降霊術
家紋武範様主催の『知略企画』参加作品です。
今回は少し怖いかも知れません。
十二月も半ばを過ぎて、めっきり冷え込んできた空気を感じつつ、大学の構内をのんびりとマイバッグを片手に目的地へと向かい歩いていく。
目的地は構内の外れにある三階建の建物。大小様々な部活やサークル、そして研究会の部室が入っている立派な部室棟。その中の小さな一室、我がオカルト研究会の部室だ。
部室棟について、オカルト研究会と書かれたプレートの掛かったドアを軽くノックして数秒待つ。
すると中からかすかに足音が聞こえてきてドアが静かに開き、眼鏡を掛けた小柄な男子が顔を出した。
前髪と後ろ髪を綺麗に切り揃えていて、どこか座敷童感のある可愛らしい見た目。それとは裏腹に、慇懃無礼に暴言を吐くという口の悪さがある、俺の二つ下の後輩。我がオカ研のホープである梅木だ。
可愛いのに口が悪いのがいいと一部女子に人気で、同期から紹介してくれと言われたりするが全部お断りしている。そういう話をすると当人が物凄く嫌そうな目で俺を見るからだ。
その時の目よりはマシだが、若干ジト目で俺を見上げて溜息をつく。
「南先輩、二十分遅刻ですよ?約束の時間はきちんと守らないと駄目でしょう。それから、そんな恰好をしていて寒くないんですか?」
「ん?どこかおかしなとこあるか?」
そう言われて自分の格好を見下ろす。一応長袖のシャツを着てるし、履いてるズボンだって冬物なんだけどな。どこかおかしいところでもあるんだろうか。
そんな俺の様子を見て、梅木は小さく溜め息を零して首を左右に振る仕草をする。
「先輩、そのシャツの下ってTシャツ一枚だけですよね?普通、筋肉質な人って脂肪が少ない分だけ寒さには弱いって聞いてたんですが、先輩が特殊なんでしょうか」
「さぁ?取り敢えず俺はこれで寒くないからな。まぁ、寒いと思うんだったら早く中に入れてくれないか?浦も来てるんだろう?」
「はーい、来てまーす!梅木くんと待ってましたー!」
もう一人いるはずのメンバーの確認をすれば、こちらの会話が聞こえていたのか中から元気な声が聞こえてきた。
黒髪のショート、くりっとした瞳にころころと変わる愛嬌のある表情。背丈はこちらの胸元くらいの小柄な一つ下の後輩で、梅木とはときどき口喧嘩をしつつも仲が良い。いつも元気いっぱいなワンコ系女子、浦である。
来たのは俺が最後だったみたいなので、改めて遅れて悪いと言いながら室内へと入り、テーブルの上にマイバッグの中身を広げていく。
「ほい、今日は何とちくわパンとようかんパン、パインパンという珍しいパンと、抹茶オレとほうじ茶オレとイチゴオレだ。好きなのを取っていいからな?」
「わー、ちくわパンなんてあるんだー?ようかんパンも珍しいし、どれにしようかなぁ?」
「これ、本当に購買で売ってたんですか……?僕はようかんパンと抹茶オレにします。頂きますね、南先輩」
梅木がようかんパンと抹茶オレを選んだので浦がちくわパンとイチゴオレの組み合わせを選び、残ったパインパンとほうじ茶オレを俺が取る。
遠慮がないように見えるが、浦に最初に選ばせようとすると凄い時間がかかるからな。
俺は二人が選んで余ったのをいつも取っているし、毎度の事と俺も浦も気にしていない。
パインパン、懐かしいな。昔は良く食べてたっけ。パインのドライフルーツが美味しいんだよな。
「わっ、ちくわがそのまんま入ってるんだ?パンと一緒に食べると不思議な食感がしておもしろーい!」
「食感で言えばこっちも不思議な感じがしますね……でも、美味しいです」
とりあえず口に合ったみたいで何よりだ。珍しいパンって好みがあるからな。ただ、買ってきた俺が言うのもなんだが、ちくわパンにイチゴオレって合うんだろうか。
それからもぐもぐと黙々とパンを食べていき、一番食べるのが遅い浦が食べ終えたところで、今日の議題をスタートさせる。
「さて、今日二人に集まって貰ったのは他でもない。オカ研の活動として何かしようと思ってるんだが、そのアイデアを出して貰おうと思ってな。一応、俺も腹案として一つ考えてるけど二人は何かしたいことはあるか?」
