとうございます。緊急時ゆえ、完結に。エリーサ王女殿下から左回りに……」


 一番下座に座った文官が会議の参加者を紹介していく。ロマリー、守備兵の隊長、冒険者ギルド長、文官が2人。エリーサを含めて着席する参加者は6人になる。


 紹介が終わると、文官がテーブルの上に地図を広げる。バルエリ近郊の詳細図のようだ。


「では、まず魔族についてですが、斥候と領民の目撃で概ね状況は把握できています。目測で総数2500程度。街道外れの村をいくつか襲った後、バルエリ北西の森に入ったようです」


 文官が説明し、地図上の森を指差す。

 敵の残存戦力はそんなものだろうなと、エリーサは思った。大きな別働隊の心配は必要なさそうだ。

 村が襲われたのは心苦しかったが、そこは割り切るしかない。


「この森はどのぐらいの大きさですか?」


 森は農地や草原、川に囲まれ小島のようになっている。


「はい。どうご説明すべきか……外周に沿って一周するなら大人の足で丸一日といったところです」


 文官の答えにエリーサは「分かりました」と返す。何となくイメージは掴めた。


「次にバルエリの防衛体制です。守備兵500人に招集した冒険者らが約300人、加えてかき集めた領民が2千人程です。領民兵はもう少し増える見込みです。冒険者()には引退者や狩人も含まれております、ご留意を願います」


 約3千、数だけ見れば魔族側を上回るが、実戦力では圧倒的に不利だ。城壁も高位魔族なら攻城兵器なしで破壊できる。エリーサ抜きでは2日と保たないだろう。


 文官の言葉が切れたところで、守備隊長が口を開く。


「つまり、極めて厳しい状況です。援軍の要請はしていますが、そちらは相当に日数がかかるでしょう。あてには出来ません。お話は伺っております。誠に畏れ多いことですが、エリーサ王女殿下にお力添えいただければ……」


 エリーサが尋常でなく強いことは、既に伝わっている。手紙に書いたし、目を覚ました"お迎え"組の騎兵達はエリーサが一撃でモンスターを倒すところも見ていた。

 守備隊とギルド長が期待の目でエリーサを見る。

 だが、ロマリーが首を横に振る。


「王女殿下には王都に向って貰わねばなりません。夫も目覚めればそう言うでしょう。国王軍の援軍が来るまで持ち堪えるのは我々の義務です」


 伯爵家の陪臣が第一王位継承権者の少女に戦闘を要請するなど、常軌を逸している。ロマリーの発言は当然ではあった。


「しかしながら、バルエリの戦力では勝利は難しいかと……」


 言いにくそうに守備隊長が返す。守備隊長とて非常識な要請をしている自覚はある。だがこれは人間相手の戦争ではない。敗北すれば女子供も鏖殺され、モンスターの餌だ。


「城壁があり、数もこちらが上なのでしょう?」


 ロマリーは譲らない。彼女はホバート侯の姪でもある。教養があり、政治のことも理解しているのだろうが、魔族やモンスターの戦闘能力については無知のようだ。

 苦い顔をして、冒険者ギルド長が発言する。


「ご夫人、畏れながら申し上げます。魔族が相手では並の兵士には時間稼ぎが限界です。槍を持っただけの住民では尚更のこと。冒険者も中堅モンスター相手なら良い戦いをするでしょうが、魔族相手は厳しいのが実情です」


「では避難は?」


「バルエリの人口4万を逃がすのは困難です。逃げた先での食料等のこともありますが、そのような防御されていない長蛇の列は襲撃されれば一溜まりもありません」


 それでもロマリーは「しかし」と引かず、あれこれ言い合いになる。


 言い合う声を半分聞き流しつつ、エリーサは考える。


 ドグラスはレブロが攻撃されると言っていた。国王軍を動かす上でエリーサが王都に帰還することは重要だろう。そして何より魔術師として、エリーサはレブロ防衛に必要とされている筈だ。ここバルエリに長く滞在する訳にはいかない。

