表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/270

読み切り版

以前、読み切りとして短編投稿したものを本編にまとめました。つきましては読み切り版は削除させて頂きますm(__)m


 ある朝、俺の人生は巻き戻った。

 ただ巻き戻るだけでも驚きだってのに、更に【もう一つ】ーーとびっきりの特典があった。


 

「………え? な……実家!? ………しかも妹の部屋……か?」


 俺は【波澄(はずみ)あしゅら】。

 今年で37になる工場作業員。安月給で未だに独り身の……正にマダオ(まるでダメなおっさん)だ。

 

 仕事終わり泥のように眠り、気がつくと良い匂いの可愛い部屋にいた。体が疲れた故の、いつもの寝起き幻覚かと思ったがどうやら違うらしい。

 

「あしゅなー、ご飯よー」


 それは、階下から聞こえた母の声により判明する。あれは間違いなく母の声、そして、窓から見える景色は見慣れた地元の風景。


(実家……!? あれ……いつの間に実家に来てたっけ……疲れすぎて帰郷したのも覚えてないってのか……? やばいな俺……)


 のそのそと階段を下りる、確かにここは実家だ。

 身体がいやに軽い、もしかしたら知らないうちに正月とかになっていて休日を満喫しているのだろうか。


 寝ぼけながら、リビングの戸を開く。そこには確かに俺の家族がいて朝食を摂っていた。

 しかし、まだ脳が覚醒していないのだろうか……皆が異様に若く見える。父、母、妹。

 二つ違いの妹は思っきり若作りをして中学の制服を来ていた。おいおい、それはさすがにキツいだろうと突っ込もうとしたが……思いの外、悪くない。ていうか若い。

 

「もぅ……寝惚けてるの? 早くご飯食べなさい」


 母に叱られる、母も父も白髪も皺もなくなっている。まるで三十代と言ってもおかしくない程だ。

 

 ここらへんで俺は気づく、アニメや映画が好きな俺は異変をいち早く察知したのだ。

 ブラウン管テレビ、日めくりカレンダーの日にち、若い家族。もしかしたら……俺は【時を逆行した】のではないか、とーーこの年にしてファンタジー好きな俺は事態にすぐに順応したのだ。なにかしらの奇跡が起きて二十年前くらいから人生の【やり直し】のチャンスを与えられたんじゃないかと。

 

 高校時代ーーイジメられてから勉強も上手くいかなくなり不登校を繰り返したのちにニートやフリーターも繰り返し、気づけば三十代……安月給で毎日アパートと職場の往復。アニメ、ゲーム、ネットの毎日。

 そんな、何もない現実を無為に過ごすだけの存在になった俺。


(もしかしたら……神様が一度だけのチャンスをくれたのかもしれない。だったらーー俺はもう迷わない! 今度こそ人生を上手くやってやる!)


 心の中でそんな決意をしていた俺に、妹が近づいてくる。妹が中学生という事は、俺は現在高校生ということか。ちょうど良いーーイジメをしていたDQNどもに何かしら復讐してやろうと考えていた矢先、俺は更なる異変に気づいた。

 思い返してみれば伏線は今まであったのにーー母が呼んだ名前……発音が似通っていたから聞き流してたけど【あしゅな】とか呼んでた。

 そして、目覚めた俺の部屋ーー明らかに女の子の部屋だった。極めつけはこの妹、二十年前から一切口を聞いていないくらいに俺を嫌っていたのに。

 今は何故か俺の手を引き、腕に絡みつきながら椅子に座らせてくれた。

 (そんな馬鹿な、一体何があったんだ)と考えるよりも先に、妹自ら答え合わせしてくれた。


「『お姉ちゃん』、早く食べないと遅刻するよ? マナ待ってるから途中まで一緒に行こう」


 神様は俺に、極上のプレゼントを二つもくれたらしい。

 俺はーー高校生までタイムリープしただけじゃなく【超絶美少女】になっていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 着なれない制服に着替える、鏡には信じられない程の美少女女子高生が映っていた。それは間違いなくーー俺だった。