「前回が僕の発案でしたし、その前は浦先輩の発案でしたから、今回はその南先輩のアイデアでいいと思いますよ。浦先輩はどう思いますか?」
「そうだねぇ、順番で考えると南先輩の番だし、私もそれでいいと思いまーす!」
どんなことをするかを言ってもいないのに、いいと思うって言うのはどうかと思うんだが。
まぁ、別におかしなことをするつもりはないからいいんだけどな、オカルト研としては、だけど。
「ふふふ、言ったな?なら、降霊術、squareをやろうと思うんだがどうだ?」
「スクエア?あれ?今は合併して」
「そちらではないです。四角形、という意味の方です。オカルト業界では割と有名な降霊術ですよ」
うむ、良いツッコミだ、梅木。というか降霊術って言ってるのに、そっちが出てくるのはどうかと思うぞ。
どうやら梅木は知っていて浦は知らないみたいだな。そうなると、元になった話からした方がいいか。
「うむ、流石は梅木。良く勉強してるな。浦、取り合えず元になった話から説明するから、ちょっと聞いてくれ」
「いえ、有名な話ですし、これくらいは勉強してる内に入りませんから」
「梅木君は本当に頭がいいよねー?それじゃあ、南先輩、お話お願いしまーす!」
有名って言ってもオカルトが好きな奴らの間ではって意味で、もともと梅木はそんなにオカルトに興味がなかったはずだから、良く知ってたと思って褒めたんだが。入会してからそういう本を色々と読んで勉強してくれたんだろう。成績は優秀でテストではいつも上位だって話だし、なんでオカ研に入ったのか不思議なんだよな。聞いたら未だに科学では解明できていない領域の話に興味が沸いたからって言ってたけど。
「さて、それじゃあ簡単に話していくぞ?昔、冬の雪山に四人の男が登山に入った。事前にちゃんと天気予報を確認して、その日はずっと晴れだってことを確認して山に入ったのに、途中で猛吹雪になってしまい四人は遭難しそうになった。幸いなことに何度もその山には入っていたので、途中にある山小屋の位置を把握していた四人は命からがらその山小屋に辿り着いて、幸いにも中に入ることが出来た」
「事前に確認してたのに吹雪になっちゃったんだ。山って怖いね」
「今でこそかなり正確に予報出来ますが、このお話の当時はまだまだ予報の的中率は低かったですからね。こういうことも良く、かどうかは分かりませんがあったのでしょう」
まぁ、この話の時代設定っていつか分からないからな、まだ気象予報がそこまで発展していないって設定なんだろう。元は都市伝説だから、話にこういう無理や矛盾が出ても余り突っ込まないで欲しいんだが。
ちなみに、人数が四人じゃなくて五人の場合もあって、もしかしたらそっちの方が有名かも知れない。
「しかし、そこで今度は不幸なことがあった。以前に利用した先客が使い切ってしまったのか、その山小屋には薪がストックされていなかったんだ。薪が無ければ火を起こして部屋を暖めることも身体を温めることも出来ない。仕方なく四人は出来るだけ身を寄せ合って密着して、寒さを凌ごうとしたんだ」
「山小屋って薪がストックされてるの?」
「管理人さんやボランティアの方が好意で作ってストックして下さってることもあるそうです。ですが、あくまでも好意でして下さってることですので、使う時は最低限にして感謝して使いましょうね」
山小屋に使い過ぎないでくださいって貼り紙がしてあるって聞いたことがある。
ちゃんと自分で作って持っていけばその限りではないらしいけど、こういう非常事態時に困るから使う時は本当に感謝して、使い切ったりしないように必要最低限にしないとだな。
もしも使い切ってしまったら、山小屋を管理してる管理人か管理団体に連絡するといいかも知れない。
山小屋には行ったことないから、良く分からないけど。
「しかし、日が暮れて夜が更けるにつれてますます気温は下がる一方。このまま動かずにいたら体温が下がってしまい、眠ったらもう起きることが出来なくなるかも知れない。そう思った四人の内の一人がある提案をするんだ。四人で山小屋の角に一人ずつ立って、まず一人目が二人目のいる角に向かい歩いていって肩を叩く。叩かれた二人目は三人目がいる角にいって肩を叩き、三人目は、って言う風にぐるぐると順番に歩いて肩を叩いて移動するってそういう運動をしようってな。そうすれば四人とも動くことで体温が上がって、眠ることもないだろうって」
