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59 枢密会議

 レブロ辺境伯バレント・カッセルはフランティス・デベルを見送ると、そのままホバート邸に向かった。


 先触れなしの訪問になったが、幸いホバート侯は屋敷におりすぐに面会できた。


 ホバート邸の応接室、巨木から切り出したであろう一枚板のテーブルを挟み、二人は向き合う。


「なるほど……」


 バレントの説明にホバート侯は苦い顔をする。


 無理もない。レブロに魔族軍侵攻の可能性大、カッセル家及びデベル家の戦力を即時レブロへ派遣。端的に悪い知らせだ。


「申し訳ない。この状況で王都から戦力を引き剥がしたくはないが」


 バレントは頭を下げる。

 大臣派は弱っていても健在である。カッセル家の魔術師とデベル家の剣士は大臣の強硬手段を封じる重石だった。そして国王は相変わらずの昏睡状態だ。


「辺境伯殿、謝罪は不要。魔族相手では是非もない」


 ホバート侯は「魔族め、こんなときに」とため息混じりに呟く。


「エリーサ王女殿下についても情報がある。ホルカ街道をバルエリ方面に向け移動しているようだ。状況的に王都へ帰還する判断をなさると思うが、詳細は不明だ」


 エリーサ単独行動の可能性は伝えない。無駄な混乱を生む恐れが高いとの判断だ。


「ご無事なのは何より。しかし、その位置だと王都到達までには日数がかかるな」


 ホバート候の表情は晴れない。

 バルエリから王都シャンタへは通常の馬車なら40日以上かかる。直接馬に乗り、身体強化魔術を施すとしても10日といったところか。

 そのバルエリにも到着していないのだ、エリーサの帰還は暫く期待できない。


「重ねて申し訳ないが、レブロ辺境伯としては即時の国王軍招集を求める」


 バレントはホバート候の目をまっすぐ見て、言う。


「だろうな。本来なら大臣にカッセルとデベルの戦力が王都から消えたことを知られたくはないが……これまたやむを得ない」


 レブロ辺境伯家の武力が卓越していても魔族の大規模侵攻であれば単独での対処は難しい。特に今は『統合魔術』の使い手たるドグラス・カッセルが居ない。

 フィーナ王国が誇る常備軍、国王軍の投入は必須だ。

 そして、エリーサが居ない現状、軍を動かすには枢密会での決議に加えて大臣の賛同が必要になる。流石に大臣にも現状は伝えざるを得ない。


「問題は大臣ヘルマン・ブラッケが素直に応じるかですが」


 バレントが懸念を口にする。

 レブロ辺境伯軍と国王軍が魔族に各個撃破されれば、フィーナ王国は滅亡する。大臣としても国が滅びては政争も何もない筈だ。だが同意する代償に何らかの政治的譲歩を迫ってくる可能性はある。


「分からん。何にせよ枢密会議を招集するしかないな」


 ホバート侯は再びため息をつく。対策を詰め、十分な根回しをする時間はない。


「この後私はウジェーヌ侯に情報を伝えに行こうと思う」


 バレントの言葉にホバート侯は大きく頷く。


「承知した。こちらはバララットらと情報を共有した後、大臣に話を持って行こう」



◇◇ ◆ ◇◇ 



 王都に魔族襲来の一報がもたらされた翌日の夜、緊急の枢密会議が開かれていた。通常ではあり得ないスケジュールだが、有事となれば話は別だ。

 王都を離れていた委員もおり、数名が代理の出席となっているが議決の効力に問題はない。


「現状については以上です。デベル家は国王軍の招集を提案いたします」


 枢密会議の場に、どこか可愛らしい声が響く。デベル家当主の代理、アルガス・デベルだ。


 ホバート候は小さく頷いた。台本通りきっちり説明できている、これなら問題はない。

 国王軍招集を求める発議はデベル家から行うことにしていた。経緯からしてホバート候から行うよりも自然だ。

 ホバート候は大臣ヘルマン・ブラッケの様子を伺う。真剣な面持ちだが、特段の感情は読み取れない。

 会議の開催要求に当たり、ヘルマンには一通りの説明はしてある。だが、妥協の為の交渉までは出来ていない。何せ時間がなかった。ホバート派内部さえ、最低限の情報共有しかしていない。

 ホバート候もこんな状況で臨む枢密会議は初めてだ。とはいえ、時間がなかったのは大臣も同様、十分な戦略を練れているとは思えない。


「魔族の襲来、確度はどの程度なのですかな?」


 大臣派の枢密委員がアルガスに問う。駆け引きというより純粋な疑問といった雰囲気だ。


「はい。レブロへの攻撃はあくまで予想です。しかし状況から可能性は極めて高いと判断しています。そしてナミタ大森林方面から魔族軍が侵攻してきたのは確定情報です。何にせよ防御は固めなければ」