 妹に話をそれとなく聞くと、名前は【あしゅら】なんて鬼羅鬼羅ネームから【あしゅな】へと普通のキラキラネームになっていた。


 女の子として生を受け、可愛がられ、三歳くらいから文字が書けるようになり、【神童】と呼ばれた幼少~小学校時代。ゲーム、漫画、アニメにはまり中二病を発症して尖っていた中学時代ーーそしてごく一般的な普通高校へ入学、と男時代の俺と全く同じ道を辿っているようだ。


(今は高一で9月……クラスでの立ち位置が決まり始め不文律の【カースト制度】が出来上がる頃だ……)


 美少女であっても過去と同じ道を繰り返していると聞き、疑問と不安が押し寄せる。自分で言うのもなんだがアイドルになってもおかしくないような容姿なのに。

 艶めく黒髪、卵肌、アニメキャラみたいな大きな吊り瞳、抜群のスタイル。

 もっと華々しい道を歩んでいてもおかしくない。


(……つまり、変わるのは生まれ変わった『これから』の運命のみ……そういう事か……)


 だけど、予想は少し違っていた。


〈通学路〉


 途中で妹と別れ、懐かしき母校へと歩いていると……突然後ろから抱きつかれる。

 背中で感じるーー柔らかく大きな感触、良い匂い、間違いなく女の子だと即断する。反射的に『ぶふぉうっ』と口から出てしまうと、抱きついてきた女の子は呆れた様子で言った。


「もう、相変わらず変な口調ですね……それに今日はなんだか中年を迎えそうな男性のような雰囲気を醸し出していますがーーまぁ、そのギャップも貴女の余り有る魅力です。おはようございます、あしゅなさん」


 俺の通う高校の現生徒会長で、前世(?)ではのちに経済界に名を馳せる【皇めらぎ】だった。

 品行方正、完全無欠、金持ち跡取りのお嬢様系超美少女。男だった時は別の意味で大層世話になった。彼女は真面目過ぎる性格あってか、アニメや漫画の文化が理解できないらしく二次元美少女に傾倒していた男だった時の俺は気味悪がられて敬遠されていたっぽい。会話をしたことはないが、ゴミを見るような冷ややかな目つきでよく睨まれたものだ。

 

 そんな彼女がどうして今の俺にはフレンドリーに接しているのか理解できずに赤くなって固まっていると、彼女は耳元に薄桃色の唇を近づけ囁いた。


「昨日は【プリっと! ろりキュア】のアニメを全巻視聴したんですよ……? 貴女に近づきたくて拝見して以来すっかり()まってしまいました……よろしければろりキュアの衣装を(わたくし)に着せて撮影して頂いても良いですよ……? 貴女にであれば……少々過激であっても……」


 甘い香りの吐息が耳を犯す。

 朝っぱらから美少女が美少女に絡みつき甘言を囁いているーーその事実に興奮したがどうしたらいいかわからなくなった俺は生徒会長から逃げるように走って高校へ向かった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

〈高校 1-C教室〉


 息切れしながら母校にたどり着く。

 取り立て何の特徴もない、偏差値も進学率も『普通』の高校は記憶の中に残る(すがた)と何ら変わりない。


 悪い思い出であろうと、その懐かしい匂いにより少し冷静になった俺は脳を整理する。


(前はあれだけ二次元を毛嫌いしていた生徒会長のあの変わり様……あれは美少女として産まれた俺のためにああなった、という事でいいのか? 美少女が好きなのか生徒会長!?)


 百合の波動を感じながら教室の戸を開く、すると俺の姿を確認した教室内がし……んと静まりかえる。

 空気のように無視される事はあっても、こんなに注目されるのは初めてだった俺は戸惑う。

 すると、前世クラス内カースト最上位だった陽キャアイドル集団が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「ちょっ……どーしたのあしゅな! ヤバイってそれ! こらっ! 男ども見んな!!」

「こ……更衣室行こ! 着替えよ!? 今度は何のアニメキャラに影響されたのあしゅな!?」

「ヒナっ! ルリっ! 前ガードしてっ!」

 