「へぇ、考えた人って頭がいいね。確かにそれならなんとか助かるかも?」
「っ……!」
梅木の奴、答えを知ってるから噴き出すのを堪えてるな。まぁ、俺も浦が気付かないような説明の仕方をしてるから同罪な訳なんだが。
というか、梅木が口元を抑えてぷるぷるしてるのって何気にレアな光景な気がする。
「まぁ、結局のところは夜が明ける前に四人とも動けなくなってしまったんだ。体温の上昇と睡眠防止の効果はあったかも知れないけど、体力を消耗するってことにまで気が回ってなかったんだろうな。救助隊が山小屋に駆け付けたとき、四人は辛うじて息が有って病院に運ばれ、無事回復してめでたしめでたしとなった。しかし、遭難した四人が奇跡的に無事生還したってことで、ある記者が取材を申し込んきたんだ。その取材の中で、記者がその話におかしなところがあるって気付いたんだよ。その運動は四人ではできないのではってな」
「あー、確かに体は暖まって睡眠防止になっても、一晩中歩いてたら疲れるよね。え、おかしな点?どこかおかしなところってあったっけ?あれ?四人だとあの運動ってできないの?」
「浦先輩、良く考えて下さい。確かに四人だとあの運動は出来ないんです」
そう、実は今の運動の話の中にはおかしなところが一つあるんだよな。
ここはツッコミを入れていいところだし、入れて貰わないと困るんだが、浦は分かるかな?
「えーっと、一番目の人が動いて二番目の人が動いて……あれ?なんか変?」
ぶつぶつと呟きながら、腕組みをして考え始める浦。少し考えただけで分かるとは伊達にオカ研に二年在籍していないな。
後輩の成長にうんうんと頷いていると、頭の中で考えるだけだと感じている違和感が良く分からなかったのか、テーブルの上を指で四角を描くようにとんとんと叩きだす。
そうそう、そうやって良く考えるんだ。オカルトの世界だと、ちゃんと考えないとおかしなことに気付けないってことが良くあるからな。
「あっ、ほんとだ!四人だとこれ出来ないや。あれ?じゃあ、なんでこの四人は出来たんだろ?」
分かったみたいだな。そう、この運動は四人では出来ないんだ。一番目が移動して二番目の肩を叩いた後に、最初の位置に一番目が戻っていない限り、一番目が居た最初の位置は無人になっていて、四番目が来たときには肩を叩く相手がいない。
紙か何かに四角を書いて、何でもいいからコマを並べて実際に動かすと直ぐに分かるから、口頭だけで説明しないと直ぐにネタばれするのが難点なんだよな。
「そう、四人では出来ない運動が、なぜか四人で出来てしまった。それは何故か?五人目の誰か、いや、五番目のナニカが存在したからだ。四人は知らず知らずのうちに得体の知れないナニカを呼び出してしまい、一晩中そのナニカと共に過ごしていたって訳だ。特に四番目は得体の知れないナニカの肩を叩き続け、一番目は肩を叩かれ続けて、な」
「で、でもでも、普通に考えたら出来ないはずって誰かが気づくよね?誰も気づかなかったのかな?」
まぁ、極限状態に置かれている人間がそこまでまともな判断が出来るかどうかって問題もあるけど、浦の言うとおり誰かがおかしいって気付いても変じゃないんだよな。
「そうだな、確かに誰かが気付いてもおかしくなかったのかも知れない。でもな?逆に気付かなくて良かったのかも知れないぞ?」
「え?なんで?なんで気付かない方が良かったの?」
浦の質問に、俺はにやり、と口裂け女をイメージした笑みを浮かべて答える。
梅木が若干あきれた顔をしているが、気にしたら負けだ。
「もし、五番目のナニカが四人におかしいって思われたことに気付いたら……果たしてそいつはどういう行動を取るだろうな?もしかしたら……そいつは四人の中の誰かと入れ替わってなりすましてしまったかも知れないし、四人とも生きては帰れなかったかも知れない。なにせそいつは得体の知れないナニカ、なんだから」
