169.女子高生(おっさん)とギャルと委員長と地下ドルと養護教諭とネズミの国④
「───あっ……あのっ!」
勇気を振り絞り、阿修凪ちゃんはミクミク達に声をかける。
「ん? どしたのアシュナっち?」
「顔色悪いですけど……大丈夫ですか師匠?」
そんな一世一代の決意など知ろうはずもない面々ではあったが、アシュナの様子がいつもと違うと察して心配した表情を見せた。
「あ、あ、ああ……え、えっと……あの、私っ……」
吃りまくってモジモジする阿修凪ちゃん。
暑いのもあるせいか汗をかきまくり、頬を紅潮させ、困り眉で今にも泣きそうに涙を滲ませている。
落ち着くようにフォローしてあげたいが……声をかけると余計に混乱してしまうかもしれない──そんな思いから俺も助けには入れなかった。
「ぅぅ………ぁのぁの……………わ……わたし……………………」
上手く声も出せず、想いも言葉に乗せられない──そうなると更に焦りが産まれ、当惑し……やがて周囲の視線と圧に呑まれ、プレッシャーに押し潰される。
彼女はまさにその狭間に迷い込んでしまっていた。
(……駄目か……これ以上は阿修凪ちゃんの精神が持ちそうにない……踏み出そうと決心しただけでも確実な一歩だし、今日はもう──)
充分だ──と、ついつい手を伸ばす所作をする。
だが──そんなお節介心は無用の長物だった。
交代しようとしたおっさんの心に、切実な想いが溢れんばかりに流れてきて……その心の内に泣きそうになりながら、娘を応援するような気持ちで──手を止め、行く末を見守ることにした。
「──わ、私…………パ、パ、パレードが……み、見たいです……」
やっとの思いで口に出せたその台詞は──か細く、小さく、尻すぼみで……この人混みの喧騒の中では掻き消されてしまっただろう。
けど、声は届いていなくても……彼女のそんな挙動を目の当たりにしたミクミク達が──なんかキュンキュンすると言わんばかりに頬を染めて悶えていた。
「えっ………やばっ……アシュナっち……なにそれキャラ変?! めっちゃ興奮するんだけど!」
「…………えっ?」
「普段おっさんみたいにしてるのはこういう一瞬を輝かせるための振りなんですね!? また勉強になりました師匠っ!!」
「せ……先生っ……鼻血めっちゃ出とるけど大丈夫ですか?」
「尊い……アシュナ様、尊いわぁ……」
おっさんの普段の中年のような振る舞いが──阿修凪ちゃんの女の子女の子した挙動を、ギャップ効果により更なる神聖な魅力へと昇華させたらしく、みんなは
彼女を取り囲んで大騒ぎしていた。
「なになに? パレード見たい? よしよしそんなん当たり前じゃんか、なんなら今日どっか泊まってく?」
「ぃぇ………ぁの………」
「師匠っ、またあたしの太ももで寝ますか? いえ、寝てくださいっ」
「ちょっと待って、貴重な恥じらいアシュナ様を撮影したいから私にも1日だけ貸してくれないかしら?」
「そんな家電みたいに扱うたらあかんでしょみんな……」
「…………ぁ……あはっ」
皆の輪に囲まれ、阿修凪ちゃんは可愛らしく微笑む。
まだまだぎこちないけど……一歩さえ踏み出せば、きっかけさえ掴めたなら……たぶん今日だけなら、助けなくても何とかなる気がする。
みんな、想う形は違うけど……ありのままの阿修凪を好きでいてくれてるメンバーだしね。
──(……おじさん、ありがとう……)
──『どういたしまして、さぁ、楽しんできな』
──(……おじさんも一緒に、ね?)
──『大丈夫、いつでも代われるようにここでずっと見てるよ』
──(…………約束、ですよ?)
----------
-----
--
「──わぁ~…………」
園内を煌びやかに行軍する人気キャラクター達、ライトアップされた西洋の城──そして、天気が良い日にしか拝めないという夜空を彩る夏の風物詩の打ち上げ花火。
だけど、様々な色合いが産み出す乱反射で光る彼女の心からの笑顔は、そのどれよりもきっと輝いているだろう。
予想通り、おっさんが助けなくても阿修凪ちゃんはラストまでの時間をミクミク達と仲睦まじく過ごした。
ぎこちなかった彼女もだんだんとメンバー達に慣れたのか……多少のツッコミを入れられるようになった。
おっさんアシュナの場合、どちらかというと天然を含んだボケ担当だったので、メンバー達にもツッコミを繰り出すアシュナが新鮮に映ったようだ。
──{ほっほっ、上手くやれてるようで良かったの}
──『キヨちゃん、この会話は阿修凪ちゃんには届いてないんだよね?』
──{ほぉ? 教えたわけでもないのによくわかるのぅ?}
──『さっき阿修凪ちゃんが【俺と神様以外の人と話すのは久々】とか言ってた。でも俺には二人が話してるのは今まで聞こえてなかったし……て、ことは【中】にいる時の神様との会話は【外】の人格には伝わらないのかと思って』
──{……お主、その洞察力を他に活かせんのか……?
まぁ、さておき……何か話があるんじゃろ?}
そう、そう思って阿修凪ちゃんが夢中で遊んでる時──そして、【中】にいる内にキヨちゃんを呼び出したのだ。
【外】を司ってる時にする会話とか心情は阿修凪ちゃんに筒抜けになってしまうので……そうなると都合が悪い。
──『まぁ、ちょっと思うところがあって……相談というか、お願いがあるんだ』
──{……ふむ、大体予測できるが……本人の口から聞いておこう}
──『……ありがとう、実は──』