 タイプの違う、三人の美少女が何故か俺を囲うようにして男子を牽制しながら肩を押す。わけがわからず混乱した俺だったが、陽キャ美少女達の超いい匂いに逆らえず為されるがままに女子更衣室に入れられた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

〈更衣室〉


「あしゅな! あんた下着は!? 汗かいてシャツが透けてるよ! しかもなんでおじさんが着てるみたいなランニングシャツなの!?」


 と、周囲が慌てている中……冷静に原因を知った。

 

 朝、着替える時、当然ブラジャーなるものを着けようとはしてみたが着け方がわからず……コルセットみたいで窮屈そうなのもあって諦めていたのだ、つまり現在ノーブラ。

 下に着るシャツもおっさんだった時の癖で白のランニングシャツを選んでいたーー結果、汗で身体のラインと乳首がくっきり浮き上がっていたのだった。


(おっさんになるとそんなもの気にしなくなるから盲点だったな……別に、見られてもどうも思わないけど……)


 原因を知っても(あぁ……)という感じだった。

 おっさん故の羞恥心とエチケットの無さは女子高生になったところでそのままだった。


「まったく……あんたの身体は固形文化遺産なんだからちゃんと守らないとダメだよ!……男どもに軽々と見せないでね!? わかった!?」

「はっはい! わかりましたっ!」


 20も年下の女の子に怒られて萎縮してしまった。

 ボブカットの茶髪がとても良く似合う彼女は【朝比奈ひな】、クラス一のムードメーカーで容姿もアイドル並み、世話好きの人気者だが……陰キャだった俺に話しかけてきたことは無い。空気のような存在だったのだろう。


「ヒナ、あんた部活だからスポブラ持ってなかった? 貸したげなよー」

「い、嫌だよ! だってあたしめっちゃ汗かいたし……汗臭いもんっ! ………わかった、こっち渡すからちょっと待ってて」


 友人にブラを貸すように言われたヒナは、俺の目の前で制服を脱ぎ出した。アイドル級女子高生が惜しげもなく健康的な上半身を(あら)わにする姿を見て、俺は「ぉおふ……」とか言いながら視界を手で塞ぐポーズをしながら、しっかりと指の隙間から見ていた。


「あしゅなってホント童貞みたいな動きするよね、女子同士なんだから確す必要なくない? はい、こっちは汗臭くないから着けていーよ。ちょっとキツいかもしれないけど我慢して」


 ヒナは胸を守る最後の砦を外して俺に手渡した。一瞬ここをそーゆープレイをする場所と錯覚してしまったが、よくよく考えてみると自分が今、女子高生になっていることを思い出す。

 だが、童貞の俺には刺激が強すぎて混乱してしまったため取り乱し、差し出されたブラを押し返そうとして両手を前に突き出した弾みでヒナの生乳を思いきり揉むというラッキースケベを繰り出してしまった。

 

「んんっ……!? ちょ……ちょっとどうしたの……あしゅな……? いきなり……んっ……」

「ごっごめっ……!! あ……あのさすがに悪いからスポーツブラの方でいいよっ!? ちゃんと洗濯して返すからっ!」

「だっ……ダメだよ! 汗臭いだろうし濡れてて気持ち悪いだろうしっ」

「いや大丈夫! というかその匂いがたまらないというか嗅ぎたいから貸してほしくてあああ何言ってんだ俺はとにかくヒナの汗の染みこんだやつ下さいお願いします!」

「なんか今日変だよあしゅな!? 気持ち悪いおじさんみたいな事言わないでよ!! ……………でも……わかった……あしゅなにだったらいいよ……めっちゃ恥ずいけど…………はい」


 こうして俺は女子高生の汗の染みたブラを手に入れた、早速匂いを嗅ごうとしたらヒナは真っ赤になりながら全力で俺を止めた。

 おっさんだったら即通報モノどころか死刑になってもおかしくない所業でも、美少女なら赦される。その素晴らしき片鱗を味わった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


〈教室〉


 騒動を終え教室に戻ると、男子達が仕切りにこちらをチラチラ見ている。きっと今夜のオカズが決定したことに喜んで顔と体を脳内にインプットしているのだろう、と滅茶苦茶共感した。その張本人(おかず)が美少女の自分だという事実に、何とも言えないもどかしさが押し寄せる。


(とりあえず……ケータイにはヒナ達の番号入ってるしめっちゃメールしている履歴がある……つまり【あしゅな】は陽キャ最上位グループに所属している?……ヒナ達もアニメ好きに変化しているのだろうか……?)


