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第04話・中臣鎌足

 飛鳥の中臣鎌足の邸では若い貴族たちが酒を飲んでいた。

 中臣鎌足は、古くから続く神道祭祀を司る中臣氏の出身であったが、一族の中でも鎌足はまだ若かったこともあり要職に就いていなかった。叔父たちの後ろで、自分の順番が回ってくるのを待っている状態だった。

 鎌足は常々、この一族の中の年功序列に対する不満を持っていた。また、たとえ自分の番が回ってきても、所詮それは中臣氏の中でのこと。神祇伯以上にはなれないことも、どんなに能力があってもどんなに頑張っても、中臣氏である限り政治の枢要な地位に就くことは不可能なことも知っていた。

 鎌足の邸には同じように不満を持つ者たちが自然と集まるようになった。鎌足のその気さくな人柄は年長者にも可愛がられ、集う貴族たちは、公の場では言えないようなことを鎌足の邸で話しては鬱憤を晴らしていた。

「天皇はまた体調がすぐれないらしいな」

 佐伯子麻呂さえきのこまろが案じる顔で言うと、他の者たちも同調した。

「また有馬へ行かれるのかもしれぬな。大丈夫なのだろうか」

「しょっちゅう療養だと言って、最近では一年の内、半分近く飛鳥を留守にされているからなあ」

「だから大臣に好き勝手にやられてしまうのだ。どっちが天皇かわからぬ。おっと、貴公の本家であったか」

 子麻呂はそう言って蘇我倉山田石川麻呂そがのくらのやまだのいしかわまろを見た。

「関係ないよ。我ら分家は蚊帳の外だ。本家は自分たちだけ甘い蜜を吸ってる」

 石川麻呂は蘇我家の分家出身で、蘇我入鹿とは従兄弟になる。蘇我入鹿と同様に蘇我馬子の孫ではあるが、入鹿の父親が本妻の子毛人であるのに対し、石川麻呂の父親は妾の子だ。

 この時代、まだまだ激しい身分格差があった。推古天皇の時代に官位制度を制定し、身分にかかわらず能力のある人間を取り立てることとなったが、それは上級貴族には適用しないものだった。蘇我氏や阿倍氏のような臣と、中臣氏や佐伯氏のような連とは大きな差がある。人事を決めるのも大臣であるから、格差は永久に縮まらないのだ。

「このまま、天皇の体調が良くならなかったら、どうなってしまうのだろう。太子も決めていないのに」

「それだよ。重要なのは」

「山背皇子がいるではないか。それでよかろう」

「今さら山背皇子はないだろう。前の時は相当もめたそうじゃないか。それに大臣がだまっておるまい。古人大兄ふるひとのおおえを推したいのだろ」

「古人大兄はまだ若すぎる。皇后が納得すると思うか。当然、ご自身の子、葛城皇子かずらぎのみこ(=中大兄皇子)を位につけたいに決まっている」

「しかしなあ、年長の古人大兄を先に天皇にしなければ、大臣が納得しまい。鎌子臣、そなたは誰だと思う?」

軽皇子かるのみこですな」

「軽皇子というと、皇后の弟の」

「まあ、そなたは軽皇子と親しいし、軽皇子贔屓だからな、気持ちはわかるが」

「皇后はご自分の子、葛城皇子のために、古人大兄も山背大兄も位につけたくはないはず。そうしたら必然的に軽皇子しかおられない。葛城皇子が相応の年齢になるまでの時間稼ぎです。阿倍臣もそう読んでおられるでしょう。娘を軽皇子に嫁がせたのはその証拠」

「ううむ。しかも男子を生んでいるからな、阿倍臣は推すかもしれない」

「しかし、古人大兄が天皇になれば、さらに大臣の力は強くなりましょうな」

「大臣がどうだろうと我らは構わぬ。我が一族が繁栄すれば誰が天皇となっても」

「さて、そうでしょうか。大臣が自分たちだけがいい思いをするような政治を行わないとも限りませんよ。朝貢されてくる宝物を独り占めしていると噂ですしな。ねえ、石川麻呂様」

 鎌足が石川麻呂の不満を煽るような視線を送った。

「確かに、倉山田には要職も回ってこない。あちらはあんなに広い屋敷をいくつも持っているのにな。まあ、これが分家の定めだ」

「そなたは一族だからまだ良いではないか。我ら佐伯など論外だ」

 子麻呂が自嘲気味に言った。

「いずれ変わりまする。いずれきっと石川麻呂様や佐伯様のような能力があるお方が正当に評価される日が来ましょうぞ」

 鎌足は多少お追従も混ぜて言った。

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