 アルガスが答えを返す。僅かに緊張のにじむ声だが、十分に合格点だ。

 ホバート候はアルガスの言葉から一拍だけ置いて、口を開く。


「南から進む魔族軍も相応の規模となれば、軍の招集は必須でしょう。国王軍は常備軍とはいえ、動かすには多少の時間がかかる。既にフィーナ王国領内に敵がいるなら急がねば」


 国王軍の兵士は国内各所の拠点に散って、主要街道の警備や大型モンスターへの警戒など諸々の業務にあたっている。王都に駐留しているのは一部に過ぎない。

 戦力は王都近郊に偏在させているので7日もあれば実戦力の8割程度は集結できるが、それでも魔族が迫ってからでは遅い。


「しかし、軍の集結には相応の費用もかかりますが」


 中立派委員の一人が言う。中立派はウジェーヌ侯以外は必ずしも味方ではない。とはいえ、費用の話しが出る可能性は想定していた。


「費用はホバート侯爵家で負担しても構わない。魔族に蹂躙される可能性を考えれば安いものだ」


 費用がかかると言っても、既に存在する常備軍を動かすだけだ。募兵から始める場合のような多額の資金は必要ない。資金力に優れるホバート侯からすれば、大した出費ではない。

 ホバート侯の発言に、ウジェーヌ侯爵も大きく頷く。


「費用はウジェーヌ侯爵家も負担しよう。招集には賛成させていただく」


 大臣派からも特に反対の声は上がらない。当の大臣はただ黙って話を聞いている。


「大臣ヘルマン・ブラッケ殿、どうでしょう。軍を動かすことに同意はいただけますか」


 発議者であるアルガス・デベルが大臣に問いかける。大臣は落ち着いた様子で僅かに体を前方に傾け、口を開く。


「ふむ。理由は理解いたします。ただ一点、総司令官の選任はお任せいただく」


 "そう来るか"とホバート侯は奥歯を噛む。王都からカッセル家とデベル家の戦力が消えた状態で国王軍の指揮権を大臣派に握られるのは危険だ。

 とはいえ、軍を集めない訳にもいかない。それに王が意思を示せない以上、指揮官を大臣が指名するのは自然な流れではある。


 一瞬の沈黙の後、中立派の一人が大臣に質問する。


「誰を指名するおつもりですかな?」


「私はもう歳ですので、ロラン・ブラッケを考えております」


 ロラン・ブラッケはヘルマンの甥だ。大臣派がエリーサの夫にと目論んでいた人物でもある。大臣と違って貴族界隈での評判は良く、能力にも人格にも問題はないとされる。


 ホバート派としては受け入れ難い内容ではある。しかし、軍の招集に大臣の同意が必須な以上主導権はヘルマンにある。


 ホバート侯は思考を巡らす。


 総司令官の座を抑えても、軍を完全に自由にできる訳ではない。違法な命令や明らかに不当な命令は通らない。

 だがそれでも適当な理由を付けて大臣派に有利な動きをさせることは可能だ。大臣派の手は貴族、役人、商人に加え犯罪組織にも及んでいる。軍の力を背景に、それらに暗躍されれば脅威だ。


 具体的にどのような策を巡らせているのか、それはホバート候にも読めない。しかし、大臣はエリーサの動向は知らない筈だ。大臣が何を考えていようと、エリーサが王都に帰還すれば状況を逆転できる可能性が高い。


 大臣に軍の指揮を委ねるのは危険だが、魔族に蹂躙されるリスクの方がより重大、ホバート候はそう判断する。


「ホバート侯爵家としては、それで問題はない。それと、具体的な対魔族の防衛については軍の集結がある程度進んだ段階で再度枢密会議を開きたい。その頃には情報も今より集まっていることだろう」


「承知した。次の枢密会議は8日後といったところですかな」


 数秒の沈黙、特に反対はでない。


「では、決を採らせていただきます。国王軍の招集に賛成の方はご起立ください」


 全員が立ち上がり軍の招集が決定された。






 ヘルマンが、ただ単にブラッケ家の歴史に「国王軍総司令官として魔族大規模侵攻を阻止」という一文を刻みたいだけだったことには、誰も気付いてはいなかった。


読んでいただきありがとうございます。


仕事の試験勉強で空いてしまいました。

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