 いくら自分が美少女とはいえど、陰キャでカースト最下位だった俺が陽キャグループにいるというのは不自然極まりない。話なんか合わないだろうし、陰と陽じゃ趣味も何もかも違う。

 しかも時代は未だにガラケー主流の20年前。アニメ文化が市民権を得る(?)のはもう少し先で、この頃はまだオタク文化は一般的じゃなく風当たりも強かったはず。陰と陽が相容れるなどあるわけがない、特にこの時代の陽はチーマーみたいなものだ、陰と絡む筈がない。と若干……被害妄想と偏見と拡大解釈を交えた思考をしながら席に座ると隣の席の男が話しかけてきた。


「や……やぁ、あしゅなさん。今日はどうしたの……? 凄く汗かいてたけど……」


 男だった時、唯一話し相手だった同属性。アニメ好き同士の【結城ゆうき】だ、俺が卒業まで持ちこたえられたのもこの同士の存在があってこそだった。

 よく見ると愛嬌的な顔立ちをしているが流石陰の者といった感じでおどおどしていて目を合わせてこない。大人しくて表立って何かをするタイプではない。

 卒業と共に疎遠となってしまったが、間違いなくこの場で唯一心許せる存在だ。


 俺はユウキ君に色々聞いてみる事にした。

 

「いや、ちょっと今朝から驚きの連続で……ねぇ? ちょっと記憶が曖昧なんだけど……おれ……私ってこのクラスでどんな立ち位置なの……?」

「えっ……? だ……大丈夫? 病院とか行った方がいいんじゃ……?」

「大丈夫大丈夫、それより聞かせて? 私ってアニメやゲーム漫画好きで陽キャでもなんでもないのにどうしてヒナ達とかと仲良いの?」

「よ……陽キャってなに……? 本当に今日のあしゅなさん少し変だよ……?」


 そういえばこの時代にまだ陽キャなる言葉は無かったことを思い出し『リア充』と言い直す。

 顔を近づけたことに照れたのか、ユウキは明後日の方向に視線をやりながら答えてくれた。


「あしゅなさんがアニメとかゲームを周りに広めたんだよ……? ……いや、周りの皆があしゅなさんと仲良くしたいと思って勝手にこちら側に来たと言うか……だからこのクラスは皆アニメ好きで全員仲良しなんじゃないか……」


 ユウキの答えは衝撃だった。

 つまり真相は……俺が陽キャになったわけじゃなく、『周囲の人間全員が俺の位置まで下がってきた』という事に他ならなかった。

 クラスメイト全員がアニメ漫画ゲーム文化に触れ、ウェルカムトゥアンダーグラウンド。サッカー部やバスケ部の陽キャ男子達も、ギャル達も、ヤンキー達も。そしてカーストの壁は取り払われ、皆仲良くなったらしい。


 つまり、美少女あしゅなは『人類補完計画』を素で行ったのだ。我ながら思うーー美少女というのは恐ろしいものだと。男だったら『キモい』の一言で試合終了なものを、人の人生を狂わせてでもこちらの道へ引きずり込んでしまうのだから。

 

「あ、それに学年主任や校長先生やPTAの人達もオタク文化に目覚めたみたいで……朝と帰りの一時間は持ち込んだ漫画とかを読んで英気を養うフレックスタイム制が導入されてるよ」

