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188.波澄阿修羅と【アオアクア】後編



「……ん? 【アオアクア】……?」


 店内を見回っていると……ふと、大々的に店頭に飾られたpop(ポップ)が目に止まった。それはつい最近、勢力的に活動して破竹の勢いを見せているロックバンドを売り込むものだった。

 何年か前にデビューして、なんか急に活動を休止して、つい最近また復活した話題のバンド──テレビで多少目にする機会はあったが……少年にとって彼らはまだその程度の認識だった。


 それまで発売したシングルは12枚。

 少年もどこかで、リリースされた曲のどれかをワンフレーズくらいは耳にした憶えはあった。

 しかし、記憶に残らなかったのは……当時、バンドが数多く台頭していてどれも同じに見えたからだった。


「『5週連続リリース第3弾シングル【風化~dead cycle(デッドサイクル)~】』……なんか仰々しいタイトルだな……聴いてみるか」


 売れていることも踏まえて、きっと、このバンドも同じように『普通』なのだろう──と大して期待もせずにヘッドフォンを耳にかけ、曲を再生する。



 結果──少年の価値観は変貌を遂げた。

 静かなアルペジオから始まるイントロからの重低音。透き通るような声の持ち主が織り成す、腹の奥に響くシャウト。

 何より──今の世相をまったく意にも介していない、反骨的な詞の羅列。


『従われた未来を手にするな、『普通』はその場所に存在しない』

『価値観なんて誰が決めたものか』

『正しいと信じてきって流される哀れな家畜をいつか壊してやる』

『俺のままで生き、俺のままで朽ち果ててやれ』

『少年は理想を迎え、『普通』は地へと堕ちていく』


【そのままでいい、キミの世界は間違いじゃない】


 少年の心は曲調に反し、軽くなった。まるで重荷を投げ捨てたかのように。

 誰も少年を肯定してくれなかった……そんな『普通』の流れの中で、この歌詞だけが『間違いじゃない』と叫んでいた。


 ただそれだけで、少年がこのバンドの(とりこ)となるには充分だった。


 よくよく調べ、聴いてみると驚くべき事に彼らは『普通』の曲も歌っていた。歌詞の『芯』を曲げないままに。

 忌避していた明るく前向きな曲も──彼らが手掛けたものは何処か違っていた。それは彼らが、どんな風に生きるのも『自由』だと自身らの旗に掲げていたからだった。

時には前向きに生きるのも、時には普通に生きるのも、時には後ろ向きに生きるのも……彼らは自由だと叫んでいた。


 バンド名に掲げていた魂は──『虹』。

 その魂を体現するかのような、七色どころではない音楽性は……少年の生き方や思想までもを受け入れ、決して否定しなかった。


「自由……普通でもそうじゃなくてもいい……………自分の世界は、自分の好きに生きていいんだ……!」


──そして、少年は自分の世界を描く事に目覚めるわけだが……それはもう少し先のお話である。


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(──と、まぁ……これが【アオク】を聴くようになったきっかけなんだけど……どうして泣いてるの?)


──『ぅぅ……ぐすっ……良かったですっ……これでおじさんは生きる希望を得るわけですね……』


(そんな大袈裟な話じゃないんだけど……まぁ【アオク】を聴いてなかったら多分、小説も書いてなかったし……野垂れ死んでたかもしれないなぁ……)


──『じゅうぶん大袈裟じゃないですかぁ……』


(ほら、それより今日で『VR』は当分見納めなんだから次は阿修凪ちゃんの中学三年生の夏に飛ぶよ)


──『なんでそんな具体的で限定的なんですか……』


(だって中学三年~高校一年っていったら青い果実が色味をつけて半熟になってく一番そそる段階だし、そんな夏の水着とお風呂シーンは欠かせないだろう)


──『だろう、じゃないですっ! 水着はともかくお風呂は見ちゃダメ!』


 そんなやり取りをしつつ、俺達は平行世界の旅を満喫した。

阿修凪ちゃんがどうしても見たいって言ったから【アオク】との出逢いに再び向き直ってみたけど……改めて再認識できて良かった。


 解散なんてさせてたまるものか──俺が、彼らの虹の一色になってやる。





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