 しかし、バルエリ単独では魔族に対して勝ち目がないこともエリーサは理解している。いずれトリスタとドミーがバルエリに来るとは思うが、不確定だし、彼女達もレブロに必要だ。

 そして、魔族が森に入った意図はエリーサでも想像が付いた。バルエリを人質にしてエリーサをレブロから遠く離れたこの場所に拘束するつもりだ。魔族の意図に乗る訳にはいかない。


「ロマリー夫人の言う通り、私は王都に急がなければなりません。理由は言えませんが、必須です」


 エリーサが口を開くと、他の全員はスッと黙る。視線がエリーサに集まった。

 エリーサは言葉を続ける。


「まず確認です。守備兵や冒険者の質は標準程度の想定で構いませんか? レッドドラゴン級を倒せる人間はいませんか?」


「守備兵の主な業務は治安維持です。訓練はしていますが、エリーサ王女殿下のお見込みの通り、戦闘力は精々標準かと」


「冒険者の中にも対龍クラスの人員はおりません」


 守備隊長と冒険者ギルド長の返事を受け、エリーサは頷く。


「ならば私なしでバルエリが攻撃を受ければ勝ち目はありません。短期間、1日か2日で魔族を壊滅させ王都に向かう。それしかありません」


「エリーサ王女殿下は第一王位継承権者でございます。戦うなど……」


「ロマリーさん、お気づかいありがとうございます。ですが、私は戦います」


 エリーサに断言され、ロマリーは「差し出がましい発言、申し訳ございませんでした」と頭を下げる。


「こちらから攻撃をかけると仰るのですか?」


 エリーサは首を縦に振る。


「しかし、魔族は森に潜んでいる。私がここ(バルエリ)にいる限り森からは出て来ないでしょう。平原で会戦をして決着とはいきません。何か考えのある人はいませんが?」


 一同を見回すが、会議参加者からアイディアは上がらない。エリーサはアマンダの方を見て、尋ねる。


「アマンダさん、私が森に籠る魔族を攻撃するとして、何日必要だと思います?」


 アマンダは暫く考え、予想を口にする。


「20日あれば概ね撃破できるかと」


 アマンダの回答にエリーサは頷く。エリーサ自身もそのくらいかかると思う。

 それでは遅すぎる。


 だが、バルエリを見捨てたくはない。何か手はないか、とエリーサは脳を回転させる。


 問題は森だ。小さな森とはいえ、森ごと焼き尽くせる規模ではないし、索敵しながら少しづつ殲滅していくには時間がかかる。

 何とか森から引きずり出すことが出来れば、平原ならエリーサの魔術で殲滅できるのだが……。


 何か、何か


 ドグラスやソニアの教えてくれた知識を引っ掻き回して考える。


 と、注意散漫になっていたのか、至天杖が手からころりと倒れる。石造りの床に落ちて高い音がした。

 国の至宝が落ちた音に、一同が声にならない悲鳴を上げる。


 エリーサは慌てて至天杖を拾い、ふと思いつく。


 至天杖、そうだ、この杖だ。


 できるだろうか、頭の中でシミュレーションする。

 自信はないが、不可能ではない気がする。


「一つだけ、考えがあります」


 エリーサは思い付いた作戦を説明する。皆神妙な顔でエリーサの言葉を聞いていた。理解しているのはアマンダと冒険者ギルド長だけな気がするが、最後まで言葉を続ける。


「明日までにこれより良い案が誰からもでなければ、これを実行するのはどうでしょうか」


 エリーサ以外の参加者5人が「承知いたしました」と頭を下げる。


「では、準備をお願いします。その、もっと良い案、本当に真剣に強く募集してますから、気軽に言ってくださいね?」


 困惑気味のエリーサの様子に、アマンダが小さく笑った。





読んでいただき、ありがとうございます。

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