「フレックスタイム制ってそんなシステムだったっけ!? ていうか教職者もそんなバカな事やってるの!? 大丈夫なのこの高校!?」


 信じられない美少女効果に唖然とする。

 クラスに溶け込むどころか、もはや裏で学校を支配している。美少女とは一体なんなのだろうか。


「あ……でも一人だけ例外がいるじゃないか……君のカレ」

「よ~お、な~にオレのあしゅなを独り占めしてんだよ? ユウキくぅ~ん?」


 ユウキの顔に影が差すと、それを見計らったかのように一人の男が割り込んでくる。身体が無意識に拒絶反応を示す、俺の高校生活に於いてある意味一番の重要人物。

 過去、俺をイジメていたDQN【袴田バカマ】だ。

 金髪、ピアス、典型的にチャラくて定型的なクソ野郎

の脳筋直情型DQN。ケンカが強く、地元のヤクザと繋がっていると噂されていて俺もユウキも誰も逆らえなかった。


「なぁあしゅな。いい加減放課後付き合えよ、つまんねーオタク趣味なんかよりもっと色々楽しいこと教えてやっからさー」


 ユウキが言った〈例外〉とはこいつだろう、と肌で理解する。昔からオタクだった俺達を格好の餌食にしていたのだから聞くまでもなかったーーこいつは、DQNのままだ。

 クラスの皆も俺が絡まれているのに気づいているだろう、チラチラと様子を伺っていた。だけど誰も救いには来ない。


(……何でだ? 明らかに困惑していても誰も助けに入ろうとしない……? みんな仲良くなったんじゃないのか? ……所詮、ただの見せかけだってことか……)


 男だった時も誰も助けてはくれなかった、たとえ美少女になったところで人の根幹は変わりはしないのか。と浮かれていた心は急激に冷め始める。


 だが、それは勘違いだったことをバカマの一言で知った。


「オレら付き合ってもう1ヶ月じゃねーかよ、いい加減少しは触らせてくれたっていいんじゃねーの?」

「……………………ぇ? つ……付き合ったって……誰が?」

「なに寝ぼけてんだよ、オレとお前だっつの」

「……………???????」


 思わず、俺はユウキの手を引いて教室を飛び出した。

 

(わけがわからない! 何でよりによってアイツと付き合ってんだよ過去の(あしゅな)! とにかくユウキに事情を聞かないと!!)


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


〈空き教室〉


 誰もいない空き教室にユウキを連れ込み事情を聞く。どうやら今もユウキはバカマに陰でイジメられいるらしく色々話してくれた。


「お……私が……アイツの告白を……受けた!?」

「う……うん……そう聞いてるけど……本当にどうしたの今日は……?」


 (んなわけねーだろ! 俺がどれだけアイツが嫌いで憎んでると思ってんだよ!)と、思わず怒鳴りそうになるのを抑える。ユウキにあたってもしょうがない、事態を冷静に整理するために長考する。


 どういった理由なのか、【あしゅな】として生を受けてから~おっさんになった【あしゅら】が乗り移るまでの記憶は一切ない。

 つまり、【あしゅな】の16年間は【あしゅら】の16年間をコピペしたものだと思っていた。さすがに女と男じゃあ生き様は多少は変わるーーそれが現在、【オタク美少女を周囲が受け入れる】という結果に繋がっていた筈だった。


(バカマの野郎がそれにより、イジメだった対象から自分の女にしてやろうと対応を変えたのは理解できる……だが、同じオタク思考を持った(あしゅな)だったらDQNなんかに近づかないはず……カレシにするなんてのも有り得ない。最も嫌いなタイプなんだから………なにか弱みを握られた……? それしか考えられないが、この時代の俺に暴かれて困ることなんか無い……風俗に行ったわけでもないし酒もタバコもまだやってない……職場の機械を壊したわけでもない……じゃあなんで……!?)


「ど……どうしたのあしゅなさん……あまり長く一緒にいると知られたらまたバカマ君に何されるか……」

「…………」


 怯えた様子のユウキの言葉が耳に届く、両手で自分を抱きしめるようにして服を押さえ震えていた。

 おっさんの思考になった今ーー年下の少年が怯える姿に保護欲を駆り立てられる。


(………確かにこの頃は俺もDQNは恐かった……力じゃ敵わないし絶対的に威圧されてた……狭い学校生活の中じゃあまだ『本物』に触れることすらなかったからDQNの先輩とかが異様に大きく見えるんだよな………ん? 怯える……?)