「と、言うわけでスクエアというのはある意味で簡単に実践出来る降霊術なんです。何せ真っ暗な部屋の中で四人が角を移動していくだけでいいんですからね。それで途中で途切れることなくぐるぐるとまわり続けることが出来たら、召喚成功、という訳です」
と、俺の話を梅木が締めてくれる。暗い部屋と人間を四人、それだけで実践できるからお手軽な訳だ。
問題はこの場に三人しか人間がいないってことだけど。後一人、誰か知り合いを呼んで協力してくれって頼まないといけないんだよな。幽霊会員の誰かに連絡して参加させるのもありなんだけど、っていうか、頼むならまずはそこからか。
「ねぇ、もし召喚に成功しちゃったらどうするの?」
「え?いや、召喚するのが目的なんですから、成功したら万々歳だと思うんですが、何か問題でも?」
不安そうな浦の言葉に、きょとんとした顔で首を傾げる梅木。
ああ、そうか。確かに降霊術には憑き物、もとい付き物のその問題があったか。
「コックリさんとかなら、最後にお帰り下さいってお願いして、はいの方にコインが行けば終わりだけど、この場合はどうやって帰ってもらうの?しかも、私達は呼ぶつもりでしてるんだから、五番目のナニカさんに気付かれ易いんじゃないかな?」
「なるほどな。確かに万が一にでも召喚に成功したら、送還させる方法が分からないとまずいか。とはいえ、元の話だと気付いたら四人が気絶してたから、どうやって送還したかが分からないんだよな」
「みんなが気絶したから飽きて帰ったのかも知れないですが、そうすると僕達は気絶するまで回るのを辞められないってことになりますよね。しかも、いつ僕達が気付いてることに気付かれるかって緊張しながら」
まぁ、考えようによってはその緊張のせいで気絶出来るかも知れないけど。でも、俺達が召喚するナニカと元ネタのナニカが同じ条件で帰ってくれるかなんて分からないし、寧ろ帰ってくれない確率の方が高い気がする。
成功する筈がないって考えてたけど、万が一でも成功したときのことを考えると何も対策をしてない状態でするのは良くないか。
荒唐無稽な話で、成功なんてする筈ないじゃないかって思うかも知れないが、事故っていうのはそういう思ってもみなかったことから起こるから対策を立てるのは必要なことなんだ。
元ネタの方は開始して一回目で呼んじゃってた訳だしな。こんなことを他の誰かに言ったら笑われるかも知れないが、対策なしでやって、呼べないと思ってたのに呼ぶ事が出来たら大変だ。
気付いたら俺か浦か梅木、誰かが別のナニカに入れ替わられていたらって思うとぞっとする。
「まぁ、降霊術に成功したせいでとんでもないことになるなんて、漫画や映画では良くある話だからな。興味本位でしたらもっと悲惨なことになるかも知れないし、今回は辞めておこうか」
「そうですね。オカルト研究会としてはそういうことを試すのが本来の姿なんでしょうが、万が一でも何かが起こったらいけないですし」
「でも心霊スポットとかには取材で行っちゃうんだから、私達も大概だよねー?」
確かにそうだな、そこで何かが起きたり写ったりするのを期待してるんだから、浦の言うとおりだな。
自分達としては取材や研究の為だとしても、向こうからすれば遊びに見えてもおかしくはないんだし。
結局、この日はどういうことをするかという話し合いは、特にいいアイデアが出ることもなく終わってしまった。
明日、また集まって何をするか話し合うことを決めてから今日は解散の運びとなり、俺はアパートへと帰ることにした。
部屋の中に入りドアの鍵を掛けて、コンビニで買った弁当とカップラーメンで夕飯を済ませ、それから風呂に入る。
そして、今日はもう早めに寝ることにして布団を敷き、明かりを消す。
布団に入り、一回くらいはスクエアしてみたかったなぁと、小さく呟いて目を閉じる。
それはもしかしたら気のせいだったのかも知れない。
でも、確かに眠りへと落ちる瞬間。
耳元で誰かが舌打ちするような音が聞こえたような。
……そんな気がした。
怪談や怖い話をしていると、寄ってくるらしいですので、そういう話をするときはお気をつけて。