 そこで俺は『答え』にたどり着いた。

 そうーーきっと【あしゅな】も怯えていた筈なんだ。二十年分の記憶と経験が加算される前だったなら。


(……そうだ、前の俺の人生をなぞっているならDQNには立ち向かえなくて言いなりになってしまう……あしゅなもそうだったんだ。だけどーー今なら)


 真相にたどり着いた俺は、再度ユウキの手を引いて忙しなく教室へ向かう。


「いっ……一体どうしちゃったのさっ……あしゅなさ」

「ユウキ君、後悔したくないなら想いはちゃんと言葉にしないと始まらない。怖いって理由だけで我慢してたら必ず後悔する時が来るーー後悔の日々を送ったおじさんからのアドバイス。俺が手本を見せてあげるからユウキ君も勇気を見せて」

「……………えっ……?」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


〈教室〉


 教室に入る、フレックスタイム制とかいう有難いような馬鹿なようなシステムのおかげで授業はまだ始まっていない。

 

「よぉ、遅かったなぁ……二人でな~にコソコソやってんのか知らねぇが……ユウキ君、オレの機嫌が良いうちに謝った方がいいと思うぜ……?」


 帰りを待ちわびていたかのように、バカマはユウキの机に足を乗せニヤニヤしながら言い放つ。

 クラスメイトは黙ってなにも言わない。それはたぶんバカマがあしゅなと付き合っていると知っているから。(あしゅな)自身が恐怖により否定しなかったんだろう、だからクラスメイトは黙認してる。よくよく見るとヒナなんかは明らかに不機嫌そうに見える。


(やはり、これは過去の(あしゅな)自身が作ってしまった状況だ……言いなりになってしまい、逆らえずにいた過去の俺が)


 成程成程、把握したーーと過去の自分に告げる。


 そして、笑う。

 どういうわけで時間を逆行して美少女になったかは知らないーーけど、何のためかは理解した。


 安心してくれ美少女(あしゅな)、おっさんだった未来の俺が助けてやる。

 相手は単なるチンピラ高校生ーー男の俺だったら分が悪いけど……お前は最強の武器を持っている。それにおっさんの経験と記憶とずる賢さを加えれば無敵。

 

 俺はバカマの前に行き、【作戦】を開始する。


「……………っ…………ぅうっ……」

「……!? ……は!?」


 立ったまま(うつむ)くこと数秒ののちーー涙を(こぼ)し、身体を震えさせる。

 美少女が突然泣き出したことに流石のバカマも驚いて困惑する。クラスメイト達も異変に気付き、全員こちらを注視する。


(おっさんになると涙脆(もろ)くなって……ちょっとした事で涙が出るようになるからな……演技なんかした事ないけど上手くいって良かった……)


「ちょっ……! お前なに泣いてんだよ!? まさか……ユウキの野郎になにかされたのか!? あの野郎……今度こそ二度と逆らえねぇようにシメてっ……!」

「ぅぅ……違う……違うんだよバカマ君……もぅ耐えられないの……脅されて無理矢理付き合うのが……もう嫌……ユウキ君をもうイジメないで……」

「ち……ちょっとあしゅな! それどういうこと!?」


 予想通り、ヒナ達陽キャグループが一番に反応する。俺は続けて言った。


「ユウキ君が……バカマ君にイジメを受けてたの……私はそれを知ってやめるように言った……そしたらバカマ君が『オレと付き合うならやめてやってもいい』って……だから私はそれを信じて従ったの……けど、ユウキ君はまだ私の知らないところでイジメられてて……もう我慢できなくて……」

「なっ!! あの野郎チクりやがったな!?」


 (バカが)と思わず笑いそうになるのを(こら)える。(とぼ)けておけば良かったものを、だから脳筋の直情型DQNなんだよーーだが感謝する、これで話は一気に進んだ。


「……やっぱり、なんかおかしいと思ってたんだ……あしゅなのタイプにはまるで遠いし……けど、あしゅなが拒否しなかったからアタシ達も踏みいるのはやめようって思って……」

「うん……ごめんねあしゅな……気付いてあげられなくて……」


 やはり予想は(ことごと)く的中していた。

 陽キャ集団は苦手だけど……決して悪い奴らではない。特に仲間うちには親身となりDQN相手だろうが一切怯まない。

 俺は追い討ちをかける。


「ぅうん……私こそごめん……相談できれば良かったんだけど……みんなに迷惑かかると思ってできなかった……」

「迷惑なんかないよ! うちら親友じゃん! ごめん、ごめんねあしゅなっ!」


 ヒナ達は俺に駆け寄り、囲んで手を握る。いたたまれなくなり始めたのかーー焦りイラだった様子でバカマは立ち上がり声を荒げた。


「ちっ……おいテメーらにはカンケーねぇんだから出しゃばってくんじゃねぇよ! これはオレとあしゅなのっ……」

「はぁ!!? テメー馴れ馴れしくうちらのあしゅなを呼び捨てにしてんじゃねえよ!! カレシだと思ってたから口出ししなかったけどテメーキメェんだよ!! もう二度とあしゅなに近づくな! 今度は全力で守るから覚悟しとけや! あぁん!?」


 思わず俺も身震いする程に、キレたヒナ達は怖かった。やはり女というのは恐ろしいものだ。

 たじろぎ、言葉をなくしたバカマは逃げるようにして教室後方のドアから出ようとする。捨て台詞を吐きながら。


「は……はっ! テメーらなんざに何が出来んだよ! 言っとくがオレの後ろにゃあヤクザがついてんだ! あとで後悔しても」

「はい、今のは立派な恫喝罪ですね。録音しておきましたよ、言い逃れようとももう無駄です。……まぁ……どんな言い訳を考えようがそれが本当だろうが(わたくし)には関係ないですけどーーね?」


 ドアを開いたバカマを塞ぐように待ち構えていたのは、完全無欠お嬢様ーー【皇めらぎ】だった。


「なんだテメーどけっむごっ!!?」

(わたくし)の愛しいあしゅなさんを喰い物にしたと聞かされて我慢できると思いますか? 父が警視総監、母が経済庁長官の(わたくし)で大抵の武道は(たしな)んでいる(わたくし)ですが……それも関係ありません…………もう、お前だけは何をしてでも追い込んで殺すと決めてしまいましたから」


 ニッコリと微笑み、バカマの頬を掴み、片手だけで高校生男子を宙に持ち上げるお嬢様がそこにいた。


 そうーー教室に戻る前に、めらぎに事情を話していたのだ。外で待機して逃げようとしたら捕まえるように頼んだ、使えるものはなんでも使わせてもらう。それが恥も外聞もないおっさんの流儀だ。


「……がっ………くっ……くそがっ!」


 みっともなく暴れ、めらぎを振りほどき前方の扉から逃げようとバカマは足掻く。


「ぜっ……全部その女のデタラメだっつーの……証拠なんかなんもねぇだろバーカ!!」


 だけど、それも計算済み。

 あとは彼の勇気に任せるとしよう。


「…………全部、本当だよ……これが……その証拠だよ」


 前方の扉で退路を塞ぐのは、ユウキ君。

 彼はシャツを(まく)り上げ、紫色に滲んだそのお腹を皆に見せた。目立たないように体を殴っていたのだろう、いくつも内出血のアザがあった。

 さっき見せた怯えた動作で直ぐにわかった、俺も昔ーー同じ目に合ったから。


「……話は聞かせてもらったぞ、袴田バカマ。職員室まで来てもらうーー拒否権はない」


 そして、ユウキ君の後ろには校長含む教職員達が並び更に退路を閉じていた。これも俺の指示ーー求心力のあるあしゅなの言い分ならば教師達もすんなりと信じてくれた。

 必要なのは加害者と被害者の証言、証拠。そして、ユウキ君の勇気だけだったけど……よく頑張って振り絞ってくれた。


「がっ……あっ……てっ……テメー!! くそ野郎!! フかしてんじゃねええええっ!!!」


 窮地に追い込まれ、我を失ったバカマはユウキ君に殴りかかる。現行犯になればもう言い逃れできないのにとことん救えない奴だ。

 

 無論ーー単細胞DQNが暴挙に出るのも想定していた俺は、すぐに対応できる場まで距離を詰めていた。そして、殴らんとしたその拳を受け止めた。


「ーーなっ……!?」

「いい加減にしな? 往生際が悪いんだよクソ野郎」


 そして力較べ。

 どうやら美少女女子高生になっても力はおっさんのままーー復讐心を(かて)に意味もなく鍛えていた20年がようやく実を結んだ。


「がっ……力強っ……!?」

「ずっと殴りたかったけどお前と同類になりたくなかったから我慢してた、だからありがとう。これは正当防衛で成立するよね」

「ま……待てよ!? 確かに汚ぇ手は使ったがーーオレは本当にお前に惚れてて……っ」

「知るか、キモい。二度と顔見せるなよ死ね」



 そう言って、顔面に思いきり 拳を一発。

 クリーンヒットを食らったバカマは白目を向き、その場に崩れ堕ちた。

 積年の恨みがこもった一撃は格別に重い、思い知らせてやれたようで何よりだ。

 

 俺はユウキ君と目を合わせ、お互いに笑う。

 クラスは拍手喝采、ヒナ達やめらぎに抱き着かれて愛でられたりしてーー無事一件は落着した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


〈後日談〉

 

 その後、バカマがどうなったかは知らない。

 学校に来なくなったところを見ると退学にでもなったのだろうがーー忙しいのでどうでも良かった。おっさんになると興味ない奴に脳のリソースを割く余裕は無いのだ。

 

 なんせ俺はと言うと、一件を見ていた陽キャ男子達に『姉御』とか呼ばれてつき(まと)われたり、体育会系部活にスカウトされたり、街中を歩くとアイドルにスカウトされたりーー果ては異世界令嬢にスカウトされたりと多忙を極めているのだから。

 でも悪い気はしない、どこでだって持ち上げられて持て囃されているんだから。美少女様々ーーイージーモードにも程があるってもんだ。


 ま、それらを語るのはまたの機会にしようか。

 おっさんに長々と語る気力はもう残ってないからな。


                    〈完〉

------------------------------------------

 まず読切版として投稿してみましたが如何がでしたでしょうか? 書きたい事を詰めこんだら長くなりすぎました。

 面白かったら評価して頂けると嬉しいです|*・ω・)ノ

 【連載版】もじきに投稿するつもりです。

 最初はさくさく行きたいので、だいたい500文字~1000文字くらいの20話くらいを書き溜めてあります、他作品も終わらせたいので反応が良かったら文字数を増やして続けようか考えています。


 執筆掲載中の物語も良ければ見てやって下さい。

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

【マイペースな警備員の主人公が職業(ジョブ)差別の激しい異世界に『警備兵』として転生してスローライフを目指しながら知らず知らずのうちに成り上がる物語】


【某クラフトゲームを元にした世界でギルド員と幼なじみに殺されかけた主人公がクラフトの力を手に入れて復讐により腐った世界を作り変える物語】


 現在この2作を完結に向けて執筆中です。

 他にも更新は止まっていますがいずれ完結させる予定の作品も書いています。覗いてみてください。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【連載版設定】

 ある日、冴えない小説家でサラリーマンの【波澄(はずみ)あしゅら】(37)の人生は巻き戻る。

 気がつくと高校生、女の子になっていた。しかも超美少女、名前は【波澄あしゅな】(16)

どうやら女の子になってやり直せるらしい。


 今度は後悔しないように、色々やり直してみたけど……こんな難易度チョロかったっけ?

 あの時俺をいじめてきた奴らは近づいてくるし、陰キャの友人は親衛隊になるし、書いた小説には書籍化アニメ化の話がくるし、おまけに難攻不落だった学校一の金持ちクールイケメンは俺のストーカーみたくなるし!?


 けど悪くはない。

 あの時できなかった事、やりたかった事、叶えさせてもらおう。


 【美少女×中身おっさん×逆ハーレム×百合×人生イージーモード】の妄想詰め込みドタバタラブコメディーー毒舌気味で計算高い思考まるまるおっさんが美少女女子高生として高校時代からやり直す。

 イージーモードでやり直しーー開始。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